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パッチワークソウル 第一部  作者: 津蔵坂あけび
Chapter 1. そして俺は俺の秘密を知る。
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涙の魔女④


<another side>


 結界とは実体のない世界を指す。それが砕け散った残骸も残らない。杏奈が使っていた結界は、海をイメージしたものだが、それから解き放たれた三人には、海の中にいたという形跡はない。濡れていない。藻が絡みついてもいなければ、磯の匂いもしない。――ただ戦いによってひどく負傷、疲弊しているのみだ。

 とくに杏奈が全身に受けた火傷は痛々しい。


「杏奈っ! 杏奈っ!」


 ネットカフェの革製のフラットシートに満身創痍で倒れている杏奈。

 呼びかける雷雷も長時間の窒息により意識を失いかけるほどの深手を負わされたが、幻覚魔法による攻撃だったため外傷はない。しかし、雷雷の実体を帯びた雷撃を喰らった杏奈はそうはいかない。


「くそっ! 注意すべきだった! あいつの魔法の特性を押さえていればっ!」


 杏奈の身体を揺さぶるが、外傷は重体の上、意識を失っている。

 雷雷の声は届いていない。眼孔に涙を蓄えながら必死に呼びかけるも、杏奈の反応は見られない。いよいよさめざめと泣こうというところに、目の前に明日華が現れた。傷ついた杏奈の皮膚の上に、手を翳す明日華。


「ちょっと、あ、明日華……?」


 彼女の瞳から、底の見えない暗い濁りが消えている。代わりに確かな意思を持った眼光が現れていた。

 何が彼女をそうさせたのか。――街田と戦っている間に別人のように変わっていた。

 出会ったときには、彼女に特殊な力など感じなかったが、今はそれを気迫から読み取ることが出来る。雷雷には見えていた。彼女から発せられているオーラのようなものが、手のひらから杏奈に注がれていく様子が。


 間違いない。彼女が杏奈に魔力を送っている。


「お願い、帰って来て。お姉ちゃん」


 ぼそりと呟いた言葉。肩を震わせて目をつむり、一心に魔力を注ぎ込む。――だが、足りない。杏奈の身体は相も変わらずピクリとも動かず、雷雷が握りしめる手はどんどん体温を失っていく。――足りない。彼女がどれだけ息を荒立て、念を込めようが、杏奈は息を吹き返さない。

 そのうちに、今度は明日華が苦しみを訴えだした。


「お……、おい……」


 呼びかける声は出るが、明日華を止めることが出来ない。――まだどこかで期待している。明日華が、杏奈を救ってくれることを。


 諦めきれない。ずっと三人で生きて来たのに。杏奈がいなくなるだなんて受け入れられない。それでも杏奈に魔力を送り続けたことによって疲弊し、明日華までもが後を追う形になったら。


 そんな不安を抱く右手が少しずつ、明日華の肩に向かって伸びていく。そして、その手が明日華に触れる寸前で変化は起こった。


 ちょうど電気ショックのよう。杏奈の胸部がどくんと跳ね上がったのだ。


「えほっ! えっほ!」


 浮き上がったそのてっぺんで、杏奈は激しくせき込む。

 海で溺れた人がそうするように、喉の奥に侵入した水を吐き出そうと、嘔吐くほど咳をした。――少し不謹慎かもしれない。だけど、雷雷は、彼女が生きようと苦しんでいるその姿がたまらなく嬉しかった。ほんのさっきまで杏奈は、眠ったまま起きる様子などなかったのだから。


「杏奈っ! 良かった! 良かった……」


 上体を起こした杏奈にがばりと抱き付く雷雷。杏奈の頬に雷雷が流した涙が触れる。雷雷は抱きしめた腕を緩めてその頬を自分の袖で拭き取った。――だが、息を吹き返した杏奈は何かに怯えた目をしていた。街田の浸食を受けた恐怖が残ってるのか。――いや、これは今も目の前にいる何かに怯えている。


