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ラスト・シスターズ  作者: 片側文庫
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マイシスター・カム・バック

 からから、と何かが地面を引きずられる音で優花は目を覚ました。

 自分が眠ってしまっていたことに気が付き、慌てて顔を上げると、姉の美咲が錆びだらけのスコップを引きずりながらこちらへ歩いてくるところだった。

 勢いよく優花が立ち上がると、座っていた椅子の背もたれが派手な音を立てて崩れ落ちた。交番に備え付けの椅子はもうとっくに壊れかかっていた所を、優花にとどめを刺されてついに使い物にはならなくなった。

 「優花、寝ていたでしょう」

 傍へやってきた姉にそう問われる。

 強い口調ではなく、からかうようなおかしみを込めた聞き方だった。

 とっさに否定しようと首を横に振ったが、美咲が口元を指さしたのを見ると、思わずそこをぬぐってしまう。それで答えは言ったのも同然となった。

 「ちょっと、ほんのちょっとだけだよ。少しうとうとしちゃっただけだし」

 「もう、傍に奴らが来てたらどうするつもりだったの」

 腰に手を当て、少し困ったように言う。

 「絶対私の方に来るっていう保証はないんだから。きちんと周りを見てないと大変なことに」

 「大丈夫だよ、おねえちゃん」

 だが、優花に懲りた様子はない。笑いながら、

 「私が見てなくても、あれがあるもん」

 そう言って少し遠くの二か所を指さした。

 見ると、駅舎の壁と壁との間に小さな箱が張り付けられている。目を移すと、別の一か所にももう一つ。周囲が薄汚れているのに対してそれだけが真新しいため、やたらに目立っている。

 「あれは?」

 「さっきのお店で拾ったの。誰かがあそこを通ったら、これが鳴るんだって」

 優花はポケットから無線機のようなものを取り出した。

 「音は一番大きくなってるから、きっとあいつらがこっちに来てたらすぐに分かったよ。だから私が寝てたって大丈夫」

 「つまり、赤外線センサー?」

 発信器から赤外線が発され、それを動体が遮ると受信機でアラームが鳴る仕組みの、簡易な防犯装置のようだった。交番に至る二本の道に、どちらも美咲の腰の高さほどで張り付けられている。確かにあの配置、あの高さであれば反応するかもしれない。

 「それって試してみたの?」

 「ううん、まだ」

 「…」

その仕掛けに自信たっぷりににっこりとする優花を見て、美咲はその仕掛けを一応試してみようと思う。受信機がオンになっているのを確認し、小走りで張り付けられた箱へと向かった。

 手をその間にかざしてみる。何か反応があるのかどうか、ここからでは分からない。

 振り向いて妹の方を伺うと、手に持った受信機に耳を当てて不思議そうな顔をしていた。

 今度は体全体で横切ってみる。

 それでも優花の行動に変化は無かった。

 反対側の設置場所でも試してみるが、鳴ると言うそのアラーム音はやはり聞こえてはこなかった。

 「使えないよね、やっぱり」

 脱力して呟いてから、壁に張り付いた発信機を、美咲は勢いよく引き剥がしてしまった。

 


 結局、あのセンサーは使えなかった。受信機側に電池が入っていなかったことを、優花が知らなかったからだった。

 「電池があればいいんだよ、電池が。今度探してくる」

 自信満々に仕掛けていた分、その悔しさも大きいのか、優花はソファの上で丸くなってむくれていた。

 陽は既に沈み、二人はアパートに戻ってきている。食糧を確保し、電化製品を漁り、八百の化け物の群れを一掃し、そんな二人の一日が終わろうとしている。 

 死線を潜ったと言っても良いはずの一日に、しかし二人が最も苦労したのは「乾電池が見当たらない」という事だった。

 帰宅後、すぐにアパートの階下にある倉庫で、センサーに使う電池を探したものの結局それは見つからず、優花の持ってきたセンサーは一度も使われないままその倉庫へしまわれることとなった。

 この倉庫は、元からアパートに設置されていた物に美咲が改良を加えたもので、中では仕切りや棚などが増設されて、普通よりも使いやすくなっている。優花が何か使えそうだと感じて拾ってきた品々は皆この中に収められ、例えそれ以降の検証によって使えないことが分かったとしても、やはりこの中にしまわれる。今回の赤外線センサーもその例に漏れなかった。

