砂の民①
<another side>
掌の中に固く握りしめられた砂は、宙に舞うとともにもとの粒になって解けていく。風にさらわれて砂煙になる。掌の中で確かにあった‘かたち’はものの数秒で消えてなくなる。
「脆くて儚いのは嫌い。なんであんな弱いのが家族だったのか。そして、自分なのか。太陽の光に当てられたくらいで、死んでしまうなんて馬鹿げている。でも死にたくないから日陰で生きている。――そんな自分が嫌い」
「わかるでしょ? この気持ち」
フルフェイス越しでも分かる悲しげな瞳で、消えた砂の行方を追おうとする雷雷。――だが、当然追えるはずもない。
再び砂を掴んで形をつくっても、さっきとは違う。二度と同じにはなれない。誰も何も代わりなんてできなくて。だから失うということは空しく切ない。消えてしまうという恐怖は、今も日光に肌を晒せない杏奈や三井名も痛いほどわかる。でも雷雷にはそれ以上のものが感じられるのだった。
「……、雷雷……。さっき妹がどうこうって」
「……、死んじゃったの? 太陽の光を浴びて」
「……、そんなの可哀そうだよ」
「あ、明日華ちゃん」
明日華が透き通った瞳を潤ませて、雷雷を上目遣いで見上げる。センチメンタルになってしまっている雷雷の気に障ると思い、杏奈が口を塞ごうとするもそれを雷雷本人が制止した。
「いいんだ」
きめ細かい砂の上に腰を下ろし、三角座りをしてうずくまる雷雷。
「言ってみて。思ったこと全て」
声のトーンを優しくして、明日華の透き通った肌を優しく撫でながら言うその姿。子供が嫌いだと言っていた言動がまるで嘘のようだ。明日華は、少し口をつぐんでから雷雷に言われた通り、自分の気持ちを吐露する。
「太陽の光が浴びれないなんて、可哀そうだよ。こんなにいい天気なのに、日陰でいないといけないなんて」
「そうよ、だからまだ、あたしには一緒に海水浴に行ってくれる彼氏がいないの」
「そして、あたしもBLに熱中する根暗腐女子と言われ続けるの」
「おまえらの吐露は聞いてねえよ! そして、しょうもねえな! ふたりとも!」
長年連れ添った仲とはいえ、自らとのギャップに少々イラつきながらも、それをため息とともに流す。
たとえどんな理由であれ、それを差別するのは、自分を正当化するためのエゴに塗れた行為に過ぎない。どんな理由であれ、最終的にひとつの答えに着地するからだ。
私たちは、ただ、普通に生きたいだけなんだ。
「でも根底は変わらない。あたしたちは普通には生きれなくて、それが苦しくてたまらないだけなんだよ。そこに大なり小なりなんてない。――だから、街田に腹が立った」
街田涙。明日華を狙って襲撃を仕掛けてきた魔女だ。雷雷、杏奈、三井名と同じナイトウォーカーで。日光の浴びれない呪いを背負っている。ただ、彼女は徹底的に、杏奈たちの「普通に生きたい」という願いを否定してきた。――「ただ存在しているだけで殺してやりたくなる」とまで言ったぐらいだ。その激しい憎悪の根底にある、自分を正当化するためのエゴに雷雷は腹が立つのだった。
『あたしはお父さんを殺して今も生きている』
街田には、引っかかる言動はあるが、自分を正当化し、他者を差別している。誰かのためだとかそんなことを言って、自分を正当化するなら。――雷雷は思うのだった。
「あたしだ……って、守りたかったよ。そばにいたかったよ……。砂子」
背中を曲げて、自らの膝に顔をうずめてすすり泣く雷雷。
彼女の心の中に幼い少女の声が響く。ちょうど明日華と同じくらいの年頃の少女。
*****
「お姉ちゃん。日食が見たいの」
無邪気で愛おしい声。
黒く長い髪を結わい、ふたつ団子をつくった可愛らしい髪形。
