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パッチワークソウル 第一部  作者: 津蔵坂あけび
Chapter 2. そして俺は俺に襲われる。
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砂の民③


<another side>


「あたしは、妹の最期の願いにこたえられなかった」


 今でも、砂粒になって散ってしまった妹の最期が、脳裏に焼き付いて離れない。

一緒に消えようという妹の最期の願い。それを裏切ってしまったのは、怖かったから。

 自分の存在が消える。屍を残すことすら許されず、砂に溶けた自分の妹。

あっけなかった。世界に受け入れられたいという前向きな願望とは裏腹に、世界から消えてしまいたいという後ろ向きな欲求は、いとも簡単に叶えられてしまった。

 なりたくない。自分は、あんなふうに消えてしまいたくない。

 だって怖い。この世に一片の肉片すら残らずに、消えてしまうだなんて。推し測ることすら拒んだ臆病な自分は、妹をひとりぼっちにしてしまった。


 そして今の自分は生きている。

 他でもない。妹のようにならない方法を探すために。

 それを、同じ悲しみを産まないためになどと形容することは簡単だ。でも、そんな綺麗ごとで自分のエゴに目をつぶることは、妹が生きることが出来なかった時間を否定することになる。

 それが自分にできたなら。妹が生きれなかった今を生きる原罪も、自分が妹みたいに死なずに済む方法を探す後ろめたさも。すべて目をつぶって、自分の行動を正当化できたなら、どれだけ楽だろうか。


(そんな苦しみを、街田あいつは否定するんだ。全部、お父さんのためだとか言って、正当化するんだ。――あたしは、こんなに苦しんでるのに)


 腹が立つ。どうしようもなく腹が立つ。自分ができないことを、街田あいつは平気でしてのけるから。

 苛立ちに拳を握りしめる。じゃりじゃりと空しい音が、指と指の間で鳴り響く。


 どうして、空しいと感じるのだろうか。

 

 自分の不甲斐なさに対してなのか。それとも、罪悪感を感じることなく生きれる街田あいつへの嫉妬なのか。そんな問いかけにさえ、答えを導き出せずにいる。

 弱い。うんざりするほど弱い。こんなに自分は弱いから、妹を守れなかったのか。


「お姉ちゃん……」


 背後から、明日華の声がする。

 肩も震えて、声も震えて、瞳まで潤ませている自分を、彼女に見られていた。


 彼女は、自分をどう思うだろうか。彼女には、自分がどう見えているだろうか。

 死にたくないという理由だけで、妹を見捨てて、今ものうのうと生き延びて。妹みたいに死なずに済む方法を探している。この上なく自分勝手なエゴの塊。そう考えると、彼女の蒼く透き通った眼差しが、身体を鋭く突き刺すように感じられる。


 怖い。澄んだ水面のような彼女の瞳が、自分の心の一番どす黒い部分を映しそうで。


「明日華、お前は……、あたしを自分勝手だと思うか」


「で、でもお姉ちゃんは優し……」

「優しくなんかないっ! あたしが、本当に優しかったらっ、妹の願いも受け入れることができたかも知れないっ。砂子シャーズゥを助けられたはずよっ!」


 雷雷の中の自責の念は、とどまるところを知らず。ついには、純真な明日華の言葉さえ跳ね除けてしまった。いや、明日華が純真だからこそ、雷雷は彼女の蒼い瞳を恐れたのだ。


「でも、それで自分を責めても――」


 それでもなお、明日華は、雷雷に言葉をかけようとする。その肩を三井名が止める。振り返る明日華に、三井名はただ首を横に振って答えた。その後ろで、杏奈も悲しげな瞳の色をしていた。

 雷雷だって分かっている。どれだけ後悔しても、もう何も変わらないことくらい。だからこそ、空しくてたまらないのだ。どれだけ、妹の死を悼んでも、それが自分の独りよがりにしかならないことが。


 その想いは決して報われることはない。

 時の流れを戻してしまったり、事実をなかったことにしたり、死んでしまった命を蘇らせたり。そんなことでもしない限り。


『憎い。私は神が憎い』


 ふと明日華の中で声が聞こえた。悲しみに沈んだ男の声が。首をかしげながら、声がした方を振り返る。風に吹かれて、黄色い砂が舞っていた。風と砂が奏でた音が、空耳を呼んだのか。いや、その声には、確かに聞き覚えがあった。


 だが、思い出せない。

 いや、思い出すことを自分で拒んでいるのだろうか。きっとそれは、自分の中に宿る災厄の力と同じ。自らの生き方を狭める頸木でしかないのだろうから。


『なぜ、時は戻らない。なぜ、過去は変えられない。なぜ、死んだ命は帰らない。すべて神が決めたことならば、なぜ、神はそんな無常を生み出したのか』


『憎い。私は神が憎い。――ならば私は、神になりたい』


<another side>


 外はせっかくのいい天気だというのに。真黒なカーテンが病室に差し込む陽の光を遮断している。病室の白いベッドで横たわるのは、ひとりの男性。いくつものチューブに繋がれて、生死の境を彷徨っている。

