7. 獣人ラジェール
部屋へ迎えにきたシュリさんについて朝食を食べに別の部屋へ向かう。
ドアを開ければそこは明るい日差しの入る開放的な部屋だった。テラスに向かって天井近くまでの窓がある。
大きな長いテーブルには白いテーブルクロス。一番奥のお誕生席には宇佐見君が着席している。その手前の右側が空いていて手招きされる。ちょっと落ち着かない。
私の左側にはシュリさんが着席した。シュリさんの向かいにはシュア君。
椅子をひいて着席し、顔を上げて正面を見る。
んっ?
大きなライオンがいる。…背が高くがっちりした人?だ。かぶり物してるよ。
ちょっとの間フリーズしていたみたい。
ゆっくりと首を回して宇佐見君を見る。
「この方が例の人?」
ライオンさんが私を見つめる。
「私の名はラジェールだ。皇子の指南役でこの屋敷を取り仕切っている。以後お見知りおきを。人間のお嬢さん。」
どこから出ているのか背筋がゾクゾクするような魅力的バスボイスで語りかけられた。
琥珀色の猫的目が色っぽくて、顔の輪郭を縁取る金茶のたてがみが雄々しくて、まさにライオンみたい。着物みたいな洋服着てるし…人間じゃないってわかっているけど、許せちゃう。恐怖より興味が勝る。綺麗としか言えない。
「霧島透子です。こちらこそよろしくお願いします。」
緊張したけど、にっこりと微笑んで挨拶を私はかえした。
ーーー大勢での食事は美味しい。裏月の食べ物は地球のものと似ているが、野菜の味が濃い。なにを食べても美味しい。シンプルな味付けだが十分に満足できる。朝食のメニューはフレッシュ柑橘系ジュースにトマトジュース、フワフワのオムレツに野菜サラダ、木の実入りパン、じゃがいものポタージュスープ。王道だね。
天気の話、食べ物の話など当たり障りのない会話をしながらなごやかに食事が進む。
私はもっぱら聞き役だ。
じっと見ちゃダメだと思いながらもつい正面のライオン顔を見てしまう。わあ、大きな口の中に野菜が入っていく。ライオンって雑食だっけ。獣人だから何でも食べるのかな。
ライオンさんも殆どしゃべらない。会話日本語だからかも。
「お嬢さんは私の顔が気になるようですね。」
苦笑されてしまった。ちゃんと笑っているってわかるんだなこれが。
「私、失礼なことしてますよね。ご、ごめんなさい。」
「そうだよな。つい見てしまうその気持ちはわかる。俺がまったく獣型化できない人型で、地球育ちだから、この屋敷にいるのは人間に近い人型獣人ばかりなんだ。ラジェールは獣に近い人型だ。見た目どおり強いぞ。だから皇子である俺の護衛も兼ねている。獣人は感情的になりやすいはずだが、冷静で文官も兼任している。優秀なんだぜ。日本語はあまり上手に発声できないがな。」
「皇子、どうしても日本語を使う機会が少ないですからな。詳しく伝えたいことは○○※※語を話せばよいですし。」
「??」
「霧島の前で○○※※語で話したら、まだ何にもわからないだろう。日本語ならシュリもシュアも話せるからな。」
「私は練さまの姉として結構長く向こうで生活していたのよ。聞いたことあった? 才女のお姉さんが居るって?」
ふふっとシュリさんが笑う。
お姉さん? ああ、聞いたような気がする。だからなんか宇佐見君とシュリさんは慣れ親しんだ感じがするのかあ。コクコクとうなずく。
「本当は僕の姉さんなんだけどな。僕は時々しか向こうに行かなかったから従兄弟役だったんだよ。ラジェールさまは一度も向こうに行ったことないのに日本語が解るから尊敬しちゃうよね。」
「あのう、さっきから私聞き取れなくって。何語って言ったの?」
「○○※※語。」
「??」
イヤな顔せずイケメンボイスで宇佐見君は繰り返してくれた。でも何回聞いても聞き取れない。
「透子ちゃん、この呼び方で許してね。ええと、こっちの言語の言葉を聞こうとしないで感情を感じてみてくれる。」
シュアさんがアドバイスしてくれたけど。日本語の説明として変じゃない?感情を感じる?
演劇部の練習でせりふから感情を読み取れとか行間を読めって、先輩によく言われてたけど、そんな感じでいいのかな。
大きくうなずいた私に向かって宇佐見君がもう一度言ってくれた。
《裏月語。》
「ええっ!」
いきなり意味が頭に浮かんだ。耳から聞こえたのはあの何とも理解できない発音だったのに。
「おっ、理解できたみたいだな。」
「そうですね。」
宇佐見君とラジェールさんが顔を見合わせて頷いている。
何だかわからなくている私。
「裏月には人型以外の獣人がいるって言っただろ。地球だって動物の言葉は通じないし、動物同士でも通じない。種族が違えば通じないのが当たり前だ。だけどここ裏月では言葉の音が違っても、感情や意思は伝えられるんだ。意識せず詳しく読み取れるようになるには少し時間がかかるが、意識的に伝えようとしていることならすぐに伝わる。」
「言葉に気持ちを乗せているの?」
「そうだ。」
ここ裏月には色々な種族の獣人が暮らしている。体型や構造の違いでまったく発声の仕方が違う。そんな獣人が進化の中で身につけたのが、感情や意思などの思念を声に乗せること。それによってまったく違う言語同士で話をしていても通じるらしい。
思念の大きさで聞こえる範囲も違うし、思念パワーが大きいと相手に物理的力としてぶつけることも出来るとのこと。
超能力じゃないの。
「だからこっちの○○※※語を無理に覚える必要はない。慣れれば何を言っているかは違う言葉でも理解できるだろう。ただ…霧島、感情乗せて喋るのは下手みたいだから伝わりにくそうだな。」
言葉の話で一区切り。
朝食も終わりだ。
皆にはやるべき仕事が待っている。皇子さまは色々忙しいみたいだ。
屋敷と今朝走ったジョギングルートは自由に歩いて良いと許可がでた。わあい、探検だ。
「霧島って、言葉に感情乗せるの下手だけど、顔には出まくりなんだよな。」
人の悪い笑顔で宇佐見君に笑われたよ。
「普通の人間は感情を言葉に乗せることなんて意識してしないの! 無意識に喋っているの!」
顔に出るなんて恥ずかしい。そんなこと言われたらますます声に出して会話しにくくなっちゃうよ。
なんか、会話が思ったより弾まない。
そりゃあ何年も会っていなければ話も弾むわけが無いか。
それがちょっぴり残念で小さく溜息を私はついたのだった。