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パッチワークソウル 第一部  作者: 津蔵坂あけび
Chapter 2. そして俺は俺に襲われる。
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砂の民②


<another side>


 太陽神ラーをはじめ、日輪信仰。太陽を崇める宗教は少なくない。

 阿弥陀如来の後光も、陽の光を模したものだ。


 しかし、砂の民が信仰するそれはまさしく太陽の輪っか。数百年に一度訪れるという金環日食の黄金の光。だが同時に、太陽は砂の民にとって忌むべき存在でもある。


 魔力によって造られた人造人間レプリカ。その一種であるナイトウォーカーに課せられた呪い。――太陽の光を浴びれない。

 その呪いを象徴する彼ら砂の民の日中の格好。それは、頭部をターバンで覆い、目元に黒色のベールを垂らす。

 そして、大振りのマントをすっぽりと羽織り、両手を手袋で覆う。


 暑さの厳しい昼間では、見るからに暑そうな格好だ。しかし、日差しの厳しい砂漠という居住環境に、この衣装は適していた。その民族衣装を羽織り、日光を防ぎながら、雷雷は、集落の中のひときわ目立つテントに入る。

 集落は移動式テントの集合体で、一瞬サーカス団か何かと見まがうかもしれない。

 その目立つテント以外は、白色無地のフェルト生地をすっぽりとかぶっており、一面黄土色の中に真っ白ということを除けば、いたって地味だ。


 対して、雷雷がドアをたたいたテントは、大きく違う。

 なぜか大きな羽の風車がついていたり、ギラギラと太陽光を反射する板が屋根に立てかけてあったり。さらにはテントのてっぺんには、底の浅い更の真ん中に突起が付いたような、よくわからないものも取り付けてある。――なにかのシンボルだろうか。


 いや、雷雷は、これらが何をするためのものか、よく知っていた。


「お~い、族長。いるかー? いるのかー?」


 この目立つテントは族長のもの。呼んでも返事がない。雷雷はベールの中でふくれっ面をする。そして今度は、ノックをさらに激しくする。

 どんどんどん。どんどんどん。――まるで、取り立て屋か何かのようだ。


「おいっ! このエロじじいっ! 開けろっ!」


 族長たる人物に随分と粗野な物言いを浴びせるものだ。

 ほどなくして、中から同じような皮膚を全く見せない衣装を身にまとった男が現れる。この集落では誰もがこの格好なため、体格と声質ぐらいしか、人を分ける術がない。

 年老いた男と少女ということで、ふたりはほとんど同じ格好にもかかわらず対照的だ。

 年老いた男は、少女の乱暴な訪問に腹を立てている模様。


「うっさいわっ! このガキんちょがっ! いったい何の用じゃ。せっかくエロ動画見とったのに!」


「朝っぱらから、んなもの見てんじゃねえよ!」

「なにを、朝から見るという背徳感がいいんじゃろが!」


「ただの暇人だろうがっ! ああいうもんは、親が寝たあとに、こっそりと親父のパソコンをいじって……」

「お前は思春期の男子かっ!」


 何とも気の抜けた言い争い。解説すると、テントを飾っていた、数々のシンボルは、電力を賄うためのものだ。風車は、風の力を。ギラギラ光る板は、太陽光を。そして、テントのてっぺんの浅い皿は、電波を受け取る受け皿というわけだ。

 それらを駆使して、この族長は、いかがわしい動画サイトを閲覧している模様。失礼ながら、お世辞にも威厳ある一族の長とは呼べない。族長という立場にそぐわない、この扱いも自業自得と言ったところか。

 しかし、この二人も何も、仲が悪いというわけではなく、族長もあっさりと雷雷をテントの中に招き入れた。テントの中には、不釣り合いなパソコンデスクが置いてあり、オフィスチェアまでついてある。民族衣装を身にまとった族長が、それに腰掛けるといよいよ滑稽だ。


「で、何の用なんじゃ?」


 雷雷を床に敷いた絨毯の上に座らせる。族長は、雷雷に自分を訪ねた要件を聞いた。雷雷は、眼力を込めて族長に詰め寄る。


「日食は、今日なのか」


 砂の民の皆は、自分たちがあがめる金環日食の黄金のリングが見られるこのときを、心待ちにしていた。

 ようやく、太陽に肌を晒せないという呪いを解くことができるのだから。族長は、ゆっくりと首を縦に振る。ここで、雷雷の顔はぱぁっと晴れ上がる。というわけにはいかなかった。彼女は、むしろ表情を曇らせたのだ。それは、彼女の中にある疑念のせい。


