8. シュア君のお願い
探検とは言ったものの、一人で頭の中の整理もしたかったので、ジョギングルートを再び散歩することにする。
さっきは宇佐見君について走ることに一生懸命で景色楽しめなかったし。
屋敷から林に向かう。遊歩道を外れて木々の間をウロウロする。地球と同じく落葉樹と針葉樹があるようだ。新芽が出てきていて淡い緑がとても綺麗。
ここも春なんだね。
庭園には花が沢山咲いていた。マーガレットみたいなのが多い。
疲れた訳ではないけど、木でできたベンチを見つけ腰掛ける。
色々と頭に浮かんでくる。
今まで浮かんでこなかった方が不思議なくらいだ。
宇佐見君はこっちに居るってことを何らかの手段使って向こうに知らせてくれるって言っていたけど、やっぱり行方不明者扱いになっているのかな。
お父さんとお母さんそして弟の孝幸、心配しているだろうなあ。
一週間後に帰れたとしても、どう言い訳したらいいんだろう?
帰ったら新学期始まっているよね。新しいクラスの中でグループ出来ているだろうなあ。入れてもらえるかな。
そうだ。宿題まだ終わっていないよ。
地面に目をやり、足下も小石を蹴飛ばすと誰かの靴に当たった。
顔を上げればシュア君だ。
「元気ないね。」
「家族のこと考えてた。ここに居るってことは家族に伝えてくれたんだよね?」
シュア君はそうだと教えてくれた。
昨日の夜、宇佐見君が屋敷を出て向かったのは王城らしい。私が裏月へ来た報告をして、王城の非常用の声だけ送れる次元ゲートを使用する許可を取り付けたとのこと。そして地球のとある国から日本の私の家に電報という形で、無事ということと一週間後に帰るということが伝えられているはずだと。
とりあえず一安心。
「僕は君のこと、霧島さまって呼んで良いかな?」
「さまは恥ずかしいから止めてほしいな。さん付けでいいよ。」
「うん、霧島さんね。…皇子に会えてどうだった? まだ好き?」
金茶の瞳をキラキラさせてシュア君は聞いてきた。
再び地面に視線をやり、顔が熱くなって来たことを感じながら言葉を紡ぐ。
「会えたことはすごく嬉しい。好きなんだと思う。ただ今の宇佐見君と私がずっと思い続けていた宇佐見君がちょっと違っていて、同じ人としてつながらない部分があるの。イケメン宇佐見君になっているせいか側にいるとドキドキしてうまく話せないし。」
わー、まだ会って少ししか話していない子に打ち明けちゃったよ。
頷きながらシュア君は真面目な表情で再び質問してくる。
「皇子は僕の頼みを聞かなくて良いって霧島さんに言っていたけど、皇子を助けてあげる気持ちはまだあるかな?」
「今の宇佐見君に困っていることがあるようには見えないけど。」
衣食住はもちろん、裏月での生活になじめていないようには見えない。
かっこよくて優等生で面倒見のいい男の子から、イケメンで俺様で上からものを言う男子には変わってしまったが。
「もうすぐ皇子の誕生日なのは知ってる?」
「もちろん。」
さんざん誕生日を使って相性占いしたもんね。
宇佐見君はおひつじ座。私はみずがめ座。相性はそんなに悪くは無い。
「ここ裏月での成人は18歳なんだ。だから皇子の成人まで後一年ある。その成人前にフィアンセをたてなくちゃいけないのに、皇子、まだフィアンセ決めていないんだよ。国の娯楽なんだから軽い気持ちでいいのに。獣人はイヤだ。人間が良いって言うくせに彼女いないし。裏月にだって人間にしか見えない獣人だっているんだよ。」
フィ、フィアンセ。婚約者。結婚の約束をした人。
宇佐見君に会えるだけを願っていた私には重い現実だ。心臓がギュッとわしづかみにされるってこんな感じなのかな。遠くにいた宇佐見君が近くなったと思ったのに再び遠くなる。うん、今回会えたことは私の宝物の思い出にしよう。
目をつむり、一人頷いていた私にシュア君が問いかける。
「霧島さん、皇子のフィアンセになってよ。」
思わず目を見開く。
「は、はぁ?!」
なんとも間抜けな声がでちゃった。