2. ワンコな男の子
見られてた?
この男の子、なんかニコニコして私のこと上から下まで見てるよぉ。なんかワンコだ。この人。
不審者認定はされてはいないみたいだけど、弱み握って脅してくるタイプだったらどうしよう。
身体は動かないのに、目はきょどって顔色は青くなる私に男の子は再び話しかけた。
「皇子って言ってもわからないかあ。宇佐見 練って知ってる? 君がさっきから見ている家の子なんだけど。知り合いならちょっと頼まれて欲しいことがあるんだよねえ。」
人懐っこい表情で問いかけてくる。
赤いパーカーにジーンズ姿。悪い人には見えない。
私は彼の情報が欲しい。私は制服だし、変な人にはみられても悪い人にはみえないと思う。話してみるかな。
「宇佐見君とは小学校のクラスメートだよ。だいぶ前の知り合いだから役には立たないんじゃないかな。」
「へえ、そんな前の知り合いなのにいきなり来たんだ。なんで? 告白?」
私は真っ赤になっていた。
「ち、違う。違うよ。」
心の中で、会いに来ただけと叫ぶ。
「会いに来たんだ。そんなに今も好きなんだね。」
目をキラキラさせながら男の子が笑みを浮かべる。か、かわいい。でも何でそんなこと言うのお?
「僕は練さまのことが好きで、助けてあげたいっていう女の子を探しているんだ。近所と中学校は探したけど条件に合う子がいなくてね。思いの強い子でないと次元が超えられないから、もうあきらめかけていたんだけど。」
小学校ね、仲良かった子がいた話を聞いたことがある気がするなんて小声で言っているのが聞こえる。
「会いたいよね。」
私は思わず何度もうなずく。
「困っている練さまを助けてくれないかな?」
もう一度うなずく。
「ちょっと手貸して。」
お、このかわいい男の子と握手だなんて。
155センチの私より少し目線が高い。160センチくらいかな。
あまり見つめちゃだめだよね。視線を靴に落とす。あ、中学生くらいなのに革靴だ。いいとこのおぼっちゃんかな。
「僕と手を通してつながっているイメージを持って、練さまを想像して。…ああ、いい感じ。すごいな。」
何がいい感じ?すごいの?
「ああ、ダメダメ。練さまのことずーっと考えて。そうそう。そして桜の木の下に移動して。僕が引っ張ったら一緒にくっついて引っ張られてね。せーのっつ!!」
ーーー世界が歪んだ。回る。回る。流れていく。波打っている。怖い。恐い。気持ち悪い。ああ、そうだ。宇佐見君のこと考えなくちゃ。どや顔の笑顔。真剣な顔。ちょっとすねた顔。まだまだ色んな表情を思い出せる。ーーううっ、でも何か無理矢理トンネルを流されているような、上下の感覚が無くなってくる。手をつないでいるはずなのに。反対の手はジャージの入ったバックを持っているはずなのに。何もかもが心許ない。確かなのは心に浮かべる宇佐見君の笑顔だけ。心の中で彼にむかって一生懸命手を伸ばす。会いたい、会いたい。ーーー
背中から誰かに押されたのかと思った。突然前につんのめる。両手はふさがっていたので、玉砂利のようなところに両膝をついて座ってしまった。
「い、痛いなあ。」
手を離して立ち上がろうとした。ううっ、目が回る。気持ちが悪すぎる。内蔵がひっくり返っているみたい。息も苦しいし。顔があげられない。
「…」
両手を地面について四つん這いの姿のまま、声にならない声をだした。何か男の子が言っている。
「うわっつ、何これサポートなしで超えて来ちゃった。タイミングとる練習のつもりだったのに。やばい、怒られる。…無理したせいか負担かかったなあ。頭痛いよ。調子悪いや。ええと、えっ。練さまを好きな君!大丈夫?」
…話しかけられたけど声だせないよ。
『シュア殿、これはいったいどういうことですか? 今日はゲート通過の予定は聞いていませんが。』
何か人が来たみたい。私は顔を向けようとしたが、気持ち悪さMAXで地面に突っ伏した。
何も考えられない。考えたくない。私は生まれて初めて気を失ったのだ。