「……、伝承は本当なのか? “まやかし”ではないのか?」


 そう尋ねると、族長は顔をしかめた。


「お前は、そう思うか……。やはり疑うのか。雷雷……」


「いや、ネットでエロ動画三昧している人に、伝承云々言われてもピンとこねえから」

「拍子抜けだけど、的確な理由だなっ!」


 民族衣装を身にまといながら、パソコンデスクの前に座る。それだけでも不釣り合いなのに。金環日食の黄金のリングの光が、自分たちの呪いを浄化するなどと謳うのは、尚更だ。


「でも考えてみろ。太陽の光に当たれば、消えてなくなる呪い。そんなお伽噺のようなものも、文明の利器とはずいぶん不釣り合いな存在。我々だって、“まやかし”なんだ。“まやかし”が、“まやかし”を信じても不釣り合いではないじゃろう?」


「それは答えになってないわ」


 雷雷は青い目で抉るように、族長の瞳を見つめ返した。のらりくらりとかわすな。このとき、雷雷は齢にして、九歳。うん十年も歳が離れているにもかかわらず、その眼光の鋭さに、族長は怯んだ。後ろにのけぞり、オフィスチェアの背もたれをきぃときしませる。

 しばしの沈黙ののち、咳払いをしてやけに神妙な顔つきになった。



「ああ、“まやかし”だ」



 その返答が意味することは、残酷なものだった。皆はその“まやかし”を信じている。――金環日食の黄金のリング光は、呪いを浄化する。

 それが嘘だった。ならば、その嘘を信じている皆は、太陽の下に肌を晒すことになる。


「……、それがどういうことになるのか、分かっているの?」


「みんな、死んじゃうのよっ! あたしたちの呪いなんて解けやしない! 解放なんてないの! あたしたちは、ただあんたの嘘っぱちに付き合って、仲良く死ぬだけ! そんなこと、許されると思ってるのっ!?」


 呪いは解けない。

 族長が謳った、砂の民の伝承を信じ、日輪信仰のもとに殉教する。そんなふざけた話があっていいわけがない。

 雷雷は憤怒を露わにする。虚言の道化師は、邪悪に満ちた含み笑いをするか。いや、違った。

 そこにあったのは道化師ではなく、砂の民の皆の死を心から悼む族長の姿だった。


「伝承など始めからない。これはわしがこさえた寝物語じゃ」


「寝物語で、人を殺すっていうの?」


 責め立てる雷雷に、苦虫を噛み潰すような表情を向ける族長。皆をうそぶいて騙す人のような顔ではない。――そんなひどいことをするのなら、いっそのこと悪者になってくれ。

 族長の善人としての表情は、雷雷を混乱させた。


「どうして……?」


 雷雷が尋ねると、族長は口をつぐむ。そして、目を反らしては、再び雷雷の透き通った蒼い瞳を見やる。ひと口、熱い茶をすすり飲む。あごひげを撫でると、ゆっくりと口を開いた。


「ある男が、この集落を訪ねてきた」


 戦を売る男。男はそう名乗ったと言う。

 砂漠を抜けた先にある都を拠点とした、犯罪組織の幹部で、世界を股にかけて武器を売りさばいている闇の商人。そんな物騒な男がどうして、人目を忍んで暮らすこの集落に目を付けたのか。族長は一瞬で悟ったという。


「そいつの狙いは、紛れもなく我々の”存在”だった」


 この地に魔力で造られた人造人間がいる。男が言ったそれは、砂の民そのもののことを表していた。人造人間レプリカを創造する魔法は、禁制の厳しいものでもあったが、それと同時に難しい魔術でもあった。

 当たり前のように砂の民の皆は、人間のかたちを保っているが、本来は綺麗な人間のかたちになるのには、相当な魔力を要する。日光を浴びれないとはいえ、数十年の命を持ち、子孫を育むことが出来る存在を作り出せる魔導士・魔女は世界に数人しかいない。


「あたしたちに興味があったと? 武器商人が? あたしたちはレプリカでも、それを生み出せるわけじゃないわ」

「それでも、男は笑っていた。交渉は、原本をよこせ。さもなくば、この集落を焼き払うと」


 砂の民が人造人間ということを、戦に利用しようというのか。しかし、そんな魔術を扱うことが出来る者は、そういない。原本とは、砂の民の誰でもいいから、ひとりであるという。

