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諄諄と語る事の次第を、客人達は黙って静かに聞いていた。話を終えて、瑠璃旺は一息つき
「この件については、ここだけの話にしておいてくれ」
と、締め括った。
「それで宜しいんですか?」
一成が、確認するように聞き返した。
「ああ」
「しかし」
「責は私達が負うから。ただ、その事だけ知っておいて欲しいの」
一成の横に座っている藍華がそう口を添えて、瑠璃旺がその口を堅く閉ざしておいてくれと、念を押すように言った。だが果たしてそれが、何れは瑠璃旺の後継者となるであろう、瑰のためになるのかどうか、一成は悩んでいた。
のんびりと草を食む放牧されたホルスタインの群れ。宏大な新緑の大地。点在する家並。防風林の白樺並木。車窓を流れる自然豊かで長閑な田園風景を薄ぼんやりと眺めていると、
「やっぱり、北の大地。同じ北海道の中にありながら、風景が全然違うわね」
「来たことあるのか?」
隣に座っている美里と瑰の会話が、聞こえてきた。
「ええ、子供の頃にね。祖母の好きな札幌や函館にちょくちょく。だから、一度は旅してみたかったの、道東方面にも。瑰は?」
「俺は専ら、旅と言えば外国の地。だったからな」
「でっかいどう、北海道!」
二人の会話を聞いていた一成が、いきなり叫ぶように声を上げた。
「古ッ」
「流石、おじさんだぜ」
「ハハハハ」
一成が、軽やかに清々しく笑った。
「ホホホホ」
「ハハハハ」
一成の笑いに釣られるように、瑰と美里も軽やかに笑った。
停車していた車が再び動き出して、門の中に入って行った。後部座席にゆったり寛ぐように座っている瑰と美里と一成が、振り返った。見上げればそそり立つ両面開きの鉄格子の自動門が、ゆっくりと扉を閉じていた。
「ねえ、手ぶらで来たけど」
「永承が手ぶらでと言ったんだから、気にすることないさ」
「わかっては、いるんだけどね」
「これだから女ってのは」
瑰が皮肉っぽく言った途端、美里がキッと睨みを利かせて
「瑰」
「うん?」
詰め寄るように顔を寄せながら、
「女の事となると、いつも突っかかってくるようだけど」
「女は君だけだからな」
「蕾ちゃんにも、でしょう?」
「彼奴は、い(「妹」と言いかけて)歳を取ると、どうも体は重く口は軽くなるようだな。あの祖父さんがそうであるように。ハハハハ」
誤魔化すように嘲笑する、瑰。ドキッとする、一成と美里。それを悟られぬように、
「私と蕾ちゃんにばかり突っかからないで」
「いてもいいのか?他に」
「そういうんじゃなくて!」
「じゃどういうんだ?」
「だからッ!」
イライラと突っかかってはぐらかす、美里。
「到着したぞ」
「え?」
と瑰が指差す方に振り向くと、運転手が後部席のドアを開けた。
正面玄関前に停車されたロールスロイスから降車した三人は、口をポカンと開けたまま西洋の城のようなその豪華絢爛な屋敷を見渡していた。
「いらっしゃいませ」
玄関扉が開いて、白髪頭の五十代後半の執事らしき紳士が、にこやかな笑顔で出てきた。
「こんにちは」
「永承君のご友人様でございますね」
「はい、そうです」
辺りをキョロキョロと見廻してその様子を窺っている瑰に取って代わって、執事に対応したのは一成だった。
「よくおいで下さいました。この屋敷の執事でございます。どうぞお見知りおきを」
「こちらこそ。本多一成です」
「峯岸美里です」
「筥崎瑰です」
「外出先から帰宅するまで、応接間で寛いで頂くようにと、だんな様のお言い付けでございますので」
「お出かけですか?」
瑰が訊ねると、執事が済まなそうに応えた。
「はい、申し訳ございません。急用ができたものですか。どうぞ、靴のままにお入りください。ご案内致しますので」
そう言って、執事がその手を差し伸べて促した。
客人の三人が、一歩足を踏み入れたそこは、玄関というよりはホールそのものだった。