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ラスト・シスターズ  作者: 片側文庫
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デイリー・オブ・デッドタウン(3)

 電気店を出た二人は、そのまま駅の方向へと足を向けた。

 依然警戒は強めたままだが、その足取りは来た時と比べれば少し緩い。 

 昼食を食べたばかりで、急激に動いて優花の体に負担をかけないようにとの美咲の配慮だったが、当の本人が目の前のザックの中身に心を奪われたまま、飛んだり跳ねたりを繰り返しているので、結局その意味があるかどうかは微妙なところだった。

 ビル群を抜け、大通りに戻ってくる。

 ひしめき合う車の残骸の中で、動くモノは相変わらず見当たらない。

 二つの通りが交差する地点をもと来た道へ、食糧を回収したファストフード店を背中にしながら駅へと向かう。

 今度は空中廊下へは上らず、改札口へ。

 一日に何万人と出入りがあったはずのその場所も、人がいなくなれば空虚さを演出する舞台装置にすぎなくなる。

 自動改札機を通り過ぎる者はいない。半分降りかかった駅舎のシャッターには、安否を伝え合う人たちの殴り書きが散見された。

 「生きている 新南口で待つ 高田雄太」

 「時計塔にいます 十日まで 坂上家」

 「食糧あります 安全確保しています 下へ来て」

 黒や赤や白、様々な色でみな急ぎ気味に書かれたそれらの文字を一瞥し、美咲はその前を行き過ぎていく。

 どれも今では用を成さない書き込みになった。

 全ては無駄だった。

 安全を確保した、と書かれていたのはおそらく地下通路の利用者だろう。初めの内は、あの怪物の集団も階段を下りてまで地下にやってこようとはしなかった。

 だがそれは、地上に多数の獲物が残っていたからに過ぎない。

 地上からあらかた人間がいなくなった後、怪物たちは安全と思われていた地下にもやすやすと侵入し、降ろされた防火シャッターは紙屑のように引き裂かれ、中で延々と救助を待ち続けていた人間たちは全滅した。

 いつか来ると信じられていた助けは一向にくる気配がない。地下内部で組織されていた自警団の士気は最低だった。

 抵抗らしい抵抗は見られず、侵入した怪物は容赦なく人を襲い、引き裂き、食らい、そして増殖していった。

 異常な運動能力、脅威的な再生能力、撃とうが燃やそうが殴ろうが、あくまでも向かってくるその凶暴性。それらの上にさらに重なって、食いちぎった獲物の中から一定数を同族へ引き入れるという特性が、何よりもこの街の破滅に繋がっていった。

 ゾンビ、グール、アンデッド。

 呼び方は何でも。それら怪物の軍団に、この街が一週間と耐え切れなかった現実は変わらない。その期間で地上の人間はあらかた食い尽くされ、およそ五万を数える怪物の大群が形成されていった。

 地下に潜った人々から救助を求める通信が完全に絶えるまで、そこから一か月。

 街が放棄され、外壁が構築されるまでさらに二か月。もっともこれは、最初の一週間が過ぎた時点から始まっていた過程ではあった。外壁はそれから延伸を繰り返し、見上げるほどの高さにまでなっていく。

 それ以降、この街は外見上の沈黙を保っている。

 誰もいない、捨てられた街。

 晴天の下を歩く姉妹に、しかしその悲壮感は感じられない。休日にはよくこの場で見かけられたかもしれない、それと変わるところのない、二人の姿だった。

 見通しのきく死角の少ない大通りに出た分、美咲の足取りもやや軽い。

 優花に至っては歌でも歌いだしかねない、上機嫌な笑みを浮かべている。

 二十万が食われ、五万が怪物と化した街の中で、ただ二人だけ、生き残った姉妹。 

 この姿を見て、誰がその姉妹と、この二人の事を直結させて考えられるだろうか。

 二人は駅前を通り過ぎ、その動きを止めて久しいエスカレーターを下っていく。眼下には大きく燃えた跡のある大木、左には所々ひび割れている巨大モニターの残骸が見える。エスカレーターを覆うシェードには外側から多量の血がこびりついていた。

