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案内された応接室で待っていると、二十分ほどして、依頼人である、五十嵐英雄が戻ってきて
「待たせたな」
と、大股で忙しなく入ってきた。
とっくに五十を超えているであろうに、薄くなりかけた頭髪を黒く染めているせいか、かなり若く見える。温和で人当たりの良さそうなその顔立ち。それを無理して隠そうとしている感じにも見受けられた。
江戸川柳に、「売り家と唐様で書く三代目」と、商いを疎かにする人を皮肉った句があるが、三代目の五十嵐はそれを払拭でもしようとしているかのように精力的に商いに励み、親の代以上に商売の枠を広げ財力を蓄えていると、永承が言っていた。
既に永承より聞き及んでいるのであろう、五十嵐は三人の名前も聞こうとはせずに、瑰を真ん中にして両側に一成と美里が座っている、その向かい側の長ソファの座面に尻を浅く載せ、背中を後ろに倒して背凭れに凭れかかり、背凭れの上部に両手を大きく広げて足を組み、横柄な態度で中央に座っていた。
「永承から話は」
「はい、詳しく」
テーブルを挟んで向かい合うように座っている瑰が、それに答えた。
「最初に送られてきたのは、いつ頃ですか?」
「三ヶ月前だ」
そう言って、背広の上着のポケットから白い封筒を取り出して、テーブルの上に置いた。その封筒には、『五十嵐英雄様』としか書かれていなかった。
「拝見しても」
「ああ」
瑰は、それを手に取って、封筒の中から一枚の便箋を取り出して開いた。便箋には、雑誌かなにかで切り抜いた文字が、張り合わせられていた。
「ばらすぞ」
それだけだった。
「ご自宅のポストに直接入れられたのですね」
封筒を見ていた一成が、言った。
「ああ」
「これだけで脅迫状だと思われた、心当りがおありですの?」
美里が聞くと、五十嵐はただ頭を振った。
「でも」
更に追求しようとしている美里を制止するように、瑰が訊ねた。
「この三ヶ月の間に、何通ほど送られてきたのですか?」
「六通」
「内容は、同じで?」
一成が聞くと、再び、五十嵐は首を横に振った。
「同じようにご自宅のポストに直接」
「いや。十日前のは、郵送されてきた」
「郵送ですか?」
「ああ」
瑰と美里と一成の三人は、顔と顔を見合わせた。
「それを見せていただけません?」
「書斎にある」
「それでは書斎で」
美里が言ったその時、ドアがノックされた。
「どうぞ」
五十嵐が間髪を入れずに応えた。
ドアが開いて、執事が、ティーポットと四人分のティーカップとミルク入れとシュガー入れを載せた銀の盆を持って入ってきた。コーヒーテーブルの上に盆を置いて、ティーポットの紅茶をカップに注ぎ入れて、カップを受け皿にのせてそれを持ち、美里の前に置いた。すると、五十嵐が
「部屋に案内してやってくれ」
と言い残して、部屋からそそくさと出て行った。
「はい、だんな様」
と執事は頭を下げて見送り、
「紅茶を飲んでからにいたしましょう」
残りのカップを瑰と一成の前に置いた。
「冷めない内にどうぞ」
「いつもあんな感じなのですの?」
「はい。とてもお忙しい方ですので。お気になさらずとも」
美里の問いに、執事はにこやかに返した。