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日が沈み、窓の外は暮色に染まっていた。部屋の明かりが灯り、柱時計の時報の鐘が鳴った。
瑠璃旺が、柱時計を見た。時刻は、『6時30分』を差していた。
「瑰。ワインを持ってこい」
「うん」
と瑰がソファから立ち上がった途端、蕾が素っ飛んできた。
「お祖父ちゃん、私が」
「お前も一緒にいけ」
「はい」
連れだって歩いて行きながら、蕾が瑰にそっと何かを囁いた。
ダイニングの床の片隅に設置された畳半畳分ほどの戸口を引き上げて、瑰と蕾は地下への階段を下りていった。
「大丈夫かしら……」
「大丈夫さ」
案ずるように独り言を呟いた美里に、一成が応えるように言った。
「料理に合わせて選ばずに、好みで選ぶ人よ。胃の中に入ればみな同じさとか言ってね。面倒臭がりで好い加減なのよ、瑰は」
「その割には、いつも美味そうに飲んでるな」
基季がからかうように言うと、美里が負けじと向きになったように反論した。
「気遣いよ、気遣い。私なりのね」
「時には美里も妥協ってか」
「時にはって、失礼ね。いつも私の方が」
「ハハハハ」
一同が、一斉におっ被せるように笑った。
だだっ広い地下室は、ワインの貯蔵倉庫になっていた。赤と白のワインが、年代別に、地域別に分けられ整理されてワイン棚に並べられていた。
瑰と蕾が、階段を下りてきた。
「不満か?不服か?」
「両方よ。どうして、私だけ外野席なの?……私より年下の春樹君だって」
「彼奴は孫だからな」
「だったら私も」
「お前は俺達にとっての隠し球だからさ」
「隠し球?……どういうこと?」
「お前が俺達の仲間だと世間に知れ渡ったりしたら、どうなると思う。おそらく、お前は法曹界から追放されるだろうな」
瑰が、選んだ赤ワインを蕾に渡しながら言った。
「私はそれでも構わないわ」
と、手渡された赤ワインの瓶を元あった場所に戻した。
「俺達の生き方はいつ落ちるか予測もできない、綱渡りと同じだ。そうならないように気を遣っていても、そうなる時はそうなる。だからそうなった時には、お前に俺達の弁護をして欲しいんだ。そうれすば、誰もお前が俺達の仲間ではないかと、疑う者はいないだろう。それが弁護士の役割であり仕事だからだ」
「(無言)……」
反論もできずに黙って聞いている、蕾。
「何故、俺がお前を外野席に座らせているのか。それで理解できただろう」
「瑰って、いろいろと考えてたのね」
「ただのハンサムな大企業の御曹子、とでも思ってたのか?」
「ううん、ただの木偶の坊」
「更に磨きがかかったな、その減らず口に。法律事務所に入ってから」
「と言うよりは、瑰のせい」
と、手渡された別の赤ワインを元の場所に戻す。
「お前、さっきから何をやってるんだ?俺が選んだワインを」
「料理に合わないから戻してるの」
「料理に合おうが合うまいが、胃の中に入ればみな同じだ。だから、俺の気分と好みで選ぶ」
言いながら元に戻された二本の赤ワインの瓶を手に取って、
「後はお前に任せる。料理に合ったワインを選べ」
その場から立ち去っていく瑰を、呆れ返って見送っている蕾。
3日ごの昼。
滑走路を離陸した旅客機が、灰色の雲に覆われ垂れ籠った梅雨の空に向かって飛びだって行った。