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客室は三階にあった。階段を上り切って廊下を行くと、三人のために用意されたそれぞれの部屋の扉には、『筥崎様』『本多様』『峯岸様』と名前の書かれた紙が貼られてあった。
「お夕飯のお時間になりましたら、お声をおかけ致しますので、それまでお部屋でごゆるりとお寛ぎ下さいませ」
案内した執事が言った。
「裏部屋はどちらに?」
「裏部屋でございますか?」
一成に問われて、去りかけていた執事が立ち止まった。
「この先の突き当たりに扉がございます。その扉を開ければ裏部屋に続く階段がございますので」
「ありがとうございます」
「永承君は元気にしていますか?」
「はい、元気にしております」
「そうですか、それはようございました。それでは後程。失礼します」
去っていく姿が見えなくなるまで、瑰と一成と美里は執事を見送った。
「どうする?行ってみるか?」
「そうだな」
「そうしましょう」
瑰と美里が、一成に賛同した。
廊下を歩いていくと突き当たりにドアがあった。そのドアを開けた途端、立ち込めている黴臭いにおいが一気に噴き出してきた。三人は顔を歪め、前進することを躊躇うように、一瞬、立ち竦んだ。
まず足を踏み入れたのは、一成だった。塵の積もった階段に一成の足跡が付いた。住人のいなくなったその部屋に足を踏み入れる者は誰もいなかったのであろう。
永承の母親は、まだよちよち歩きの幼児を残して病死した。それから数年後、父親は祖父がその代で築き上げた会社を受け継ぎ、切り盛りしていたが、経営難に陥って倒産させてしまう。父親は祖父の手前、それを挽回させようと借金をして商売を始めるも、それもうまくいかずに結局……。
祖父が亡くなり、後を追うようにして祖母が病死しても、永承の父親は諦めきれずに、またしても借金をして商売を始めるが、それも駄目にした。何年にも渡ってその繰り返しを続けていくうちに、到頭、借金で首が回らなくなり、父親はそのカタに永承を五十嵐に預けて姿を消してしまった。
階段を上り詰めると、八畳ほどのワンルームの裏部屋があった。そこには、机とベッド、本棚に箪笥など、最低限に必要な生活必需品の家具が埃を被ったまま捨て置かれてあった。
時には短く、時には長く感じたであろう一日という時間の中で、当時小学生だった永承は、どんな思いで何を願いこの部屋で過ごし暮していたのであろうか?おそらく、五十嵐の家を出る三年前までの十数年の間、一度も息子に会いに来ようとはしなかった父親が、迎えに来てくれることを祈り、待ち続けていたのだろう。
瑰と一成と美里は、永承に思いを馳せその胸の内を語ろうともせず沈黙したまま部屋の中を見廻していた。
美里が窓を開けると、ひんやりとした湿気のない爽やかな風が注ぎ込んできて、どんよりとした部屋の空気を吹き飛ばした。
眼前には宏大な庭が広がっていた。その庭にはテニスコートが一面あり、ショートホースが3ホールもあるゴルフコースもあった。
「この広い庭、東京ドームの何個分ぐらいあるのかしら?」
「東京ドーム?……何で東京ドームなんだ?」
「テレビでいつも言ってるじゃない、東京ドーム何個分の広さって」
「一個分だろうな」
「ううん、二個分」
「いや、三個分」
三人で冗談を言い合いながらケタケタと笑っていると、瑰の携帯電話のベルが鳴った。スマホのディスプレイには、永承の名が書かれてあった。
「到着したんなら、電話ぐらいしろよ」
だが、電話の向こうから聞こえてきた声は、基季だった。
瑰は、スピーカーのアイコンをタップして通話モードに切り替えて、机の上に置いた。
「二人もそこにいるのか?」
永承の声だった。
「基季と一緒なのか?」
瑰が言うと、
「俺もいるぜ」
即座に琢磨が答えて、
「春樹もいます。それから」
「わしもな」
瑠璃旺が言った。そして、
「今日から皆さん泊り込みの仕事だって。忙しくなりそうよ」
藍華が、声を弾ませるように愚痴った。