幼い少女の髪は、天使の輪を宿していた。砂子はふたつ下の妹だった。ちょうど六年前、まだ雷雷が杏奈や、三井名と出会う前。
ふたりは乾燥した大地にある集落に住んでいた。ナイトウォーカーたちが、迫害から人目を忍んで住んでいた場所である。都市部の人間は、集落の皆を「砂の民」と呼んでいた。
「駄目だよ。危険だよ」
「でも、日食の黄金の指輪の光を浴びれば、太陽の光を浴びれるんでしょ?」
砂の民の中では日輪信仰があった。
太陽を崇める宗教は珍しくはないが、それは一風変わっていて、金環日食の際の黄金のリングの光を崇めるというのだった。――神聖であることには違いないが、同じ土地で見るには数百年のサイクルがかかるというそれを崇めるのは、気が遠くなる話だ。
幸い、砂漠という荒涼とした景観と、日光を浴びれないという呪いが、集落の住民の占星術に関する知識を助長させていた。
「その日食が近いんだっ! お姉ちゃんも解放されたいでしょ!」
日食が近いことは知っていた。
集落の中で最も占星術に長けた族長が言うのだから誠だ。雷雷も疑っているわけではないが、怖かった。
集落の皆が皆、その考えが誠のように捉えていたから。
迫害を恐れて都市部を離れて砂漠に、この集落が移り住んだのは遥か昔。――昨今では、砂漠化により砂漠から都市部までは、わずか十数キロとなった。しかし、もとより都市部からの隔離を願ってのもの。天文学はまだ占星術のように、未だにオカルトの気を内包している。
「砂子。もし、嘘だったらどうするの?」
「嘘って?」
「金環日食なんて、数百年に一度しか起きないし。その光にあたしたちの呪いを浄化する作用があるなんて。全部まやかしだったら、あたしたち死んじゃうんだよ」
「まやかし? 砂の民なんて、そのものが、まやかしみたいなものじゃない」
確かにそうだ。魔力によって作られた人造人間、レプリカ。そんなものの存在を、魔法などとうに忘れた都市部の人間は、それこそまやかしと思うだろう。――まやかしが、まやかしを信じて何が悪い。
そうとでも言いたげな真っ直ぐな瞳は、雷雷には自暴自棄にもとれた。そんな強い信仰がどこから来るのか。雷雷は知っていた。
解放されたい。
それは今も雷雷が持ち続けている強い願いだ。
「嘘だとか、本当だとか。そういうことはどうでもいいの。嘘か本当かなんて、まやかしであるあたし達には関係ない。だから、あたしたちが信じてきたものがまやかしだったら。――まやかしは、まやかしらしく消えればいいと思うの」
「な……」
今でも忘れない。あのときの砂子の表情。
いつもの透き通った瞳には光がない。声も濁っていて、尖っていて胸に突き刺さって来る。
「……、それだったら。お父さんやお母さんみたいに、誰かを置いていくことになんかならない」
「……、……めろ……」
「みんな仲良く一緒に消えればいいのよ。それだって解放でしょ?」
「やめろっ!」
怖かった。――初めて、実の妹を怖いと感じた瞬間だった。
人は二度死ぬことはできない。――死は全ての終わりだ。
それはすなわち、死は呪いからの解放とも捉えることが出来るということ。それは、砂の民の皆が囚われている「解放されたい」という思いが行きつく先を表しているようにも感じられた。
「もう寝なさい、疲れているのよ」
そう言って寝かしつける。
砂子はすぐに深い眠りの中に落ちたが、雷雷は目が冴えてしまった。砂の民の皆は菱格子状の木組みの壁と、放射状の骨組みの屋根にフェルトを被せた移動式テントで暮らしている。ドアを開けて外の砂漠に出て、ひんやりとした夜の砂漠の砂に腰を下ろす。
太陽の熱を遮蔽するものもなければ、貯め込んだ熱が逃げるのを引き留めておくこともできない。夜の砂漠は自分を受け入れてくれない世界の象徴のようで冷たい。
