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パッチワークソウル 第一部  作者: 津蔵坂あけび
Chapter 0. そして俺は夜間授業を受ける。
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死の夜間授業①

 夜間授業。


 この俺、木枯唯こがらし ゆいが通う柊木高校では、工業高校か専門高校のごとく、それが存在している。

 別に取り立てて不思議なことではない。が、普通に昼間の授業を受けている学生たちは、物珍しがって妙な噂を立てる。


 夜間授業を受けた者は、生きて帰っては来れないと。


 ――くだらない。

 何の突拍子もない。根も葉もない噂だ。

 学校の七不思議のように、好奇心をそそらせるオカルト性もない。物珍しさからくるただの罵倒。もちろん、俺はそんなもの信じていなかった。


 ――そして今、俺はその夜間授業を受けている。


 ひどく不可解だ。


 何が不可解かと聞かれれば、黒板に書かれている板書。配布された授業資料。先生が話す内容、その全てにおいてだ。

 数学の授業が難しすぎて分らないとか、そういう次元を軽く超えてしまっている。


 資料には、魔導の発展の歴史と題名が打ってある。内容はこうだ。


》 

 太古の大魔導士ゼルディウスは、魔導を急速に発展させた功績を残した。

 しかし、それは、非人道的な魔導実験を繰り返し、数え切れぬほどの人間の命を犠牲にした結果だ。いくら魔導に貢献したとて、彼が行った魔導による数多の人間の虐殺は、見逃されるものなどではなかった。――彼はその強大な魔力を奪われ、魔界の地下深くに封印された。

 既に永遠の命と不死身の力を手に入れていた彼を殺すことは、誰にも叶わず。彼の魔力を奪い取るだけでも多くの魔導士や魔女たちが息絶えた。彼は今も地下でひっそりとたったひとりで眠り続けている。

 だが、彼が開発し、発展させた魔導技術は、その後も魔導界の文明を豊かにすべく使われたという。


「まあ、人間界で分りやすい例を挙げるならば、原爆みたいなものですね。このゼルディウスが発展させた魔導の中で、最も親しみが……」


 これは、RPGのスタートメニュー前に流れるムービーなどではない。

 ただのごく普通の教室で行われている歴史の授業だ。――別に今までこの学校の頭がおかしいだなんて思ったことはない。

 だが、この夜間授業は講師も内容も、それを受けている生徒も正気とは思えない。この何とも現実離れした内容の中、必死にノートを取っている者もいるのだから。


 どうして、こんな状況に俺が陥ったのか。

 それを説明するには少しだけ時間を巻き戻す必要がある。


 私立柊木高校は、もちろん魔導士や魔女の見習いが通うような学校ではない。

 駅のプラットホームの柱にショッピングカートで突撃したら、なぜだか通り抜けて秘密のプラットホームに入れる。そこに停まる汽車に乗って登校してくるわけなんかじゃない。――もしそうだったら色々とまずい。

 某市内に普通に走っている鉄道に乗れば、柊木高校にたどり着ける。このとき、降り口が近い6番目の車両に乗るのがポイントだ。

 柊木高校は名前の通り、ヒイラギの生垣に囲まれており、生垣に何も知らずにもたれかかると痛い目に遭う。その尖った葉っぱによる刺傷から、防犯、魔除けに用いられており、生垣の植樹としてはかなりメジャーなものだ。

 そのせいか、高校に不審者が侵入しただとかその他の噂は一切ない。俺の高校生活初めての半年も何の起伏もなく過ぎて行った。


 そう思っていた今朝だった。


 転校生の紹介があると。夏休み明けのこの時期、節目の始め。早速の転校生の登場。――否が応でも皆の気持ちは高ぶった。


 教壇に立つ担任の手招きで、彼女は教室に迎え入れられた。

 両手で学生鞄を膝の前に持つ彼女。その足取りは、足の出し方から歩幅、足音の間隔まで、まるで計算された旋律のごとく、美しく整っていた。

 彼女が歩くのに合わせて空気が塗り替えられていくよう。

 男子の間ではどよめきが上がった。数歩ほど歩いて、こちらに向いたその顔は、目鼻立ちがくっきり整っていて洗練された印象を受ける。


「なあ、すっごい可愛くないか」


 右隣の席の日秀晃ひびり あきらが小声で話しかけてきた。彼は中学からの唯一の友人。誰にでも分け隔てなく話しかけ、俺によくどの女の子が可愛いかなどという話をふって来るが、俺はいまいち乗り切れない。


