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パッチワークソウル 第一部  作者: 津蔵坂あけび
Chapter 0. そして俺は夜間授業を受ける。
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産声②


<another side>


 家がないのに家を探している。


 謎掛詞のようなことを呟く少女を前に三人は当惑した。謎掛詞だけでも不気味なのだが、洋人形のような見た目と服装。そして、こちらも人形のごとく焦点の定まってない濁った瞳。整いすぎた容姿はむしろ、不気味さに思える。長年忘れ去られ、ほこりの積もったガラスケースの中から覗くような、見る者に不安を抱かせる視線。

 居心地の悪くなった三人はその場を去ろうとするが、例え視界に姿が入っていなくとも、その視線が三人の背中を刺すのだった。


(……やばい。見られている……)


 振り切るようにして歩く三人。

 だが、視線は剥がれてくれない上に、足音がぺたりぺたり。ぺたりとついてくるのだ。誰かに尾行されているというよりも、相手がこちらに縋り付いて来るような重みを感じる。例えるなら、この世にあらぬもの。幽霊が背後から湿った足音でぺちゃりぺちゃり。ぺちゃりとついてくるようであった。思わず背筋が凍りつき、足取りが遅くなる。

 結果、圧倒的な体格差とは裏腹に、すぐに三人は少女に追いつかれた。


「うわっ!」


 杏奈がよろめく。彼女のスカートの裾を少女がぐいと引っ張ったのだ。背中から冷や水を流し込まれたかのような感覚が走る。

 油が切れたブリキ人形のように金属をきしませながら振り返る。少女は顔を俯けながら、スカートの裾を握る手に込める力を強めた。


「……、ごめんなさ……い……」


 少女はぼそりぼそりと、儚く弱弱しい声で呟く。


「暗い中ひとりでずっと歩いていたから……。声をかけてくれたのは……、お姉ちゃんだけ……」



 杏奈は少し考え込んでしまった。――確かに自分は声をかけてしまった。それまでこの少女は暗い夜の街を小さな足取りで歩いてきたというのか。


 もう自分は夜の街は慣れっこだ。しかし、この小さな少女はどうだろう?


 杏奈はゆっくりとしゃがみ込んで目線を合わせた。


「杏奈ちゃん、もしかして一緒に行こうとか言うんじゃ……」


 三井名が言った言葉にそのまさかと返す。

 宿無しの悲しみは、誰よりも宿無しがよく知っている。「馬鹿でお人よし」、杏奈は雷雷と三井名からそう言われることが多々あったが今回もそれだ。


 杏奈は、微笑みを少女に向けた。唯を捕獲しようとしたときに見せていた好戦的な笑みとは全く別の優しい笑みだ。少女はまだ笑い方というものを知らないようだったが、少しだけ、怯えにまみれて歪んだ顔を解いた。


「自分の宿もないのに、他人の宿を探そうっていうの?」


 雷雷が呆れがちに言うと、少女は立ち上がった杏奈の影に隠れた。


「……。早くも懐かれているのね」

「声をかけちゃったからねえ」


 感心したような声で呟き、三井名はしゃがみ込んで少女に大丈夫だよと呼びかける。雷雷だけは、まだへそを曲げたままだ。

 眉間にしわを寄せて怪訝な表情を浮かべる。


「どうした? 何か気になることでもあんのか?」

「もしかして、雷雷、子供苦手?」


「い、いや……、なんかこのコから感じるのよ」

「何かって何……?」


「……、な、何かまでは分らないけど……」


 答えに詰まる雷雷。「気のせいじゃない?」という杏奈に納得させられ、彼女も結局は少女とともに宿を訪ねて彷徨うことになった。

 これからいつまでかは知らないが四人で行動を共にすることになる。自分の名前さえないという少女。いつまでもそのままでは少し不便だ。

 とりあえず三人はこの少女の名前を考えることにした。


「で……、どんな名前にする?」

「ビアンカとかフローラでいいんじゃない?」

「いや、それはいろいろまずいだろ」


对对对ドゥイドゥイドゥイ。もし、どっちかに決めてしまったら、もう一方の角が立つわ。ビアンカ派とフローラ派は争う運命なのよ。そう、きのこ派とたけのこ派のようにねっ!」

