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パッチワークソウル 第一部  作者: 津蔵坂あけび
Chapter 1. そして俺は俺の秘密を知る。
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記憶の扉②


<main side>


 父は額を押さえながら家の中を歩いていく。自身にかけられている記憶催眠を解くために、記憶の手掛かりになるようなものに近づくと身体的苦痛が生じるという仕掛けを利用する。まるでダウジングマシンのようだと自嘲する。

 2階の俺の部屋から、赤い絨毯が敷かれた廊下に出て1階に降りて来た。


「ここだな……」


 父が立ち止まったのは1階にある物置。使っていない季節ものの家具や服をしまっておくのに使っている場所だ。段ボール箱に詰められた荷物がうず高く積まれている。段ボールの上面に乗った埃を払い、荷物をどかし、隠れていた床の一部が露わになる。

 古代文字のような、奇妙なが散りばめられた幾何学的な模様。――まさしく夜間授業で目にした魔法陣だ。


「こいつは封印だな。何かを見えなくしたり、封じるのに使うものだ」

「違いが分かるのか」


「お前も狙われているなら、見分けぐらいついておいた方がいいぞ」


 円の中心には、五芒星が描かれている。

 父が右手を翳すと、緑色のまばゆい光を放ち始めた。


 なぜ自分の家の中にこんな封印が仕掛けられているのか。俺も父も覚えがないということは、自動的に容疑は妹に振りかかって来る。

 しかし、何故妹が家族にこんな‘隠し事’をするのか。

 そう尋ねると父は、そんなものはこれから分かると笑ってみせた。妹が封じた‘禁断の記憶’を真っ向から受けて立つと。乱暴ではあるが、それが最も早い方法ではある。


 突如として魔法陣の中から棘の生えた茨の蔦が生え、父の右手に絡みつき、皮膚を衣服の上から鋭く刺した。滴り落ちる血が魔法陣の描かれた床をすり抜けて落ちてゆく。屈んだところから苦笑いを浮かべ、こちらを上目遣いで見上げて来た。


「こいつは少々マズいぞ」


 そう言った瞬間、魔法陣を中心にして床が抜けてしまった。ぽっかりと開いた地下への入り口。

 重力によって、ふたりとも有無を言わさずに底に落とされる。存在すら知らなかった地下。先程、父の血が床をすり抜けていたのは、魔法陣の下にこの地下空間があったからだ。


「いてて……、こいつはたまげたなあ」


 全くもってたまげた。落下による打ち身の痛みなど忘れてしまうくらい。自分の家に地下の階があるということを忘れさせられていたのだから。


「えらく掃除が行き届いているな」


 忘れさせられていた。自分たちが忘れていた空間と考えると、掃除が行き届いているというのは少し不自然。――だが、理由は簡単だ。この封印の仕掛け人とされる妹、風香は、この地下の存在を忘れていない。

 恐らくは俺と父が忘れなければいけないこと。そして妹にとっては、忘れてはいけないこと。それがこの地下に隠されている。


 落とされた地下は、ごく普通の内装で床もフローリングが敷いてある。見慣れた一階や二階の内装とそう変わらない。だが匂いが違う。地下特有の湿り気などではない。故人を弔う線香の香りだ。

 そんなものが珍しいと感じるのもおかしな話。母親に先立たれていながら、なぜかその仏壇を見たことがない。――そしてどうしてか、それを不思議に思わない。生前の母親の記憶も綺麗さっぱり消し去られてしまっている。あまりにも不自然な自身の記憶回路と心理構造。


 俺は母親の死を悼むことさえ、できなかったというのか。――線香の煙が目に染みたのか、少し瞳が潤んだ。


 曇ってぼやけた視界を腕で拭う。するとくっきりと戻った視界の中。廊下の奥のドアの隙間から光がうっすらと漏れていることに気づく。

 父もその部屋に興味を注いでいたが、ここに来ていよいよ記憶催眠の抵抗が強くなって来たらしく、頭髪を引っ掴んで荒い息を立てている。


「……我が娘ながら、凶暴性を感じるな」


 眉をしかめ、薄暗い地下の廊下。フローリングの床をゆっくりと父が踏みしめて奥の部屋へと歩みを進める。一歩ずつ。一歩ずつ近づいていく。もうすぐだ。奥の部屋まで、もうあと三歩。


