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誕生日

 

 ルミは連絡先を交換してからと言うもの、毎日のようにメッセージやら電話をしてきた。

 好きな食べ物はなにかとか誕生日はいつか……とか。そんなやりとりを始めて一週間が過ぎた頃、ルミはまた校門の前に現れた。


「亮子ちゃん」


 くすんだ色のよごれた外壁を背に、ルミだけが光を発しているかのように目立って見える。

「……なにしてんの?」

「亮子ちゃん、いまから暇? 遊びに行かない?」

「私? 洋介は?」

「亮子ちゃんに会いに来たの」

「なんで?」

 純粋に疑問をぶつけた言葉に悪意はなかったが、どうやらその言葉はルミを傷付けてしまったようだった。

「友達に会いに来るのに理由なんているのかな」

 ルミは消え入りそうな声と悲しげな瞳をセットにして、私の中の罪悪感を引っ張り出す。

「ごめん、びっくりして」

 ルミが悲しそうな表情を見せるたびに、とんでもなく悪いことをしたんじゃないかという気分になる。これまでにも何度かこんなことがあった。自分のなかでどこかに、ルミへの罪の意識があるのだとうっすら感じた。

 それを感じるということは、自分がまだ洋介への想いを忘れていないということだった。

「ごめん、どこ行く? ケーキ食べに行く?」

 ルミはさっきまでの表情が嘘のように、パッと笑顔を咲かせると「うん!」と言った。


 □


「亮子ちゃんイチゴ好きなの?」

 私のもとへと運ばれてきた、イチゴのタルトを見るなりルミはそう尋ねる。

「え? うん、いや、……好きって言うか。嫌いな人そうそういないんじゃない? でもまあやっぱり好きだわ」

「フフっなにそれ。おもしろい。亮子ちゃんはフルーツ好きなんだね。ミカンも好きだって教えてくれたよね」

 ルミが注文したのはザッハトルテだった。うーん、チョイス間違えたかな。絵的にはルミの方がイチゴタルトって感じだ。

「あのね、亮子ちゃんの誕生日って今月じゃない? ……予定あるのかな?」

 私がタルトを半分ほど食べた頃、何か言いたげにもじもじしていたルミがようやくそう言った。

「ない」

 即答だ。今年の誕生日は確か日曜だったはず。毎年母さんがケーキを焼いてくれて、夜、もしかしたら家族でご飯を食べに行けるかもしれないけど。

「ほんと?」

 大きな目をさらに大きくさせて、ルミが私を見つめる。彼女のザッハトルテはまだ手付かずのままだ。

「……彼とは会わないの?」

 忘れてた。そういえば私って彼氏いる(設定な)んだった。

「特に約束とかしてないから」

 なんてね。そう言うしかないよね。

「じゃあその日、私と過ごさない? 二人で誕生日したいな」


 恥ずかしそうに俯いた状態から顔を少しだけ上げたルミは、上目遣いで私を見つめる。この状態で「NO」と言う方法を私は知らなかった。

 しかし本心では断りたいと思った。休日、1日ルミと付き合うことを考えるとなぜか胃が重く感じる。だいたい、ルミは距離の詰め方が急すぎるのだ。知り合って一ヶ月も経ってないと言うのに普通誕生日をやりたいって思うものなんだろうか? 自分なら考えもつかない。私はどっちかと言うと、ゆっくり時間をかけて信頼関係を築いていくタイプなのだ。

 どうにか悲しませずに断る方法を考えているとルミの顔が目に入る。

 不安そうな表情。おまけにルミの手に握られた紙製のナフキンは、もうよれよれになっている。心の中の私が、なんとか断るように騒いでいる。でも、ずるいよ。先に予定の有無を聞かれたら、もう断れないじゃん。


「よ、喜んで」


 あー、言っちゃった……。

心の中の私が苦い顔をして床を叩いた。


「本当!? 嬉しい! 楽しみにしててね!」


 ルミは私の左手を両手で大事そうに握る。暖かな手だった。その暖かさが、これから一週間ほど憂鬱な気分で過ごさなければならなくなったという事実を、よりリアルに感じさせた。どうしていつも自分はこうなんだろう。普段は強がっているくせに、肝心なところで押しに弱い。何かを譲ってしまう。

