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パッチワークソウル 第一部  作者: 津蔵坂あけび
Chapter 3. そして俺は恋を知る。
32/53

禁制魔法⑩


<main side>


 なんだろう。難は免れたのに。

 まるで、嵐が去った後。無事だとは知ったけど、そこから立ち直るまでに時間がかかる。まさしく目の前に広がる凄惨な教室の光景は、嵐の後と呼ぶにふさわしい。虚ろな目の色を浮かべる俺とは対照的に、美月は銀色の髪を乱しながら泣いている。ようやく落ち着いては来たが、まだ瞼や目じりが真っ赤に腫れ上がってる。


 どうしてこうも、銀髪の美月は、表情が忙しいんだろう。


 俺のために、つまらないことで本気で怒ったり。

 俺のせいで、ちょっとしたことで顔いっぱいに笑みを浮かべる。

 そして、俺のために顔をぐしゃぐしゃにして泣いている。


 まるで、黒髪の美月が切り落としてきた感情を、全部銀髪の美月が拾い上げているみたいだ。


「……、ありがとう。美月さん」


 思わずその言葉が、唇からついて出た。

 彼女は血にまみれた手で、涙を拭き、ゆっくりと笑った。

 涙の代わりに、まだ固まっていない血がついてしまった汚い顔で笑った。


「いいよ。あたしは、木枯くんにいっぱい助けてもらったから」


 彼女はたびたびそれを言う。

 だけど、俺には心当たりのないことだった。あの地下室の一件から、自分に抜け落ちている記憶があることを自覚している。銀髪の美月は、それを覚えている。


「……、良かったら教えてくれないか。君が助けられたときのこと」


 思いきって尋ねてみた。ふうと小さなため息が、彼女の口から漏れて、長い腕がするりと伸びてきて、俺の頬を撫で、そして――思いっきりつねった。


「いでででででででっ! 痛いっ、痛いってば!」

「ほーんと幻滅しちゃうわー。今の木枯くんって、あのころと違って、ぜんっぜんかっこ良くないんだもんっ」

「いだい、いだい、いだいって! ごめんって!」


 訳も分からず謝ったが、謝ると彼女は手を放してくれた。正直ちぎれるかと思うくらい痛かった。


「あたし、小さいころから病気がちでね。虚弱体質って言うの? 心臓に爆弾があってね。病院からは、たまに外出許可が下りる以外は、ほとんど出れない。――自分は、健康なみんながいる世界とは切り離された世界で。外の世界がね、憧れであると同時に、すっごく羨ましかった。だから最初あなたに会ったとき、心底ムカついてたわ」

「えっ」

「だって、木枯くん。おもちゃの誤飲なんていう理由で入院してきたんだもの。なんて、平和なやつと思ったわ」


「あ、あはは……」


 小さい頃のことだろうから、そんなこともあったのだろう。だけど、今の彼女にそれを言われると、思わず苦笑いがこみ上げる。彼女は俺の苦笑いをくすくすと笑った。


「そんなあたしに、木枯くんなんて話しかけてきたと思う?」

「え、えーっと、な、なにかな?」


「その当時男の子の間で流行ってたトレーディングカードの話題よ」


 ――なんだろう。ものすごく無性に謝りたくなってきた。

 というか、ここからどういういきさつで、自分は感謝されるような存在になるのか、至極疑問だ。ただの無神経なガキの話にしか聞こえない。

 こっちが冷や汗をかいているのを流し目で見て、乾いた笑みを漏らす。天真爛漫なイメージを描いていたが、彼女は少し他人を困らせるのが好きな気もあるように思えて来た。とはいっても、俺自身にそんなことを指摘する資格はないが。


「興味なんて持つわけないし、そのくせしつこいし」


 ぐさり。


「おまけに、遊び方教えたしりから、あたしに負けるし」


 ぐさり、ぐさり。


「そのあとまた、なんで勝ったのとか教えてとか、しつこく聞いてくるし」

「――も、もういいっ。も、もういいから」

「――でもね。気がついたら、いっぱい木枯くんと遊んでたの。たった数日の入院だったけど。木枯くんが退院するだけで、わけもわからず泣いちゃった。……ばっかみたい。あたしって、押しに弱いんだろーね。だから、退院した後に木枯くんがお見舞いに来てくれたことすごく嬉しかった。口には出せなかったけど、ありがとうって言いたかった。木枯くんのおかげで、あたしは……明日も生きようって思えた」


 きっと俺には、誰かを救おうと思って救うなんてことは、似合わないしできないんだろう。彼女のことを救っていたというのも、言わば結果論であって。俺自身に自覚があったわけじゃない。

 それでも、自分がそんな存在になれたことは、少し嬉しかった。


「一緒に外出したこともあったわ。看護婦さんがニヤニヤしてた。そして、ある日ね――」


 そこで彼女の声のトーンが変わった。

 

「道路のど真ん中で、急にめまいがして心臓がばくばくして歩けなくなった。久しぶりに楽しくてね。身体が弱いってことすっかり忘れていたの。もう少しで車に轢かれそうだったあたしを、木枯くんは体当たりで突き飛ばして……。あたしの代わりに、木枯くんが、道路の上でぼろきれのようになっていた」


「……木枯くんが、生きているのは、普通に考えてあり得ない。――ひどい状態だったから。手も足もでたらめな方向に曲がってて、血まみれで。今でも覚えてる。なんで、放っておいてもすぐに死んじゃうあたしをかばって、木枯くんがって。すごく、すっごく悲しかった」

「ちょっと待って! じゃあ、俺は死んでいたってこと?」


 聞き返さずにはいられなかった。


「そうだよ」


 そして彼女は、気づいてなかったのとでも言いたいような口ぶりで返してきた。

 自分は一度、死んでいた? じゃあ、なんで今。今、ここで生きているのか。彼女の言っている意味が分からなった。だが、同時に、あのとんがり帽子の魔女が言っていたある言葉が、脳裏に蘇ってくる。