「そこに近づくなっ」


 叫ぶ声が前方から聞こえた。俺と先導を行く父の、間の位置。そこに突如として現れた妹、風香の姿。だが本物ではない。振り返った顔には目も鼻もなく表情が読み取れない。のっぺらぼうだ。


「風……香……?」


 呼びかける声が届く間もなく、父は目の前で背中を串刺しにされた。妹の風香に似たのっぺらぼうが、父の血が滴り落ちる短剣の柄を握りしめている。


「唯っ、惑わされるなよ」


 腹をぶっ刺されて、胴体を刃物が貫通しているにもかかわらず、へらへらと笑っている。悪い夢でも見させられているのか。父曰く、これは幻覚魔法だ。信じたものが負ける。正直者が馬鹿を見るをそのままにしたような魔法だと。


「こんなもので攻撃するということは、魔導士の間ではこういう認識でね。――挑発。もしくは腰抜けだ」


 のっぺらぼうは感情があるのか。あからさまな狼狽を見せる。


「風香、こんなものでこの私を止められるとでも?」

「この先にあるのは、お父さんとお兄ちゃんが忘れさせられていたこと……。忘れないといけないことなの。だから引き返して」


 幻覚魔法とはいえ、実の父親を背中から貫き通すほどの攻撃性とは裏腹に希うようなか細い声を出す。切実さが読み取れる。


「悪いが、私はお前の父親。一家の主であり、お前の師でもある。故に、この先にあるすべてを確かめた上で判断させてもらうよ」


「後悔しかしないよ。きっと戻れなくなる」

「お前は腰抜けだっ、この程度の魔法で私を止められるか?」


 胴体を貫いて腹部から露出した短剣の刃先。それを父は素手で掴みとる。幻覚とはいえ、刃先に直に触れた父の手の皮膚は裂けて、鮮血がぼたり。ぼたりと滴り落ちる。フローリングの床の上に紅い血だまりがべったりと。鉄臭い臭いも漂い始める。五感を駆使して脳に自身の致命傷を錯覚させる気だ。

 だが、そんなものをもろともしない父は、短剣の刃先を素手でへし折って見せたのだ。


「どうせなら、本当に殺す気で来いよっ。その方が父としても、師としても光栄だ」


 床に折れた刃先が転がる。のっぺらぼうは攻撃の意志をなくしたのか、両の手をだらりと垂らす。面白くない。そうとでも言いたげな、ふて腐れた笑みを父は浮かべる。――自分の実の娘と命を賭けた攻防を繰り広げでもしたかったのか。それもあろうことか、実の息子である俺の前で。

 勝負好きだとかそういう次元を超えてしまっているように感じる。父親のこんな一面を見たのは初めてかも知れない。


 妹が記憶催眠をかけてまで守りたかったものの中に、この好戦的な一面も入っていたりするのだろうか。背中をぞわぞわと虫が這いまわるような感触を覚える。


 怖い。思い違いかもしれないが、そんな父に恐怖を感じた。


「……、分かってない。お父さんは全然分かってない」


 のっぺらぼうの声が震えている。俺は声さえ出せない。

 妹が作り出した自身の偽物は、表情こそないが、肩が震えている。恐れ。いやその中に確かな怒り、悲しみさえ感じさせる。

 妹が父親に当たりが強いのは知っている。単なる思春期特有のものだと思っていたが。何か別の原因があるんじゃないか。


「お父さんがこの先に行ってしまえば、お父さんを殺したことになる。……、殺さなければ止まらないって……、どうすりゃいいのよ……っ。――きら……いだ……」


 もっと目を背けたくなるどころか。目を背けなければいけないほどの何かが。


「お父さんなんか大嫌いだっ! だから、お兄ちゃんにあんなことが出来たんだっ!」



 偽物があらぬ口で絞り出した妹の声が、深く胸に突き刺さった。

 だが、声が向けられていた対象であるはずの父は、ゆらりと何食わぬ顔。


 ――ついに、その記憶の扉のノブに手をかけた。


 そのドアの向こうの部屋。

 フローリングの床には魔方陣が描かれていた。今度は六芒星。所謂ダビデの星というものが円に内接した模様が、古代文字に囲まれている。その魔方陣の上に、幼い俺の姿があった。

 幼い俺は真っ黒に塗りつぶされた瞳で、滝のように涙を流している。


「お母さん……もう、やめて……。もう、ボクをボクたちを殺さないで……」


 幼い俺がうわ言を発している。


 いったい、何の冗談なんだ?