 私は、自分の誕生日を大切だなんて思ったことはなかったけど、どうして誕生日をルミと過ごさなきゃならないんだろうと思った。


 □


 珍しく洋介が寝ている。授業中に居眠りをするなんて、たぶん初めてじゃないだろうか。たとえ課題を忘れてくることが良くあっても、たとえテストの点数が一桁でも、いつもなら彼は授業は真面目に聞いているのだ。理解しているかは別として。

 大会へ向け、毎日遅くまで練習しているみたいだし、もしかしたら疲れているのかもしれなかった。おまけに昨日も数学と日本史の課題をきっちりこなしてきたのだから。

「浅井!」

 机に腕を突っ伏して堂々と寝ているものだから、先生も注意しないわけにはいかない。もう少し謙虚に寝てたらいいのに。

「起きなさい」

 プリントの束を丸めて洋介の頭をポンポンと叩いている先生の姿に、回りからは控えめな笑い声が上がっている。それでも洋介はまだ起きない。

「熟睡してるなぁ……」

 先生が起きない洋介に途方にくれそうになったとき、ピコンと電子音が響いた。

 その音を聴くやいなや、洋介は立ち上がり、ポケットからスマートフォンを取りだし画面を凝視する。

 スパァンと愉快な音が教室に響いた。先生が洋介の頭をプリントで叩いたのだ。今度はたぶん、改心の一撃で。

「いてえ!」

「寝ぼけとるのかお前は! 授業中だぞ!」

 どっと教室が湧いた。洋介は辺りを見渡すと、小さく謝ってから席に座り直した。

「これは没収。放課後職員室に取りに来るように」

 洋介はスマートフォンを取り上げられたが、それも名残惜しまず、すぐにノートに目を落とす。私には、その姿がなんだかとても寂しそうに見えた。


 □


 洋介は休憩時間に後ろを振り返らなかった。かといって他の誰かと話すわけでもなく、寝るということもなく。ただ肩を落としているように見え、私は話しかける気も起こらなかった。

 何があったんだろう。いつも笑顔の洋介があからさまに落ち込んでいるのを見ると、胸が痛んだ。

 何か悩みがあるなら聞いてあげたい。だけどそれはたぶん、ルミの役目だ。


 □


「悪い、一時間目の授業のノート見せてくんない?」


 お昼から戻った私を見るなりいつもの笑顔で話しかけてきた洋介から、やはりどこか哀しさを感じ取ってしまう。


「居眠りなんて珍しいね。疲れてんの?」


 そう言いながら、ノートを渡す。綺麗な字で書いてたかな、と少しだけ不安に思いながら。

「練習時間伸ばしたからかな、てかめちゃくちゃ恥ずかしかったわ」

「携帯取られちゃったね」

「ああ……でも、ない方がいいかも」

「え?」


 どうしてそんなことを言うんだろう?

 思わず洋介の顔に視線を投げたが、彼はそれには応えず、またどこからかミカンを取りだして私の机に置いた。

「これ今日のぶんな」

「……ありがとう」


 初めにミカンをくれた日から毎日欠かさずくれるようになった。何故かと尋ねても、理由を話さないのだ。私は彼のこの謎の行動の真意を確認するのはもう諦めて、毎日素直に受けとるようになった。


