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パッチワークソウル 第一部  作者: 津蔵坂あけび
Chapter 4. そして俺は母を知る。
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胎動②


<another side>


 どくん。どくん。


 私立柊木高校魔導図書館の地下深くにも拍動は轟いていた。地球の核、マントルの奥底から地殻を穿つような凄まじい振動。


「なっ、なにっ!?」


 その震源は、目の前で煌々と煌めく巨大な宝玉。

 宝玉の中ではめらめらと火炎が揺らめき、その中心に金色の髪を生やした少女が眠っている。先ほどまでは、安らかな笑みを浮かべていたが、今は悪夢にうなされているかのような苦悶の表情となっている。歯と歯が擦り合わされた口元は、見ているだけでぎりぎりと歯ぎしりが聞こえてくる。


(どうして、そんなに苦しそうなの?)


 心の中でそう呟くと、背後でローブの男が闇に真っ黒に塗りつぶされた顔面から高笑いを漏らした。男から発せられる雰囲気が、豹変したのを感じ、恐る恐る風香は振り返る。


「ついに、……ついに、目覚めたかっ! スカーレットよ」


 けたたましいほどまでの振動は、三半規管を狂わせる。風香はよろけて膝をつき、地面に押さえつけられてしまう。


「ずっと、ずっとこの時を待っていた。これで、私は……私はゼルディウス様の力を手に入れることができるっ! 誰もこの私を出来損ないなどとは呼ばないっ!

700年前の屈辱を果たす時が来たのだっ!」


 ぐわんぐわん。どくんどくん。ごうんごうん。鳴り響く心音のせいで、まともに言葉が聞き取れない。だけど、フードの男の様子が明らかにおかしい。身なりからして怪しい部分はあったものの、声色は優しかった。それに比べ、今は嫉妬と憎悪にまみれた、ざらついた醜い声。


「あ……、あなたは……?」

「名乗るほどのものじゃありませんよ。私はただの、出来損ないですから」


 今更ながら、この男に恐怖感を感じるなんて手遅れだろうか。しかし、風香はもう自身を地面に縛り付けるものが、鳴り止まぬ振動によるものなのか、恐怖からなのか、わけが分からなくなっていた。動けない。立ち上がれない。何もできない無防備な状態の風香に、背後から植物の蔓が忍び寄る。風香の身体を絡めとり、少女の鎮座する宝玉の前に貢物かの如く、はりつけにした。


「なっ、なっ!」

「ゼルディウス様との契約では、この場所の機密保持と、スカーレットの世話を任されていてね。でもそれだけじゃあ退屈なんで、少し細工をさせてもらったよ。ゼルディウス様は、実の娘の蘇生のために自身の700年分の魔力をスカーレットに注ぎ込んでいる。それを利用しない手がないだろう?」


「あなた、何のためにあたしをここに連れてきたの? 騙されたことくらいは分かるわ。ならば、せめてわけを聞かせて」

「――頭のいいお嬢ちゃんだ。学内成績が普通科、魔導科ともに優秀なのも頷ける」


 フードの男が、風香の顎を掴み、引き寄せる。男には肉体というものがないが、中身のない手袋越しでも、冷たい肌が読み取れる。風香は、背中を走る蟻走感に、奥歯をこすり合わせる。


「お前は、木枯鏡花の血族だな?」

「っ!」


 ここで風香は顔を歪める。


「……、果たしてそうかしら? あの人には、いい思い出がないわ」

「どういう意味だ?」

「あの人は、昔からお兄ちゃんにしか興味がなかった。それだけのことよ」


「いや、ブラコンのお前に言われたくないと思う」

「今、その話はどうでもいいでしょっ!」


 フードの男は、思わせぶりな風香の態度に少し首を傾げる。しかし、すぐにそれは詮無きこととして、咳払いとともに吐き捨てて、元の冷徹な態度に戻る。


「まあいい。スカーレットの真の覚醒は、鏡花の力なしにはあり得ないからなあ。人質程度には役に立ってくれるな」

「……スカーレットは、ゼルディウスの娘でしょ。あの人と何の因果があるというの?」

「若い奴には分らぬさ。人間死ぬのは怖いが、長生きするのがいいかと言われれば、疑問だな。ゼルディウス様に、ミラージュ、ラグドール。――私も同じくらい生きているのだがな」


 フードの中の真っ暗闇の中から、自嘲が漏れる。


「いつの時代にも、虐げられる者がいるものさ」


 自嘲、嫉妬。フードの男が見せる負の感情は、劣等感とも言うべきものか。ゼルディウス、ミラージュ、ラグドール。三人の英名を風香は知っていた。魔導科の授業で聞いた名前だ。死を恐れし、三人の魔導士。生きとし生けるものが、すべて等しく恐れる死の克服に関する魔導研究に没入したという。ただ、その三人がすべて、現在は消息を絶っている。存命するかどうかは、学者により意見が分かれる。最も、その存命という言葉の定義さえ、魔法があやふやにしている。