 その俺を見下ろしているのは、血塗られた刃を手に持っている麗人と、こちらは真新しい刃を携えた若いころの父の姿。


 麗人。――もしかして、彼女が俺の母親だったりするのか。

 どこか儚げな印象を感じさせる背の高い女性。――思えば少し、美月に似ている。その女性は感情のない濁った瞳を宿していた。


「また、失敗した。また、やり直し――」


 こちらもうわ言を発している。幼い俺と母、父の間に家族らしい会話や仕草は一切なかった。いや、それどころか――――

 父は魔方陣の中央に横たわる俺に向かって、刃を振り下ろそうと構えたのだ。


 嘘……だろ……。


「もう、こうするしかない。お前が、鏡花を狂わせたんだっ!」


 実の父親がその身に刃を振り下ろそうとしているというのに、幼い俺は全く気付く気配がない。


 なんだ、なんだこれは……?


「……、唯。すまない。お前は、生まれてはいけない存在だった! だからせめて、痛みを感じることなくここで死んでくれ。世界のために」


 なんだ。何の冗談なんだ。これは――。これは、いったい――どういうことなんだ?

 

 その疑問が解決されることはないまま、肉を刃が切り裂く鈍い音が。

 その瞬間、俺の視界は真っ赤になって閉じた。


<another side>


「駄目っ!そこにある記憶は、悲しみでしかないっ!」


 風香は声を絞り出した瞬間に、その喉元を掴んで、地面にに押さえつけられた。

 ねっとりとした魔女の笑い声が響く。空き地の茂みの泥にまみれた制服姿を、不安定な輪郭の異形の男たちが見下ろして笑っている。


(くそ、地下の分身の操作で本体の意識が定まらない。視界がこちらとあちらで二重に重なって見える……)


「どうした? 急に動きが鈍くなったぞ。――差し詰め、こことは別の身体動かしているな。自らが操作する傀儡術など妾は、赤子のときにとうに卒業したわ」


 その嫌味たらしい声が異形の男たちをかき分けて、こちらに近づいて来る。簀巻藁葉。その魔女は悪趣味だ。泥だらけになって苦痛に喘いでいる風香の姿を視界に収め、なぶろうと肉の壁をかき分けて、その中心へ。


「邪魔じゃ。いったい誰じゃ? こーんな肉の壁で妨害工作をしたのは? 小娘が苦しむ顔を楽しめぬではないか」


 そして自らが作り出した分身であるレプリカ。異形の男を長さが五寸どころか五尺はあろうかという巨大な釘で尽き刺した。


 喘ぐ。異形の男が喘ぐ。


 それまで一言も発していなかった出来損ないが、生身の人間の断末魔のように生々しい声を上げる。――その音色に聞き浸り、恍惚の表情。


 仮面に覆われてない顔面の右半分が、この上なく悪趣味な笑顔を浮かべる。


(感情のない、かろうじて人の形を保った出来損ない中の出来損ない。――いや、そんな生温いものじゃない。こいつ、感情のひとかけら――)


(死を恐れ、痛みに喘ぐ感情だけを全ての人形に宿しているっ。その断末魔ともがき苦しむ様を堪能するためにっ)


「あっははははっ!相変わらず、作り物にしては真に迫る声じゃ。感じる。感じるぞ……、自らの存在が消し飛ぶことへの恐怖。――嗚呼、狂おしいほどに愛おしいのお」


 喉が避けるほどの声を上げて異形の男は、ばらばらと自らの身体を編む藁が解け、術をかける前の藁束になって散っていった。――血が噴き出して、紫色に変色し、やがて長い時間をかけて腐りゆく人間の死に方ではない。