風が吹くたびに、皮膚に砂粒が叩きつけられて痛い。苦い砂が口の中に入って来る。目を細めながら、夜空を見上げる。晴れているのに、月の姿はどこにもなかった。
新月だ。金環日食も近い。
身に沁み入る寒さに肩を震わせながら、雷雷はテントの中に戻った。
真っ暗な闇の中だというのに、毛布をかぶっても全く眠気は訪れなかった。自分のすぐ隣では、妹の砂子がすうすうと寝息を立てている。――可愛らしい寝顔。
忘れたい。さっき、妹の口から出てきた、あの言葉など。
『みんな仲良く一緒に消えればいいのよ。それだって解放でしょ?』
そんな冷たい言葉を妹が吐くはずがない。
妹は家族だ。一緒に消えようとか、一緒に死のうだとか、そんなことを言うわけがない。
こんがらがっていく頭をかきむしり、毛布を頭の中までずっぽりと被って荒い息をする。ようやく息が落ち着いてきたところで、背後から冷たい手が雷雷の首筋向かって伸びてきた。半ば人の体温とは思えないようなその感触に、雷雷は肩をこわばらせて唇を震わせる。
「お姉ちゃん、ずっと一緒だよ」
砂子の声が歪んで聞こえた。雷雷は震える手で、砂子の手を自分から引きはがして耳を塞いだ。
「……、死にたくない。あたし、死にたくないよ。砂子……、あたしは……」
<おまけSSその39>
現代戦隊マジモンジャー 公式サイトより
【メインキャラ紹介】
赤城武 特命係長:レッド
三十四歳の童貞。知らないうちに友人が借りた借金の連帯保証人になっており、友人が踏み倒した借金のおかげで、今日も家系は大赤字!表の顔は万年平社員。麻雀大好き窓際族、赤城武。しかし、それは世間を偽る仮の姿。その真の姿は、社長の特命によりあらゆる事件を解決する特命係長なのだ!ちなみに童貞。
山吹功 特命課長:イエロー
三十七歳のフリーター。パチンコと競馬が大好き!この前も馬券すっちゃって、Tシャツを買い替えるお金もないぞ!服はいっつもぼろぼろだぞ!しかし、それは世間を偽る仮の姿。その真の姿は、社長の特命によりあらゆる事件を解決する特命課長なのだ!ちなみに童貞。
緑川彰人 特命清掃員:グリーン
四十六歳のホームレス。常に空き缶と廃棄処分になった弁当、自販機を漁っているぞ!犬とラジオと段ボールが相棒だぞ!しかし、それは世間を偽る仮の姿。その真の姿は、社長の特命によりあらゆる事件を解決する特命清掃員なのだ!ちなみに童貞。
青井祐樹 特命部長:ブルー
四十二歳のバツイチ子持ち。嫁が浮気した挙句、娘を置いて逃げたのが六年前。男でひとつで育ててきた娘に煙たがれて心が寒いんだぞ!昼は昼で上司にこき使われて、部下の失敗で頭を下げる。そして夜は夜で娘に罵倒される毎日だぞ!しかし、それは世間を偽る仮の姿。その真の姿は、社長の特命によりあらゆる事件を解決する特命部長なのだ!もちろん童貞ではない。
合体必殺技:めっちゃ石投げる、めっちゃグチる、めっちゃガン無視
雷雷「いや、こんなんツッコみきれるかっ!」
<おまけSSその40>
【サブキャラ紹介】
パチモンジャー(赤、黄、青、黒、白) 必殺技:ハイエレクトリカルビーム
バッタモンジャー(赤、黄、水色、ピンク) 必殺技:グランドインパクト
マガイモンジャー(赤、黄、緑、紫) 必殺技:オメガストライク
いつもマジモンジャーを出し抜こうとする悪い奴らだぞ!人助けが大好きだとか、みんなの笑顔を守りたいとか言ってるけれど。きっとそんなの嘘なんだぞ!マジモンジャーから人気を剥奪したくて言ってるだけなんだぞ!
雷雷「いや、こっちの方がちゃんとしてるやん! そりゃ、出し抜かれるわ!」