 しかし、その名前をフードの男が口走るということは、存命しているのか。いや、それよりも――このフードの男は、いったい何年の時間ときを生きているのか。


「あなたはいったい、何者なの?」


「言っただろ? 私は、名乗る価値などない、ただの出来損ないさ」


 劣等感は頻りに自身の呼び名として使う、「出来損ない」という言葉にも現れている。フードの男は、中身のない手袋だけの手を風香の眼前に翳す。思わず目を瞑り、顔をそむける風香。彼女の視界は、火花が飛んだように真っ赤に染まった。眩しい閃光が、瞼を貫いてきたのだ。

 しばらくしてから、ゆっくりと目を開ける。相変わらず、身体の自由は効かないが、特にそれ以外の危害は加えられていないよう。だが、風香は自分の目を疑わずにはいられなかった。そこにいたはずのフードの男は、消えていたからだ。代わりに、もぬけの殻となったフードと手袋、杖だけが石造りの床の上に無造作に転がっている。何者かが放った魔法が、彼を消し飛ばしたというのか。


「だ、だれが……」


 かつん。かつん。石造りの床を打ち鳴らす靴音。それらは、風香の方に向かってゆっくりと歩み寄る。地下の薄暗い照明では、人影が見えても、その顔を判別するまでには、距離が相当近くなければ難しい。しかし、そいつは風香のすぐ目の前にまでやって来た。


「あ、あなたは……」

「授業以外でお会いするのは初めてかねえ。優等生の木枯風香さん」


「胡散臭い眼鏡の理科の先生っ!」

「先生の名前くらいは覚えておこうか……」


 そう、そこにいたのは胡散臭い眼鏡をかけた理科の先生だった。


「……地の文でくらいは、名前を出そうか」


 次回に続く。


「いや、次回に引っ張るのかよっ!」


<おまけSSその75>


風香「いやあ、久しぶりの更新で、まさかのあたしがヒロイン回だなんてねえ。こっから先もあたしがヒロインポジションなんでしょ? これで、あの三馬鹿トリオや、いけ好かないツンツン女に差をつけることができたわっ!」


雷雷「風香とか言ったか、ひとつ言っていいか?」

風香「なによ。誰かと思えば、三馬鹿トリオの一員じゃない? しかも、スケベキャラ担当って、一番馬鹿っぽいじゃない」

雷雷「馬鹿っぽいに関しては、安奈が一番馬鹿だから、あたしは人違いだ」

安奈「なんで、あたしに飛び火してんのよっ!」


雷雷「まあ、あたしがお前に言いたいことは、あれだ」

風香「何よ」


雷雷「今回の貧相体型ロリっ子の触手プレイは、絵面としてマニアックすぎると思う」

風香「誰が貧相体型だ、こるぁああっ!」

三井名「風香ちゃん。あたしはその気持ちわかるわ。仲良くしましょ」

風香「いや、まだあたし中学生だからっ! 成長の余地まだあるしっ!」


<おまけSSその76>


 風香は悩んでいた。


風香(――とは言ったものの……、大人になったあたしって、どんな姿なんだろう)


 彼女は悩みがある時は、魔導図書館で魔導書を漁っている。そこで、とある魔導書が彼女の目に入る。


風香(こ、これは……未来を見る魔法……?)


 思わずつばを飲み込み、ごくりと喉を鳴らしてしまった。今まさに知りたかった魔法だけれど、それを知ってしまうのもある意味怖い。例えば、自分が大人になったところで、そんなに理想的な体型になっているとも限らないし、結局あまり成長が芳しくないまま大人になってしまうのかも。ああ、怖い。だけど、知りたい。相反する感情で風香の心がかき乱される。けれどもやはり、興味には逆らえず本を開いてしまった。そして――


風香「なっ、こ……これが、未来のあたしの姿……」



 風香が見たものとは――


風香「えっと、木枯風香。ここに眠ると……」



 ……。


 ……、……。


風香「いや、これ死んでんじゃねえかぁああああっ! ふざけるなっ! 何のために魔導書読み込んだと思ってんの! こっちは、お兄ちゃんの理想の彼女になれるかどうか、やきもきしてんだからっ!」


 怒りのままに魔導書を投げ捨てると、その拍子に最後のページが開かれた。

 そこには、こう書かれていた。


“だれでも いつかは死ぬんだものなあ 人間だもの てつを”


風香「やかましいわっ! てつをって誰だよっ!」



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