 魔法を使って創造した物をサンプルとして回収すれば、それに使った魔法が分かるとでもいうのか。

 いや、それ以上に雷雷は、その交渉自体にどこか引っかかる部分があった。


「……、随分と潔い交渉ね。あたしたちが誰も渡せないと言ったら、その手ですべてを捨てる気でいたというの?」


「我々に、交渉に応じなければ殺すと言ったんだ」

「……。それで、皆で心中しようと? そのために寝物語をつくったの?」


「戦争をしようとしている男に、誰を売れるものかっ!」

「だからって、こんなのいやよっ!」


 雷雷は衣装を身にまとい、族長のテントを飛び出した。すべてが、”まやかし”。族長の触れ回った寝物語であることを、触れ回るために。背中を族長に停められた気もしたが、雷雷は何よりも皆を助けたかった。そして、日食は今日。時間がない。


 照り付ける太陽の光。いつもならば、陽の光を忌み嫌い、日陰に逃げ込むはずの皆が、この日ばかりは天を仰ぎ見ていた。黒いベール越しに、さらに遮光レンズを通して、陽が欠ける瞬間を今か今かと待ち続けている。


「みんな、聞いて! 全部嘘なんだよ!」


 声が足りないのか。誰も振り向いてくれはしない。雷雷は、お腹に力を込めて声を上げる。叫ぶ。


「ねえ! 族長に聞いたの! 日食の光で呪いが解けるなんて嘘だよ!」


 視覚に訴えかけないと駄目か。雷雷は、走り回って飛び回った。口々に、族長は嘘を言っている。信じるな、信じるなと。だが、皆は空を見ている。今まで避けてきたはずの太陽の光を仰ぎ続け、雷雷が跳ねまわる地面に視線を落とそうなどとはしない。


 誰も聞いていない。誰も見ていない。聞かせないと。見させないと。気付かせないと。皆が死んでしまう。雷雷はついに、天を仰ぎ見る砂の民の背中を揺すった。しかし、反応はない。もう一度揺すって、必死に声を出す。すると、邪魔だと言わんばかりにあしらわれ、雷雷は砂地に転がされた。


「うるさいっ!」

「う、うるさいって?! 何度も言ってるじゃない! 族長が言った、黄金のリングの話は、全部嘘なのよ!」


「そんなこと誰が言ったんだ?」

「族長本人から聞いたのよ!」


「おかしなことを言うな! 族長が嘘をつくわけないだろ!」

「でも嘘なのよ! このままじゃ、死んじゃうのよ!」


「うるさい! たぶらかすなっ!」


 雷雷は砂を掴んだ。信じてくれない。自分を信じてくれない。何で。自分は嘘をついていないのに。嘘をついているのは族長の方なのに。


「だまれ!」

「信じてよ! あれは全部嘘だったの!」


 男の人も、女の人も。おじいちゃんも、おばあちゃんも。お兄さんも、お姉さんも。おじさんも、おばさんも。誰も、誰もが自分の言葉に異を唱える。


「しょうもないことを言うな!」

「お前は救われたくないのか!」


「お前だって一緒だろ!」

「どうして、そんな嘘を言う!」


 皆が皆、族長の言葉を信じている。なぜ。どうして。雷雷は瞳を潤ませて、脚に縋り付く。しかし、それは振り払われて、雷雷は砂に塗れて転がった。衣装は砂まみれで襤褸切れみたいになった。目に砂が入って、涙がだらだらと零れ落ちるけれど、誰も自分を見てくれない。誰も自分の声に耳を貸さない。


「お前も救われたいだろ! 太陽の光を浴びれない? こんなふざけた呪いが合ってなるものか!」

「救われたいんだよ、私は!」

「この呪いが解けるなら」

「俺もこんな呪いがなければ普通に生きられる!」

「君は普通に生きたくないのか!」

「太陽の下で、普通に暮らしたくないのか!」

「お前は怖いだけだろ!」

「救われたいんだ!」

「普通に生きたい」

「太陽の光を浴びたい」

「光が欲しい」

「邪魔するな」

「構うな!」

「失せろ!」

「黙れ!」


 砂を掴む。奥歯を噛みしめる。涙と砂の味がする。やがて、立ち上がることもやめて、地面に這いつくばる雷雷を、ひとりの少女が見下ろしていた。


「……、砂子シャーズゥ砂子シャーズゥは聞いてくれるよね? あたしの、妹だものね……」


「お姉ちゃん、何やってるの?」


 妹の目は冷たかった。家族に対してではない。外れ者を見るような目だ。雷雷は悟った。人はその言葉が正しいかを判断する際に、その言葉を誰が言ったかを重んじるのだと。そして、族長と自分の間には、埋めようのない差があるのだと。