「お前、ルミと連絡とってる?」


 彼の口から出た女の子の名前は、とても重く私にのし掛かった。私がミカンならきっとジュースになっているくらいには。


「毎日メール来る。聞いてるんでしょ? 何度か遊んだよ」

「え……毎日?」

 一瞬だけ、怪訝な顔をしたのが気になった。何か変な事をいったんだろうか。


「うん。どうしたの?」

「ああ……いや、お前のことすげー美人だし可愛いって超誉めてんだけど」


 一瞬言葉を失った。ルミは目の代わりにシャインマスカットでもついてるんじゃないのか。

「ないわ……、変わった感性の彼女だよね」


 早くこの話題を変えたい。もしくは終わらせたい。照れ隠しに泳いだ目が教室の時計を捕らえた。あと五分で休憩が終わる。


 だけど、次に洋介が放った言葉を、私は一生忘れないだろう。



「そうか? 美人は確かに言い過ぎだけど、可愛いのは可愛いんじゃん?」



「えっ」


 完全に思考が止まった。手のひらにじわじわと汗を持ち始める。

 洋介は、そんな私の顔を見るなり慌て始めた。


「……おい。なんで赤くなってんの、お前やめろよ! 俺がまるで恥ずかしいこと言ったみたいじゃん」


 洋介の耳が赤く染まっていった。

 早くなにか言わなきゃと思えば思うほど頭が真っ白になり、何も考えられなくなっている。

「いや……なんか言えって……」

 気まずそうな顔に薄笑いを浮かべたところでチャイムがなった。


「まあ、これ借りるわ。次の授業終わるまでには返すから」

 さっき渡したノートを私に見せながら洋介はそう言った。そうして彼はゆっくりと前を向く。

 返事をする間もなく――間があったとしても声がでなかったと思うけど――先生が教室に入ってきた。

 私は無意識に左手で胸のあたりを押さえている。血圧が明らかに上がっている感じがしたし、息が詰まる。胸が苦しい。

 苦しいのに、いまはこの苦しさが、あり得ないほどに心地よかった。


 □


 水槽のほとんど上のところまで入っている水は私の洋介に対する恋心で、好きだと言う気持ちは、毎日一つずつそこへ投げ入れられるビー玉だ。水位は日ごとに少しずつ上がっていって、もうすこしで水が溢れてしまう。

 洋介に彼女がいるのを知ってから、ビー玉を投げ入れる数をなるべく減らすようにした。だけど今日は、一気に五つくらい入れてしまうかもしれない。それでもまだ水はこぼれないだろう。

 だけど、いつか最後のビー玉をいれたとき、水槽から溢れだし行き場を失った水は、いったいどうなってしまうんだろう。


 10月8日、時計のはりが12を指していた。私は16になった。

 日付が変わる瞬間まで寝ずに待っていたというわけではない。いつもならとっくに寝ている時間だ。ならなぜ私が今起きているのか――それは、0時ピッタリに、つまりは誕生日を迎えたこの瞬間に、電話がかかってきたのだ。もちろん、ルミから。

『亮子ちゃん、ハッピーバースデイ!』

 半分寝ぼけたままで聞いたその心底楽しそうな声とは裏腹に、こっちの気分は重く沈んだ。


 待ち合わせ場所まで向かう足取りは、その重さをまだ引きずっている。


「亮子ちゃん! お誕生日おめでとう!」

 約束した場所には、尻尾が生えていたらきっとちぎれんばかりに振っていそうなほど、嬉しそうに見えるルミが待っていた。

「ありがとう。ごめん、待った?」

 思わず腕時計を見る。まだ五分前だった。

「ぜーんぜん? いま来たところだよ」

 たぶん、嘘だなって思った。証拠もなにもないけどそう思った。

「亮子ちゃん、私服で会うの初めてだね! 可愛いなぁ~! これどこの? かわいーっ」

 ルミは、私のどこがよくてこんなに関わろうとしてくるんだろう。最初は、洋介と仲が良いっていうのを気にしてたのかと思っていたけど、なんだか最近はそれだけじゃないような気さえしてくる。

「ごはん食べに行こうよ! 予約してるんだぁ」

「え? そんなわざわざ……予約までしてくれたの? なんかごめん」

「えー! こんなの当たり前だよ! だって今日は亮子ちゃんの生まれてきた日だよ? とっても素敵で大切な日だよ~!」


 ――お、重い。

 待って。私、陽子の誕生日すらこんな風に祝ってあげたことないわ。せいぜい誕生日プレゼントを渡すくらいで……。

 もしかして私、ルミの誕生日にもこんなことしなくちゃいけないのでしょうか?


「ありがとう……そう言えばルミの誕生日っていつなの?」

  お願い……実は捨て子で誕生日わからないのって答えて。

「1月11日だよ」

 覚えやすぅ!

 だけど、誕生日はきっと洋介と過ごすよね。

 そう思うと、なんだか想像する気が失せた。


 ルミと歩いていると、多くの視線を受けていることに気がついた。時折、あろうことかカメラを向けている者までいる。

「いつもこうなの?」と何気なく尋ねると、

 ルミは気まずそうに答えた。

「うん……でもあんまり気にしてないから……」


 そうは見えなかった。これだけ可愛いときっと色々面倒なこともあるんだろうと思い、そのあとカメラを向けてきた男の目の前まで近づきそいつの顔を真正面から動画で撮った。男は慌てて逃げていった。

「後でこれ上げとくわ」


 ルミは泣きながら笑い、小さく「ありがとう」と呟いた。

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