「ま、まあ……でもなんか話しかけづらそうだな」


 それが俺が抱いた彼女への第一印象だった。

 確かに顔立ちは整っていたが、目つきが鋭い。切れ長の瞳は、人当たりの良さというものを感じさせない。

 あまり人付き合いというものが得意ではない、所謂‘奥手’というタチの俺の中で、彼女は‘遠目に見ておくだけの高嶺の花’と位置づけが決まった。

 そして、おそらくこれは他の男子の中での印象と同じと思ってよいだろう。


桂木美月かつらぎ みつきと言います。よろしくお願いします」


 うっすらと桜色に色づいた唇が、彼女の名前を呟いた。抑揚のない声だった。それこそ機械音声かと思うくらい。

 ゆっくりと、彼女が頭を下げる。長くたおやかな黒髪がだらりと下がる。太陽の光に照らされて、前髪だけが少し銀色に輝いていた。


「ここ。いいかな」


 急に話しかけられて、肩がびくりと跳ねあがった。

 俺の左隣の席が空いていたのだ。日秀がなぜか親指を立ててこれ見よがしに見せつけてきたが、所詮俺と彼女は、一言も話すこともなく、席替えで引き離される。――そして、そのまま何の接点もなく卒業するのだろう。そう思っていた。

 彼女の方を何となく見やる。光の当たる方向が変わっても、彼女の前髪は銀色に色づいていた。どうやら、そういう髪色の様だ。

 ちょうどそこでチャイムが鳴り響いた。一時限目の始まりだ。



<another side>



 同じころ。

 カーテンを閉め切り、何故か真っ暗にした理科室で、ひそかに話し合いが行われていた。理科室には、蛍光やりん光など光を発する反応を観察するために遮光カーテンが備え付けられている。それを閉め、日光を完全に閉ざした暗闇の中。アルコールランプの僅かな光量のもと、その密会は行われていた。

 この密会を開いたのは、理科の教師であり、生徒指導部も兼任している宿木恭人やどりぎ きょうと。――彼が集めた三人の女子生徒が参加している。

 

「それ、本当なの?」


 宿木は、眼鏡を人差し指でくいっと持ち上げて、赤毛のツインテールの少女の問いかけに答える。


「ああ、本当さ。僕は胡散臭いけど怪しい奴ではないよ」

「いや、怪しいと胡散臭いの違いがわからないんですけど……」


 女子生徒は、赤い髪色のツインテール。つり目が特徴的な、渦中杏奈かちゅう あんな

 金髪のポニーテールにスリットの入ったチャイナ服という出で立ちで、棒付きのキャンディをふてぶてしく口にくわえている李雷雷リー・ライライ

 そして、先ほどから食い入るように本の紙面に視線を落としているショートボブの緑色の髪に林檎のように赤いベレー帽を乗せた、眼鏡をかけたおしとやかそうな少女、三井名林檎みいな りんごの三人だ。

 ――まさに三者三様といった様子で、とくに統一感は見受けられない。

 だが三人には、夜間校生ということと、日光というものをひどく嫌うという共通項がある。


「その唯っていう奴を生け捕りにすれば、太陽の光に当たれる身体になれるのね」


 いや、嫌っているのではない。

 彼女らは、日光を浴びられない身体なのだ。太陽から嫌われ、自らも嫌わなければ生きていけないのだという。


「これで夢だった、太陽の光を浴びながら海で泳げるっ! そして、彼と二人っきりで夕日を!」


 赤毛の少女、安奈は、淡い憧れを馳せながらため息交じりに呟く。

 

「杏奈に彼氏なんていないでしょ。だいたい、杏奈、海の幸嫌いじゃん」


 すると、金髪の少女、雷雷が呆れた調子でつっこんだ。 


「うるさいわね! 海で泳ぐのと海産物は関係ないわよ! あんたは日光が当たれるようになったら何したいのよ、雷雷」

「嗯……、辛いものいっぱい食べたいかなぁ」

「それは今でもやってることだけど……、で、あんたは? 三井名っ」


 安奈が話しかけるが、三井名はどうも本の中身にどっぷりとつかりこんでいるようで、返事がない。雷雷が何度か肩をゆすってやっとのことで気が付いた。


「ふぇ、え、えっと。そうね。日光が浴びれるようになったら、心が浄化されそうな……。

 今は男の子が二人並んでいたら、もしかしたら――って妄想で胸が熱くなって頭がくらくらして鼻血とか出しちゃうんだけど。日の光が浴びれるようになったら、そう言った胸の疼きもなくなるのかなって。