「そう言う意味じゃなくて、版権的にまずいつってんのっ!」


「そういう杏奈ちゃんはどういう名前が言いわけ?」

「うーん、女の子だし。やっぱ花の名前とかでいいんじゃないか」

「じゃあ、あんたの名前は‘モウセンゴケ’で」


「……雷雷ちゃん、やっぱ子供嫌いだよね……」


 三井名の冷めた視線が、眼鏡のレンズ越しに雷雷に向けられる。当然、少女も食虫植物の名前などはお気に召さないよう。俯いたままで首を横に振る。杏奈はそのたおやかな金髪を優しく撫でた後、雷雷に向けて鋭い視線を向ける。


「このコ怖がってるから、意地悪しないで。雷雷」

「はいはい、わかったわよっ」


 トレードマークの棒付きキャンディの柄を上下させながら、ふて腐れがちに返す。


「ありきたりになるけど、‘あすか’ってのはどう?」


 三井名が提案した名前は確かにありきたりな名前だ。でも、こだわりすぎて変なものになるよりかは、親しみやすくていい名前だと思えた。三人は呼吸を合わせて頷いた。


 この少女の名前は‘あすか’だ。


 なつかしい感触だった。かつて自分の祖先が名前を呼んだ、呼ばれたというのはこういう感触だったのだろう。レプリカは魔導士が創造した道具として扱われるために生まれた存在。名前は使う際に便利なものとしてつけられるだけで、愛でるためにつけられた名前などよほど殊勝な魔導士でない限り、つけないものだった。


 それに、レプリカには人間と違い、呪いがある。生殖行為以外で命を創造するという神を冒涜した行為の代償として、その命は‘不完全なもの’となった。


 三人のように日光を浴びれない者。

 全く逆の月光を浴びれない者。

 感情が欠如した者。

 明らかに‘出来損ない’と見て分かる異形。


 呪いは様々な形をして現れ、レプリカの血が混じる限り、抜けることはない。


 そんな‘出来損ない’は、‘出来損ない’同士で慣れあうことしかできず、疎外感に満ちた影の存在として生きるしかなかった。だから杏奈には、世闇の中ひとりぼっちで彷徨う少女‘あすか’の気持ちが痛いほどわかるのだった。


「漢字はどうあてようか」


 話題は名前の響きから、それが持つ意味へと移った。‘飛鳥’というのは流石に古臭い。杏奈は花の名前を提案していたため、‘明日花’というのはどうかと言った。すると、三井名はこう返した。


「このコは華があるから……。今は暗い顔ばかりしてるけど、笑ったらもっと、可愛いと思うんだ。だから、明日の華と書いて‘明日華’ってのはどう?」


 杏奈は、「決まりだ」と大きな声を上げてから、少女の濁った蒼い瞳をのぞき込んだ。そして、そのたおやかな金色の髪にさらりと手で触れて、にっこりと優しく微笑みかける。


「今日から、お前の名は‘明日華’だ」


 彼女の笑顔は、少女の顔へと鏡映しになることはなかった。代わりに少女の瞳からは滝のように大粒の涙が零れ落ち、その桜色の頬を濡らした。蛾や蜻蛉の集る街灯の明かりの下、明日華は母の子宮から産み落とされた赤子のごとく泣き叫んだ。


 その姿は、泣くということでしか、意志の伝え方を知らない赤子そのものだった。


「ちょ……、そんな大声で泣くなっ」


 杏奈が呼びかけると、明日香はしゃがみ込んだ彼女の肩に半ば飛びかかるようにして抱き付いた。彼女の肩を明日香の涙が濡らす。温かかった。自分が名前を与えた子がそれに答えて泣いてくれた。

 杏奈はその事実を噛みしめるようにして、明日華の震える肩をひしと抱きしめた。


<another side>


「もしもし。簀巻さんですか」


 夜の帳の中を少女の泣く声が反響する。眼鏡をかけたボブヘアーの少女は、簀巻という魔女と交信を取っていた。彼女の名前は街田涙まちだ るい。簀巻と連絡を取り合いながら何かを調べているようだ。