「……、砂子シャーズゥ?」


「ねぇ、見て。もうすぐ陽が欠ける」


 何よりも砂の民の皆を苦しめる呪いが、判断と感覚を狂わせていた。たとえ、真実を伝えようとも耳も貸さない、目も向けない。

 言葉の定義や認識さえも、すべてひっくり返ったまま、周囲は流れていく。


「見ていて、お姉ちゃん。あたしたちは、解放されるの」


『みんな仲良く一緒に消えればいいのよ。それだって解放でしょ?』


 薄ら笑う妹は、手袋を外し、日輪の光に手を翳した。黄金の腕輪にその華奢な腕をそっと通すように。


砂子シャーズゥぅうううううっ!」


 ぼふっ。


 そんな音が鳴った。地面に這いつくばる雷雷の目の前に、身体から切り離された砂子シャーズゥの腕があった。透き通った白い色をした華奢な腕は、砂を固めて作ったかのような質感と色彩に変わっていく。

 重力に任せて崩れて、風に巻かれてさらわれていく。


「あ……れ……? ぼがし……い……な……」


 砂子シャーズゥの身体は崩れた。膝を折るというより、膝の部分で身体自体が折れて、バラバラになって砂地に崩れ落ちた。皆の呻く声が聞こえる。雷雷は、声が出なかった。――目の前で、砂に帰っていく妹の姿。消えていく愛しい家族。


「ぼねえ……ちゃん……。ねえ……、ねえってば……」


 妹は、最期の力を振り絞って、砂に変わって崩れていくその腕で、雷雷の頬を撫でた。崩れていく顔が涙に濡れて、ぼろぼろと塊になって剥がれ落ちる。


「お……ねえちゃ……ん。一緒に……、消えよう……。ひと……りは……嫌だよ……」


 あっという間だった。目の前で、すべてが砂に帰ってしまった。雷雷たったひとりを残して。現実感が沸かない。目の前で血を噴いて倒れたならまだしも。寓話かおとぎ話のように、砂になって消えるだなんて。

 雷雷は、肩と唇を震わせながら、思い出したようにこの場に出ていない族長のテントのドアを叩いた。だが、返事はない。そして、このとてつもなく趣味の悪い夢も覚める気配はない。

 もし、これが全て本当で。砂の民の皆は、文字通り砂になって消えてしまって。――自分は取り残された。

 もし、そうであっても、陽の光を浴びていなかった族長ならば。


 雷雷はとにかく、生きている人に会いたかった。この砂漠の中に取り残された人間が、自分だけではないという答えにたどり着きたかった。

 しかし、返事がない。

 しびれを切らして踏み入った族長のテントの中に、そんな答えはなかった。


「族長……っ」


 そこにいたのは、自ら毒を喰らい、泡を噴いて倒れていた族長の屍。

 そして、自分以外に誰もいなくなってしまったという、残酷な現実だった。


 雷雷は、テントの中で膝を折って崩れ落ち、絨毯に頬を擦り付けて泣いた。


<おまけSSその41>


杏奈「そういや雷雷ってさあ、いつから辛いものが好きになったの?」

雷雷「物心ついたときには既に好きだったわよ。あたし、”とうにゅう”で育ったみたいだし」


杏奈「豆乳って大豆の? 牛乳アレルギーか何かだったの?」


雷雷「いいや、唐辛子を絞って作る”唐乳”っていう飲み物で……」

杏奈「んな飲み物ねえよ」


<おまけSSその42>


杏奈「ねえ、三井名。BLってどういうきっかけでハマるものなの?」

三井名「え、え……いや、これは、む、昔ね。友達にそういう趣味のコがいて、知らずに付き合ってたら、この本を読まないと友達じゃないとか言ってきて……。それで、何も知らずに読んでしまったの。友達辞めるの嫌だったし。さ、最初は、男同士が抱き合ってるのとか見て、気持ち悪いって思ったけど、だんだん怖いもの見たさで見ていたものが快感に変わって来て。気がついたらなんか癖になっていて。やめられなくなっていたの。なんか、背徳感というか、現実にはあり得ないものだからこそ興奮するというか。」


三井名「だからさ、杏奈ちゃんも、あたしとの友情の証として一回読んでみない?」

杏奈「歴史を繰り返すんじゃねえよ」


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