『木枯……唯……、お前が生きているということは、お前が鏡花の意思によって……死なないようになっているのは、すべて、ことわり運命さだめを捻じ曲げた魔法のせいだっ。――わかるか、唯。お前がこの世に生きているということ自体が、間違いなんじゃ』


 俺が、俺が……、一度死んでいる。

 

「それを、あの人が生き返らせた。」


 自分を生き返した人間がだれなのか。それは、想像がつく。


『唯じゃない』


 そう言って、ぬいぐるみにナイフを突き刺していたあの女性。そして――


『唯じゃない』


 そう言って、街田を突き放したあの声。

 木枯鏡花。俺がまだ顔を知らない、自分の母親。


「ねえ、木枯くん」

「な、なに?」


「浮かない顔してる」


 何が何だか。戸惑うことが多すぎる状況なのに。浮かない顔なんて、して当然だ。そんな言葉がついて出てしまいそうになる俺の顔を、美月はじっと見つめて、頬を撫でて、ゆっくりと笑った。


「ねえ、あのとんがり帽子の魔女が言ったこと気にしてる?」


 胸中を言い当てられて、両肩がぴくりと跳ね上がる。


「木枯くんを生き返らせたのが禁制魔法だとか。それは、世の理を乱すものだからとか。だから、木枯くんが、死んでいる世界の方がただしいとか。――そんなこと、今生きている木枯くんが考えることじゃないわ。

 木枯くんの世界は、木枯くんが生きていることが正しいんだから、それでいいの。あたしも、それがいい」


 彼女は、目を閉じ、ゆっくりと俺の胸に顔をうずめて、左胸で拍動する心臓の音に聞き耳を立てた。やっぱり、銀髪の美月は、黒髪の美月とは違う人だ。本当に、何もかも。今の彼女の声だけが、俺には暖かく聞こえる。


「木枯くん。また、あたしがもとに戻っても、覚えていて、このあたしのことを。これが、本当のあたし、桂木美月かつらぎ みつきだってことを」


 彼女は、表情を持っている。

 彼女は、感情を持っている。

 笑ったり怒ったり泣いたり、子供のように忙しい。だけれど、おどおどしているばかりの俺よりも、ずっと強くて、優しくて。


 熱を感じる。

 初めて、彼女から好意を向けられたあのときとはまるで違う。いや、美月は、「今のあたしを覚えていて」と言った。だったら、そうか。


 ああ。俺は、自分を助けてくれた、自分を奮い立たせてくれた、――


「約束だよ」

「……、わかったよ」


 銀髪の美月(かのじょ)のことが、好きなんだ。


<おまけSSその63>

~魔法講座その1 「魔法」について~

簀巻「読者の皆さん、久しぶりじゃのう。今回から始まった新しい企画じゃ。このコーナーでは、この小説で言う魔法というものどういうものなのか。本編では詳細に描く予定のない裏設定や予備知識をしょうかいしていくぞ。記念すべき第1回目は、魔法というものの定義についてじゃ」


テーマ1:パッチワークソウルの中での「魔法」とは?


簀巻「これは結構、基礎中の基礎じゃな。魔法というのは一言でいえば、法則や原理の解き明かされていない科学のようなものじゃ。現象論じゃな。あることをすると、その結果がどうなるかは分かっているが、なぜそうなるかは分かっていない。その分からない部分を、神だの悪魔だの契約や儀式など、他のものに置き換えることで、形を持たせる。これが、魔法じゃ。ここでいう、神も悪魔も存在しているかどうかは誰も知らん。そして契約や儀式、あと呪文もじゃな。これらもなぜ必要なのかは、一切分からん。慣習的にやっているものが生きているだけなのかも知らんな。しかし、正しい方法で魔法を使わなければ失敗するのも事実じゃ。じゃが、なぜ失敗するのかが体系化されていない以上、魔法の域を出ることはない。――じゃから、魔導を志す者たちは、それを神や悪魔に委ねた考え方をする。要するに、外因を求めるということじゃな。これは根本的な考え方じゃ」


<おまけSSその64>

~魔法講座その2 「媒体」について~

宿木「ほう、2回目の講師はこの私か。2回目のテーマは、媒体についてだね」


テーマ2:媒体とは?


宿木「魔法を使う際に、魔力をあるものを介して出力させる行程を踏むことがある。その際の媒介を果たすものが媒体だ。具体的な例を挙げれば、魔方陣、魔具、呪文などだね。幾何学的な図形と呪文の組み合わせが、魔方陣。道具を媒体にしたものが魔具。言葉が媒体になっていて、さらに唱えることで有効になるのが呪文というわけだ。よし、それでは覚えておいた方がいい呪文を紹介していこう」


呪文その1:テクマクナマコン


風香「……、……」


宿木「これは生コンが、すぐに固まってくれる便利な呪文だ」

風香「いや、どっかで見たことがあるんですけど。あと生コン固める呪文って!」


呪文その2:アスベスト パトローナム


宿木「これは、アスベストを取り除いてくれるすごい魔法だ」

風香「おーい、消されるぞ。こっちが取り除かれるぞー」


呪文その3:ピリカピリララ ポポリナベルト


宿木「これは、ベルトコンベアーに異常が出たときに、異常が出たことを知らせるための呪文だ」

風香「そのまま口で言った方がはやいわっ! というか、全部どっかで見たことがあるんだよ!」


宿木「えー。以上が、工事現場でよく使われる呪文だ。覚えておきなさい」

風香「いや、工事現場そもそも行かないわっ!」

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