「ああ。どうした、なにか見つかったかえ?」


 スマートフォンのスピーカーの部分から、ねっとりとした簀巻の声が。


「今は食事中なんじゃがのう」


 ――電話の向こう側で簀巻は、ソファーに腰かけてワイドショーに耳を傾けながら箸で納豆を頻りにかき回していた。

 床には絨毯が敷かれており、ふすまも障子も畳もない洋装の部屋の中。革製のソファーに腰かけながら、納豆をかき混ぜる姿はなんとも滑稽だ。ガラス製のテーブルの天板では、お椀に盛られたご飯から湯気が立ち込めている。


「ほう。それは面白い女童めのわらわじゃのう」


 街田はこれまで観察してきた、少女‘明日華’の行動、一部始終を簀巻に伝えた。見かけは八歳ほどの少女の姿。洋人形のように整った容姿に、フリルのついた黒のサテン地のワンピース。

 大切に育てられていると思わせる小奇麗な身の上に、似つかわしくない「お家がない」、「お母さんもお父さんもいない」という頻りに繰り返される台詞。


「おそらくは、最近創造されたレプリカの類かと」

「‘レプリカ禁制法’が敷かれて、久しいこのご時世にか? ――人間に近い、精巧なレプリカの製造は、今は禁止されておるからのう」


 肩と耳で電話を挟みながら応答し、両の手は湯気の立ち込める白飯の上に練り終わった納豆を流し込んでいた。そして納豆に箸を入れてドーナツ状に形を整え、その穴の中に卵黄を落とし込む。さらにその上から刻み葱とかき醤油をかけて箸で卵黄の表面の膜を切り裂き、米と米の間に黄身をコクのあるかき醤油とともに染み込ませていく。


「簀巻さんもその禁制法を犯している常習者じゃないですか」

「妾の場合はすぐに殺すからいいんじゃ。柊木家の者に嗅ぎ付けられても、妾は殺せまい。――で、その女童、日光も月光も平気だったのじゃろう?」

「感情の欠如したタイプでは……」

「そんなやつが、赤子のように泣くこともなかろう」


 簀巻は街田の情報から、‘明日華’の正体に勘付き始めていた。しかしまだ確証を持ったわけではない。

 それが何なのか街田には見当がつかなかったが、簀巻は含み笑いを強めていく。


 ついに、かき醤油と卵黄の染み込んだ白米に納豆を絡ませて口中へとかきこんだ。刻み葱の風味とコクのあるかき醤油が、納豆と卵黄のまろやかな甘みに色を添えている。歯に当たる豆の食感、白米の弾力。いつもながらの甘美で官能的な味わいだ。簀巻は瞳を閉じて、その味覚を噛みしめ喉を鳴らす。


「じゃあ、いったい何だっていうんですか」


 そして粘りのついた口元をティッシュで拭き取りながら、口角を吊り上げ、ほくそ笑む。


「そいつを確かめたい。――その少女を捕獲するのじゃっ」


<おまけSSその11>


明日華「ねえ、お姉ちゃんその飴美味しいの?」

雷雷「え? あたしには美味しいけど、あんたには刺激が強すぎるわよ」


三井名「鞄の中にあったー。このキャンディね!」

杏奈「だ、駄目だ!そのキャンディは!」


杏奈が止めようとしたが、時すでに遅し。


明日華「うぎゃぁあああああああっ!!!!」



雷雷「そんなに辛いかな……、これ……」

杏奈「キャンディが辛いっていう時点で異常だと思うけど」




<おまけSSその12>


雷雷「ところで今日の宿どうするの?」

杏奈「明日華がいるとネカフェに入るわけにもいかないし、駅で寝たりするわけにも……」


三井名「まあまあ、ここはこのあたしに任せなさいっ! 魔法で見た目を見繕えばネカフェに潜り込めるわっ」


杏奈「いや……あの……。その手に持ってる本何? カップリング同人誌とか表紙にでかでかと書いてるんだけど。悪い予感しかしないんだけど……」



三井名「さあ、あたしの魔法で四人とも美少年になるのよっ! それで4Pカップリングでキャッキャウフフするのよっ!」


雷雷、杏奈「子供の前でやめろっ!」



明日華「お姉ちゃん、かっぷりんぐってなに?」

三井名「カップリングってのはふたりのキャラをくっつけて。男同士ならやおいとか薔薇とか、女同士なら百合とか言うのよ」


雷雷、杏奈「教えなくていいからっ!」


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