 恐怖の対象を目で追ってみる雷雷。


 安奈の視線は、明日華の背後でうごめく影を真っ直ぐに見つめていた。深夜のネットカフェを照らす仄明るい蛍光灯の光が、右手に握られた刃物に反射していた。


 気付いた。でも、反応するには時間が足りなかった。


 逆手に握られたナイフの刃先が雷雷に向けて振り下ろされる。

 街田は、魔力が尽きたときの奥の手に得物を隠し持っていたのだ。――間に合わない。雷雷が目をつむりかけたそのとき、目の前で街田が両脇を取り押さえられた。

 三井名が、息を吹き返した街田の後ろをとったのだ。じたばたともがきながら刃物を振り回す街田。結界魔法がない、むき出しの状態でもみあいになれば、当然のごとく警察沙汰だ。そんなことすら分らないくらいに街田は分別がつかなくなっているのか。罠に捕らえられた獣のごとくもがくのだった。


「殺すっ! 殺してやるっ!」


 そんな荒々しい言葉を叫びながら暴れ狂う。さっきまで死を恐れて絶望を叫んでいたのが、何の憎しみか頻りに刃を振りかざしている。


『あんたたちなんて、死んでしまえばいい! 生きているだけで目障りなのよっ!』


 何を以ってそんなに自分たちのことを憎むのか。雷雷は街田が口走った言葉を反芻する。――生きているだけで目障り。自分を含めて杏奈も三井名も街田との面識などない。

 相手がどう思ってるにせよ、こちらからすれば逆恨みも甚だしい。とばっちりの憎悪だ。


『あたしの目的の方がずっと高尚なのに、なんで我儘で下賤なあんたたちが、自分で好き勝手に生きていけるのよ!』


 おまけに、そんな稚拙な憎悪を自分を棚に上げることで誤魔化している。どんな事情があったにしろ、それは気に入らない。

 雷雷は考えれば考えるほど苛立ち、奥歯を噛みしめ、いつも舐めているお手製の激辛キャンディを噛み砕いた。


「あんたたちは自分の力で生きてるっ! 太陽の光を浴びたいのも普通の人間になりたいのも全部自分勝手なわがままだっ! 誰かのためなんかじゃない!」


「街田、自分を特別視するな」


 イラつく。だからそいつの眼を見て言ってやった。


「お前があたしたちを自分勝手というなら、誰のために生きようとそれだって、お前の自分勝手だ」


 雷雷の声が届いた途端、獣は目を真っ赤に充血させて荒れ狂った。


「黙れっ! 黙れっ! 黙れ黙れ黙れぇぇえええええええっ!」


「――お前らに何が分かるっ! あたしがどれだけ空しいか、どれだけ悔しいか! 死にたくて死にたくて死にたくてっ、でも死ねないんだっ! あたしは……あたしはっ、お父さんを殺して今も生きてるんだぁあっ! ――こんな気持ち、お前らにお前らなんかに……。自分の力で生きていけるやつに分かって、たまるかぁああああああっ!」


 街田が三井名の腕を振り切り、刃を再び振り下ろそうとした。だが、三井名の呪縛から解放されたとたんに街田は忽然と姿を消した。――まるで、誰かに呼び戻されたかのように。


 そして、街田の消滅と息を合わせるかのようにして、ネットカフェの中がざわつき始めた。――マズい。警察が来る。

 それを察知して、気のとち狂った街田を誰かが呼び戻したんだ。そいつが街田に力を与えたのか。――いや、それにしては最後の一言が気にかかる。


『あたしはお父さんを殺して今も生きている』


 いったいそれは、どういうことなのだろう。

 だが考える間もなく、警官がやって来た。騒ぎがあったネットカフェ。騒動の中心にいた家のない不良高校生。万事休すといったところだ。三人は深いため息をついたのだった。


<おまけSSその23>


街田「あ、あの簀巻さん。何であたし、呼び戻されたんですか?」


簀巻「ああ。ちょうど好物の納豆を切らしていてのう。ご飯に10パックかけて毎食やってたら50パックの箱が、ものの一週間足らずで無くなってのお。――すまんが買ってきてくれんか?」


街田「そんな理由かよ。そしてどんだけ納豆食うんだよ」



<おまけSSその24>


日秀「なあ、桂木。お前ってこの小説のヒロインじゃなかったっけ?」

桂木「何よ」


日秀「いや、最近めっきり出てこないから」

桂木「あんたも人のこと言えないでしょ、それにこの小説ね」


桂木「作中の時間は第一話の時点からまだ一日経ってないのよ」


日秀「そういやそうだったな」


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