 だが、それゆえの喪失感を感じさせる。輪廻転生、魂の存在。そんなものすら甘えと吐き捨てる、存在そのものの消失。


「レプリカの死と人の死は本質が違う。人とは違い、レプリカの存在は神にとって、生殖行為以外で命を増やすという、最も許すまじき‘神への反逆’。――存在を神に認められていない。信仰のない死。血も流さず、死体も残らない消滅。その孤独もいいが、いささか飽きた」


 そんな死に様を幾度となく簀巻はその眼に収めて来た。他でもない、彼女の‘悪趣味な眼福’として。この一瞬だけでも、血塗られた釘で数十。いや、数百のレプリカが手にかけられた。

 風香にしてみれば、飽きるだなんてとんでもない。二度と見たくない代物だ。

 それをまるで陳腐な娯楽映像のように、‘飽きた’と吐き捨てる彼女。――人間としての温かみなど存在しないかのようだ。その‘心ない心’は、何処までも底が見えない、冷たい泥水のようだ。


「ここはひとつ、生身の人間の複雑な精神が織りなす悲鳴。とくと鑑賞させてもらおうかのう」

 

 泥水は風香の身体にまたがり、覆いかぶさった。

 そして、目をつむり、唇を風香の唇にあてがった。口づけという言葉では片づけられない。口を互いに十の字に組み合わせて完全にふさいだ上で、舌を入れてねっとりとした唾液を流し込んでいる。泥水に溺れそうになる風香は、本能の命ずるままにじたばたともがく


 闇雲に伸ばした手が、簀巻の喉元を引っ掴んだ。


 口をふさがれながらも、無我夢中で彼女の首を絞め上げる。すると苦しむまでもなく彼女の瞳だけが風香の視界の中で笑った。頬に藁の屑がはらりと落ちる。


(ハメられた……っ。――こいつもただの分身(レプリカ)かっ!!)


 風香にまたがった簀巻の身体は、先ほどの異形の同じく、大量の藁屑となって散って行った。

 姿がない中、声だけが聞こえる。


「言ったじゃろう? 術者が直接操作する傀儡術などとうに卒業したと。妾の傀儡くぐつは自立した意志を以って、別の傀儡を操る。――お前の‘おままごと’とは、格が違うわっ! ――そして警告しておく。妾の本体が何処にいるのかわからないように、妾の傀儡がここだけだと思うなっ」


(ま、まさか……)


 身体に着いた藁の屑を振り払い、起き上がる。

 ――空き地には静寂が戻っていた。ただ、茂みの間に転がる有象無象の藁屑が名残として残っている。最後の簀巻の警告。それが表わす意味は明確だった。風香のもとに差し向けられたのは、言わば時間稼ぎのためのもの。彼女は風香が自宅の中に秘密を持っていることを知っていて足止めをしていたのだ。

 ならば、風香の家の中にも彼女の傀儡が潜んでいるのが妥当だ。――風香が封印してきた、禁断の記憶を知るために。


(マズい。もしもあのことが知れたら……。せっかく、あたしだけが隠して来たのにっ! あたしのお父さんが、実の息子を。お兄ちゃんのことを――)

<おまけSSその15>

ネットカフェに入店できた四人は変装魔法を解き、元の姿に戻ったのであった。


杏奈「明日華を寝かしつけるために絵本を読み聞かせようかと思うんだけど」

三井名「それはいいアイデアね。じゃあ、あたしが行って来ようか」

杏奈「いや、あんたに関しては不安しかないから」


雷雷「じゃあ、あたしが行ってくるよ」



10分後



雷雷「とりあえずエクソシストのDVD借りてきた」


杏奈「絵本って言ったよな!」


雷雷「ネットカフェには漫画しかないから近いものを借りてきた」


杏奈「近くねえよ!あんたが子供嫌いなだけだろうがっ!」



<おまけSSその16>


杏奈「明日華、寝れそうか?」


明日華「……、たぶん」


雷雷「はやく寝て欲しいわ」


杏奈「雷雷、そう敵視するんじゃないよ。子供可愛いじゃん」


雷雷「いや、少しあたし、やりたいことがあったのよね」


杏奈「やりたいことって……?」


雷雷「少し‘男子の嗜み’って奴に興味ない?」





杏奈「……。よし、明日華っ、寝たか?寝たな!寝たんだなっ!」





三井名「おまえら、不潔っ!」




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