5. 着替えましょう
ここ裏月での時間の進み方は向こうの地球と同じだ。だから自分のしている腕時計で時間がわかる。
「もう夕方か。」
時計の針は5時を指していた。きれいな夕焼け色の空が見える。空は地球と変わらないと思う。
夕食は他の使用人と会わないようにこの部屋に用意してくれるらしい。
宇佐見君は忙しいらしく一緒の夕食はできないとのこと。
いろいろ動いて私がこっちに居ることを向こうに知らせてくれるらしい。
大きな客間の隅にはクローゼットとドレッサーまであった。
今ドレッサーに映る自分の姿を見ている。
霧島透子、高校2年生の女子。
髪は肩くらいの長さですそにはレイヤーが入っている。イヤになるくらい真っ黒な直毛。前髪は眉が隠れるくらいっていう基本の長さ。もう、殆どおかっぱですよ。小学生の時と変わっていない見た目かも。
目の大きさは普通、よくみれば少し茶色味の強い瞳。自分でも分かっているけど普通レベルのパーツ配置。ひいきめでみて表情がよく変わるのが魅力的?
身長は155センチ、低いよね。中肉。くびれはあまりない…胸はそこそこあるんだけど。
見た目は何処にでもいる人間だよね。
それが裏月では珍しいとは。
渡された服をあててみる。裏月での服は基本、着物のようなあわせの上衣にロングスカートのようだ。
ボタンはあるけど主に飾りに使われていて、着物のように紐や帯状の布で落ちないように止める構造だ。上衣は着物のように袖はゆったりしていない。洋服くらいだ。
靴は柔らかい革で出来たショートブーツな感じ。踵がインヒールで高くなっている。
「浴衣みたく着れば良いよね。」
着物にブラは着けないと聞いたことがあるけど、ここは日本ではないし、ノーブラでは私が落ち着かない。
ブラの上にレンガ色の袖無しを左前にはおり、くすんだ蜜柑色の上衣を重ねる。二枚一緒に紐で止めた。スカートは上衣の下になるから、スカート先に履かなくちゃだめじゃん。スカートは赤みに強い藤色だ。ウエストにゴムは入ってないね。紐で落ちないようになっている。
「全部着たら、最後にこの帯の細いのを重ねてと。」
細かい花の刺繍が入った帯みたいなのを二重の腰に巻いて蝶結びで完成っと。
ブータンの民族衣装が華やかになった感じと言うか。
ドレッサーの前でくるりと回る。うん、いい感じ。
=knock,knoku=
え、ノック?
「あ、はい。どうぞ。」
振り返ってドアをみれば、宇佐見君だ。
忙しいって聞いていたけど。
怪訝そうな顔をしていたと思われる私をスルーして、話しかけてきた。
「これを手と足にはめておけ。」
近寄って受け取るとズッシリ重い。パワーリスト?
「ここに来て体軽いだろ。このままでいると戻ったときに筋力低下で日常生活に影響がでる。あと時間があるときには走れ。朝なら俺も走っているから。一緒に走るなら6時に玄関に来るといい。…こっちの服に着替えたんだな。…腰帯は蝶結びが縦になっていると男を誘う印だぞ。直した方がいい。」
言うことだけ言うとすぐに宇佐見君は出て行ってしまった。
あー、宇佐見君の服は細身ズボンの作務衣みたいなんだねえ。生地はもっとしなやかで身体に沿っていたけど。腰紐の蝶結びは女の子だけみたい。
上からの物言いだけど、気を遣ってくれたとわかる。何だかんだ相変わらず面倒見はいいんだなあ。
それにしてもごっついパワーリストだこと。3キロくらいある。宇佐見君のを貸してくれたのかな。
言われてみれば歩くと本当にフワフワしてる。さっきまで気がつかなかった。どんだけ他に気をつかっていたんだか。
パワーリスト装着OKと。思ったよりは動きに支障がない。
ー外が騒がしい。窓から外を見る。あ、宇佐見君が馬に乗ってる。従者らしき人達と出かけていく。獣人かわからないけど。きっと私のせいで行くんだろうな。ー
=knock,knock=
「失礼します。」
シュリさんが夕食を載せたトレーと共に登場。
トレーをソファのテーブルに置いたと思ったら、おもむろに私の腰紐を結び直す。
ニッコリ微笑むシュリさん。なにげに主導権握ってますね。
「上手に着られましたね。さあ、一緒に夕食にしましょう。日本の味付けに近いので美味しいですよ。」
ああ、気を遣っていただけでなく、緊張もしていたみたい。シチューのような匂いをかいだとたんにお腹がなった。
とりあえず食事しよっと。そしたらお風呂に入って、早く寝てしまおう。
心細くなって泣きたくなる前に。
一週間後には帰れる。宇佐見君が嘘をつくはずはない。
両手で自分を抱きしめて深呼吸する。
そんな私をシュアさんは黙って見つめていた。