 それはそれで、自分の趣向が変わってしまうのは寂しい気もするし。

 でも変わらないといけないって思う気持ちも少なからずはあるし。

 変わりたくない。このまま脳内カップリングの悦楽に浸りたいという気持ちもやっぱり、あるわけで。でもこのままじゃ真人間にはとうてい……。

 そもそも、自分の根暗な性格と捻じ曲がった趣向を日光のせいにするのも――」


「今、あんたに話題をふったことをすさまじく後悔しているわ」


「――それで、決断は降りたのかい?」


 横道にそれてしまった話題を、宿木の声が軌道修正する。


 彼が持ちかけた契約はこうだ。――太陽の光を浴びれる身体にしてやる。その条件として、木枯唯を差し出せと。


「ええ、もちろん。やらせていただくわ」


 杏奈は口角を吊り上げて舌なめずりをひとつ。好戦的なその表情に宿木も思わずにやりとほくそ笑む。


 計画のまず手始めとして、指令が下ったのは雷雷。彼女は雷属性の魔法使い。標的を、電波障害により一時的に音信不通状態にさせる。

 彼女が指をぱちりと鳴らす。すると黄色い閃光が紐の形となって、彼女の両の手に舞い降りる。それが彼女の『魔力』ということらしい。そして、彼女の魔力は黒いビニルでコーティングされた高圧電線となって具現化した。

 彼女は鞭のようにそれを理科室の床に目がけて振り下ろす。ぴしゃりと空気を割く音が理科室に木霊した。――校舎を眩いばかりの稲光が包んだ。


<main side>


「うおっ! おい、雷だぞ」


 俺は耳を疑った。今日の天気予報では快晴とされていたのに。

 雨が降り始める予兆も積乱雲もないのに、稲光が降りて轟音が轟いた。

 ばちんっと音が鳴り、何処かの回線がヒューズを飛ばした。そして一瞬だけ、教室の灯りが消えた。――校内全域が停電を起こしたのだ。

 幸い、昼間ということもあり、真っ暗になるということもなかった。電力も一瞬で回復した。


 だが休み時間になって、ある異変に気が付いた。

 携帯電話の電波表示が圏外になっていたのだ。――どうやら、落雷の影響で電波障害が発生した模様。


「……、少し不自然じゃないか?」


 日秀が言った言葉には同意見だ。

 窓の外の晴れ空は、曇り空へとグラデーションをつけて段階的に変わっていったというわけではない。

 何の前触れもなく、雷が落ちた。そして、何の前触れもなく、元の晴れ間に戻ったのだ。

 自然現象であるはずの雷が、何故だかひどく不自然に見えた。


「桂木さんも、そう思うよね?」


 初対面でも話すことに躊躇しない日秀でさえ、美月に漂う鋭いオーラには、少し物怖じしているよう。

 窓の脇に立ち、外の景色を食い入るように見つめる彼女。背は恐らく俺よりは低いのだが、女子の中では高い部類に入るだろう。線の細さと、顔の小ささのせいで、背の高さが強調されている。

 ‘すらりとした’という形容に相応しい立ち姿だ。彼女は窓ガラスに肘をついて、相変わらず感情のこもってない声で呟いた。


「そうね。魔法みたい」


<おまけSSその1>


 私の名前は木枯荒こがらし すさぶ。-――本編ではまだ未登場だが、唯とその妹、風香の父親だ。女房がいないという家庭事情もあってか、食事は風香が作ってくれることが多いが、娘の風香は、私に対して風当たりというものが強い。

 例えば、たまたま営業で出ていて風香がこさえた弁当を開けたときだ。――おっと参考までに、風香が毎日、唯のためにこさえている弁当のクオリティを並べておこう。


唯の弁当:

白米のり玉つき、タコさんウィンナー2個、だし巻き卵2個、一口ハンバーグ2個、ポテトサラダ、ナポリタン

     

*ちなみに冷凍食品は一切使用していない。


私の弁当:282円が、裸で入っていた。


……、コンビニで売ってる最も安いお弁当の値段である。


<おまけSSその2>


渦中安奈

「ねぇ、雷雷っていっつもキャンディなめてるよね? それ、おいしいの?」


李雷雷

「なめてみる? たぶん後悔することになると思うけど」


渦中安奈

「うぇぇえ、えっほえっほ!えほっ!げほっ!」


李雷雷

「沖縄産島唐辛子調味料コーレグースを水あめで固めたお手製キャンディよ。多分ふつうの人が舐めると、数時間悶え苦しむと思う」


渦中安奈

「おばえ、じぇったい味覚おかしいだろっ! げほっ! おえっ!」


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