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昭和の時代に、「田園調布に家が建つ」のギャグで一世を風靡した漫才師がいた。それも今は昔。いつしかその高級感はなりを潜め、遠い昔話になってしまった。
筥崎瑰は、サラサラ髪を風に靡かせて、両側に豪華な邸宅が建ち並んでいる道を、高級オープンカーで走りながらそんなことを考えていた。
上部に屋根が掛かった高い築地塀に沿って車を走らせて、同じ様に屋根の付いた武家屋敷門扉の前で停車させた。
運転席から下りた瑰は、『梠和』と書かれた門柱の大理石の表札の下にある、カメラ付きのインターホンを押した。
高い築地塀と武家屋敷門に囲まれた豪邸は、瑰の父方の祖父の居住である。祖父の一人息子で、瑰の父は、父親との確執から家を飛び出し、筥崎家の婿養子となった。
「いらっしゃい」
インターホンのスピーカーから流れてきたのは、思いもかけない若い女性の声だった。瑰はその声を聞いて、思わず
「お前が、何でそこにいるんだ?」
と訝しげに問うた。すると、
「いいじゃない、そんなことどうでも」
若い女性が、その問い掛けを交わすようにサラリと返してきた。
「良くないから聞いてんだ」
瑰が少し声を荒げると、
「そんな所で、そういうことを聞く?」
若い女性が、咎めるように言った。
「どこで訊こうが俺の勝手だ!」
「みっともない」
「思わねえから聞いてんだ。何でそこにお前がいるんだッ!」
怒鳴った瞬間、インターホンがプチッと切れた。憮然と突っ立っていると、突然、背後から野太い声が聞こえてきた。
「インターホンと喧嘩なんかしてんじゃねえぞ」
声の方に振り返ると、何時の間にそこにやってきたのか、オープンカーの後に乗用車が停まっていた。
「いつ来たんだ?」
乗用車の窓から顔を出している、ラグビー選手のようながっしりとしたガタイの、本多一成が、窘めるように言った。一成は、瑰より七歳年上の35歳。仲間達の中では最年長だ。
「みっともねえな」
瑰は、苦笑いして一成に歩み寄った。途端に、
「おい!早くしろよ!」
乗用車にくっつけるようにして後に停車している四輪駆動車の窓から、松野拓磨が顔を出して怒鳴った。
「どうなってんだ?……今日はやけに早いじゃないか」
それに応えるように瑰が言うと、続け様に、
「交通渋滞だぞ!」
続けとばかりに四輪駆動車の後に停まった軽自動車の窓から顔を出した、瑰と拓磨と同年代の隼基季が吠えた。
「すまん、すまん」
と言いながら、瑰がオープンカーに乗り込もうとしたその時、一台のタクシーが走ってきた。タクシーは、オープンカーも追い越してその前に停まった。そして、後部席のドアが開いて、紅一点の峯岸美里が、颯爽と下り立ってきた。
「何をしてるの?門は疾うに開いてるわよ」
そう言い残して、自動的に開いた門の中に入っていった。それを呆気にとられて美里の後姿を見つめている瑰であった。