 崩壊し、死にかかった街でそうそう使えるものが落ちているわけはない。結局その倉庫の中には「使えると思ったけど使えずに、でも使えると一度でも思った以上は何か捨てがたい物」が溢れかえって詰まっている。

 いつか組み合わせて使うと主張する優花に美咲も反論はせず、倉庫の混乱ぶりは増すばかりだった。

 言うまでもなく、その中からたった二本の乾電池を見つけ出すことは困難を極める。不用品の崩れ落ちる、黴臭い倉庫の中では捜索もはかどらず、日が暮れてあたりが見えなくなったところでお開きとなった。

 シャワーを浴びて怪物の腐臭と黴臭さを体中から洗い流し、夕食で腹を満たした後も優花の機嫌はさえなかった。

 「新品じゃなかったみたいだし、しょうがないよ」

 電気ランタンに赤く照らされた優花の頬は、まだ少し膨らんでいる。美咲はそれを愛おしそうに見ながら、それでもなんとか機嫌を直してもらおうと思っている。

 「また出かけよう?今度は電池を探しに」

 「むぅ。でもさ、電池って全然落ちてないんだよね。これまで見つけたのだって大きくて太くてなんにも使えないやつだったし、もう皆持って行っちゃったのかなあ」

 「何にでも使えるし、やっぱり電気は大事だからね。このランタンだって、本当は電池を使うんだよ。今は改造して美咲のリュックから電気を貰ってるけど、そのままだったらこれも使えなかったかもね」

 優花は不満そうに、ランタンから伸びるコードを足でいじっている。それは美咲の言葉通り、ソファの横に置かれた優花の、リュックサックの中へと伸びていた。

 「優花、あれは改造できないの?」

 ランタンを作り変えた張本人に尋ねる。家電製品をいじって遊ぶのが優花の楽しみの一つであり、このランタンもそうしてできた産物の一つだった。

 しかし優花は首を振る。

 「できるかもしれないけど、今はやってる場合じゃないんだ」

 「ん?何か大事なことでもあるの」

 不思議に思った美咲が問うと、優花はそれまでの仏頂面を捨てて、途端に得意そうになる。

 「ふふーん、今日で全部の材料が揃ったんだよ。おねえちゃんには言ってなかったけど、優花には一つ作ってみたいものがあってね、おねえちゃんは無駄だと思ってたかもしれないあの倉庫の中、そして今日までの材料集めは全部そのためのものだったのだ!」

 「えっ、あの倉庫の中身、全部使うの?」

 「あ、ええっと今のは違くて、思いついたのは最近なんだけど」

 「なんだ、びっくりした」

 「でもあの倉庫の中身を使うのはホントなの。もっといっぱいの大きいものにしたかったんだけど、でもそうすると逆に使えなくなっちゃうし…」

 「?」

 「とにかく、明日から作り始めるからね。できたらきっとびっくりするよ。これまでのめんどくさいのが一気に解決!になるかもしれないんだから!」

 「??」

 美咲には見当もつかないが、何を作成するつもりなのかは優花の秘密であるらしい。それなら自分は黙って見守ろう、と美咲は思う。

 作業をする場面では自分も手伝うことになるのだろう。危ないことを始めたら止めればいいし、あるいは自分がやればいい。優花は集中を始めると周りが見えなくなるから、そこは姉の自分が見守るべきところだと、美咲は少し楽しみに、少し不安に感じながらそう考えた。

 同時に、最近食糧探しが続いていたのはこのためだったのか、と気が付く。

 最近の頻繁な探索で、食糧の備蓄は二週間を余裕で過ごせるほどに達している。しばらくは駅周辺に出向かなくてもいいだろう。その期間を、優花はその制作に充てるつもりだったらしい。

 ソファの上で、もうすっかりご機嫌になった優花は熊の縫いぐるみをもてあそんでいる。片目のとれた、それでもまだ愛くるしい茶色の縫いぐるみだった。

 美咲は一つあくびをする。

 手元の本は机に置いて、寝る支度を始めようかと考える。 

 一度は立ち上がったものの、興に乗った優花の縫いぐるみ遊びを眺めているのが思いのほか楽しかったため、結局はまた椅子に戻ってしまう。ランタンに照らされて部屋いっぱいに揺らめく優花の影と、規則的な時計の音とが美咲の眠気を誘った。

 やがて椅子に座ったまま、美咲の瞼はゆっくりと閉じられていった。

 怪物の群れを苦も無く退けたあの異様な姿は、その寝顔からはまるで想像もできない。それはただの一人の少女の、穏やかな寝顔だった。

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