 遮光カーテンで薄暗い病室は、彼のためのものなのか。そうではないということを、彼の見舞いに来ている少女は知っていた。


「……ごめんね、お父さん。今日はいい天気なのに。あたしのせいで」


 少女は声を震わせる。

 そう、この病室の遮光カーテンが閉められたのは、少女がこの病室に入る少し前。その前までは、燦々と輝く暖かな光が、病室の中に注がれていたのだ。

 少女は日光を浴びれない体質――いや、呪いをかけられていた。

 

「今日はね、お父さんのために缶詰プリンを買って来たんだ」


 呪いをかけられた少女はいそいそと鞄の中から、缶詰のプリンを取り出す。しかし、おそらく彼女の父である病床に横たわる男性は、意識を取り戻す気配はない。所謂、植物人間状態だ。だが、そう形容するには異様な部分がひとつある。


 男は涙を流していた。

 そして、少女は男が流す涙を、安堵と悲壮が入り混じったような複雑な表情で見つめていた。

 涙を流し、目を覚ますことはないが、死んではいない。しかし、もちろんこちらの会話に応えてくれることもなければ、見舞いに持って来たプリンが消費されることもない。

 それを分かると、小さくため息をついて小型冷蔵庫を開ける。中には、おそらく少女が持ってきたであろう見舞いの品の数々が、所狭しと詰め込まれていた。男が目覚めることなく眠り続けていることの何よりもの証拠。中には、賞味期限切れのものもあるらしく。少女は、すえた臭いに鼻をつまみながら、自分が持ってきたかつての見舞いの品を、ごみ袋に詰めるのであった。


「本当に、少しも減らないのね。あたしがいない間に起きたりとかしてないんだ」


 何かこみあげるものがあったのか。少女の肩は震えはじめた。頭の中で聞こえるのは、嫌味たらしくねっとりとした魔女の声。


『……お前が父親を救う方法はずっと前から分かっていたことじゃ。お前が死ねばいい。それですべてが丸く収まるじゃろう?』


 思い出すたびに、胸が苦しくなる。

 自分は、この部屋を暗くしているカーテンのような存在。自分がいることで、父は光を奪われる。そんな存在。少女は拳を握りしめ、すくっと立ち上がる。父親の顔に背を向けて。


「……お父さん、どうして……、あたしを死なせてくれなかったの? ――ねえ、どうして?」


 少女は、父親に向けてとんでもない言葉を言い放った。だが、それでも父親はぴくりとも動じない。


「あたしは、お父さんの代わりに生きて。お父さんは、あたしの代わりに死んで……、だから、あたしはお父さんを生き返らせるために、生きるって決めたのに。もうこんなに時間が経ってしまった! お父さんっ――、あたしね。お父さんの望み通り生きたよ! ほら、こんなにも大きくなったんだよ! 全部、全部お父さんの命を削って……」


 振り向き、少女は涙の河を頬に流しながら、父親の胸元に耳を当てる。すっかり衰弱して力の弱くなった心音に聞き浸りながら、彼のシャツを涙で濡らした。


「ねえ――、どうして、あたしを生き延びさせたりしたの? あのとき死んでいれば、きっとこんな苦しみはなかった。息をするたびに、涙を流すたびに、歩くたびに、走るたびに。身体が大きくなるたびに。あたしは、あなたの命を削っている……。こんな重たい枷をつけてまで、どうしてお父さんはあたしを生きながらえさせたのよ!」


 父は娘のために自らの命を捧げた。

 しかし、娘はその献身に感謝の意を示すことはなく、ただひたすらに呪った。


「……あたしは、もう死ねない。怖くて、死ぬことなんて出来ない。それでも、あたしはお父さんと一緒にいたい。だから――、これからいっぱい悪いことをすると思う。お父さんは、起きたらいっぱい、あたしを叱ってね……」


 なぜなら、娘は父とともに生きたかったから。

 娘は父の動かない手を手繰り寄せて、父の小指に自らの小指を絡ませて、一方的な指切りをした。


「約束だよ、お父さん」


 うっすらと笑う娘。

 その笑顔は、本来父と娘が交わすような微笑ましいものは感じられない。それは、娘が夢うつつに父との再会を望みながらも、重荷を背負わせて生きながらえさせた苦しみから、心のどこかで父を呪っていることを匂わせていた。


『お前の父親が死ねば、お前も死ぬのじゃろう? ならば、お前が父親のためと必死で言い聞かせているのも結局は自分が生きたいだけのエゴじゃないのか? それを隠すために、お父さんという家族を引き合いに出して自分を正当化している』


