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エレベーターの階の数字が、25、24、23と下りてきて、止まった。エレベーターを持っていた、高田永承が、足を一歩前に踏み出したその時、スマートフォンの着信音が鳴った。その着信音は、アニメソングの『エースをねらえ』だ。同時に、エレベーターのドアが開いた。永承はそれには乗らずに、その場を離れて壁の方に歩み寄った。その間も、ジーンズのポケットに入れてあるスマートフォンは鳴り続けていた。
永承は、ポケットからスマホを取り出して、ディスプレイを見た。電話の相手は非通知になっていたが、彼にはその相手が誰であるのか、すぐにわかった。永承は対応することに迷っていたが。だが、着信音はその間も鳴りっぱなしだった。暫く迷った挙句に、仕方なさそうにスマホを耳に当てた。
「もしもし。……はい、僕です」
「番号、変えていなかったんだな」
「すみません」
永承は、緊張で張り詰めた顔付きで、即座に謝罪した。それと言うのも、幼き頃より、
「相手が悪くても良くても、すみませんと言っておけば、何事も全て許してもらえる」
電話の相手からそう教わっていたからなのである。
電話の向こうで三年振りか?、と問い掛けてきたが、
「どうかなさったのですか?」
この電話を早く切ってしまいたい気持ちから、永承はそれには応えずに問い掛けた。スマホを持つ手が、小刻みに震えていた。
「え?……はい」
個人的な仕事の依頼だった。だが、これ以上の関わりを持ちたくないと思った彼は、
「仕事が忙しくて……」
「どんな仕事をしてるんだ?」
そう相手に訊かれたが、無言のままそれには答えずに、
「そういう依頼を引き受けてくれる友人がいますので、その友人に聞いてみます」
と言って、そして、
「2~3日中にはお返事できると思います。失礼します」
有無を言わさぬ感じで返事も待たずに早々に電話を切った。
永承は、その場に立ち竦んだまま拳を強く握り締めて、目の前にある壁を、その拳で何度も何度も打ちつけた。そうでもしなければ、込み上げてくる苛立ちと腹立たしさを、苦悩を抑えきれなかったからだ。
エレベーターが止まらずに上昇していった。永承は、下降のボタンを押した。
暫くして、階の数字が、25、24、23と下降してきて、止まった。永承は、何事もなかったかのように足を一歩前に踏み出した。
エレベーターのドアが開いた。永承は、ケージに乗り込んだ。