 自分がどれだけ、父親を救いたいと願っても。


『お前がやっていることをこういうんじゃよ。‘おためごかし’となあ』


 自分が父親の命を削って生きている限り、全て自分のエゴになる。おためごかしになる。それが、空しくて空しくて、たまらない。

 目の前で眠る父の姿が、生に執着する自分を責めているようで、呪っているようで。苦しくて苦しくて。


 涙の河はとめどなく、娘の両の目から流れ出た。それがまた、父のいのちを涸らしていくと知りながら。


<another side>


「簀巻様、中国から品物が届いております」


 黒い紳士服に包まれた男は、ソファに座る魔女に封筒を手渡した。ほりの深い日本人離れをした顔立ちの黒髪の男性だ。一方の魔女は、顔の左半分を老木でできた仮面で覆っている。奇妙なな風体はそれだけではなく、背中には蓑を被り、おまけにねりねりぐちょぐちょと音を立てながら納豆を箸でこねくり回している。


「あと、相変わらずキャラ立てに必死ですね……」

「うるさいわい、テオドール。もとの依代に戻りたいのかえ?」

 

 冷ややかな男の声に、簀巻という魔女は口を歪める。その唇からは、うっすらと納豆の糸が伸びている。


「いつも用が済んだら、もとの藁人形に戻すでしょうが」

「妾に創られたレプリカの分際で、随分と口が立つのう」


 簀巻の口振りから察するに、テオドールという男は用があるたびに呼ばれるような世話役であることが伺い知れる。さらに、レプリカが魔力により創られる人造人間であることを考慮すれば、彼は用事の度に生み出されては殺されるような存在らしい。


 ふて腐れながら封筒を開ける簀巻。


「簀巻様、それは……?」


 中から取り出したのは、植物の種のようなものだった。いがもなければ、つるりとした一見無害にも見えるものだが、その正体は、恐ろしいものだった。


迦楼羅かるらがよこした、魔導植物の種じゃ。ストライガと呼ばれておる。宿主に寄生して発芽し、宿主の魔力を際限なく増幅させる力を持つ。もちろん宿主は破滅の運命をたどることになるが……」


 ここでいう宿主とは、動植物を指す。ストライガは、その性質から、魔力を溜め置くプールおよび、増幅させるアンプとして、魔法使いたちに使用されてきた。

 本来は、人間を宿主として使用することはできないが、簀巻のもとに届けられたのは、禁制となるその使用法を解禁してしまった代物だった。


「随分と悪趣味なものを取り寄せましたね」


 そんな悪趣味かつ物騒な取り寄せ品に、テオドールは難色を示す。だが簀巻はそれさえも、自らの邪な含み笑いのタネとするのだった。


「なんに使うおつもりで?」

「使い捨て時の迫ったおもちゃにじゃ。妾を頼って来た時からすでに、街田あやつは見切り品じゃったからのう。

 死に花くらい、咲かせてやろうぞ」



<おまけSSその43>


杏奈「ねえ、最近思うんだけどさ……」

雷雷「なんだ? どうした?」


杏奈「あんた、目立ち過ぎじゃない? ここ数回、あんたメインの回だし。それに巨乳だし、身長も高めでスタイルいいし。金髪ポニテ碧眼のくせに中国キャラで、激辛メシマズキャラに、スケベ女子って、ちょっとキャラ欲張り過ぎじゃない?」


雷雷「いやでも、三井名だって、カップリング中毒者で、BLカプ狂で、よく鼻血だしてるし、同人本書いてるし、コスプレもするし、コミケに行ったりするし。いっぱい欲張ってるぞ」

杏奈「それ、全部腐ってるだけだろうがっ!」


<おまけSSその44>


杏奈「ってかそれじゃあ結局、あたしが一番キャラ薄いじゃん!」

雷雷「言われてみればそうだな」

三井名「魚嫌いっというところと、ちょっとバカってとこぐらいしか、キャラ属性ないしね」

杏奈「なに、そのぞんざいな扱い!? あたし一応、このナイトウォーカー三人組のリーダーなのよ!」


雷雷「え……?」

三井名「そうなの……?」


杏奈「え、リーダーだよ?!  ほら、本編の戦隊もののコスプレでもしっかり、レッドやってたじゃん!」


雷雷「リーダーだって。知ってたか?」

三井名「全然。というか、この三人組にリーダーなんていたの?」

雷雷「そもそも、必要性を感じないしな……」


杏奈「チームには、まとめ上げる人間が必要なのよ! いいわ! こうなったら、はっきりさせてもらうわ! あたしはしばらくお暇を頂きます! 身を以てリーダーの必要性を感じるがいいわ!」


雷雷「わかった。じゃあついでに、デスソース買って来て」

三井名「あ、雷雷ズルーい。あたしにもBL小説買って来てー」

杏奈「お前ら、ちっとは止めろやぁあああっ!」


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