 小さな広場のようになっているその場所にも、駅舎に見られたような書き込みや張り紙が、おびただしい数で広がっていた。

 美咲は、今度はそれには目もくれない。

 進路を左に変え、先に見えるロータリーへと向かっていく。

 歩みがそれまでの軽やかなものから、また慎重なものへと切り替わる。この周辺は高層ビルに挟まれて伸びる道が多く、また死角も多い。

 加えてこの先には、美咲が昨夜に怪物の集団と戦った現場がある。

 彼らに集団という意識は存在しないのか、同族が倒れようと燃やされようと、彼らは一切の反応を示さない。

 だがそれにも関わらず、必ず寄り集まってから人を襲う習性があった。単体で襲い掛かってくることはめったに無かった。

 そしてそれに加え、倒れた同族の死骸になぜだか寄り集まってくるという行動も、しばしば見られるものであった。

 昨晩、美咲が排除した怪物の数はおよそ三十。

 餌としてはやや小さいが、その習性を考えれば彼らがそこで群れている可能性はあった。

一体彼らには集団という概念があるのか無いのか。疑問に思う事だが、それを考えるのは自分のやることではない、と美咲は思っている。

 第一に優花を守り、第二に自分を守ること。その為であればあらゆる手を尽くすこと。

 それが美咲の不文律である。

 それを守っていれば他はどうでもいい。二人が無事なら何でもいい。

 それが美咲の考え方である。

 例えば壁の外の事。例えば自分たち以外の生存者の有無。例えば彼ら怪物の生態。

 それらは美咲の関係する事の範囲外であり、考えるべきことの埒外である。

 一か月の間ずっと救助要請を無視し続け、そして今、もうほとんど怪物の存在しなくなった今においても偵察機の一機すら寄越さない壁の外のことなど、美咲にとっては考えるにも値しなかった。

 優花を救う手だてにもならないのなら、外の事はどうでもよかった。

 背後にいる妹へ気を配りながら、美咲は通りを歩んでいく。

 しばらく進むとガラス製のオブジェの飾られたロータリーに出る。左手にはこれもまた汚れきった、駅ビルの死骸が横たわっていた。

 美咲が怪物を掃討したのはこの先、巨木の植えられた小さな広場の横を走る通りだった。

 立ち止まり、手で合図を出す。

 それを理解した優花が背負っていたリュックをおろし、しばらくごそごそやった後、両手に収まりきらないほどの巨大な双眼鏡を取り出してみせた。

 「…」

 あまりの大きさにやや面食らった美咲だったが、とりあえずそれを受け取り、付属するストラップを肩にかけてからレンズをのぞいた。

 見ている先は、昨夜に怪物を焼いた場所の周辺。双眼鏡はその巨大さに見合って、驚くほどよく見えた。ただし距離がそれほど開いているわけではないので、その性能の半分もあれば事は足りたかもしれない。

 レンズ越しに、まだ黒い燃えカスが残っているのが見え、そのすぐそばに、蠢く姿が四つ確認できた。

 この街において遠方に動くものを確認すれば、それはすなわち怪物を発見したのと同義である。既に他の、まともと言える生物はみな死に絶えているか食われてしまっていた。人間ばかりでなく、鳥や犬や鼠に至るまでみな彼らに食い尽くされた。ただ動物は彼らとは同化しないようで、道路にはそういった「食いかけ」の死骸がそのまま放置されている。

 美咲の確認したその姿も、やはりあの怪物たちだった。

 こちらを発見しない限りは、彼らの動作は緩慢である。

 濁りきって黒目を失ったその瞳は、何も映さないまま虚空を見上げている。腐りきった皮膚が垂れ下がり、無造作に上げ下げを繰り返される腕と共にぶらぶらと揺れていた。

 その四体は何をするでもなく、ただ燃えカスの傍で立ち尽くしている。

 美咲は視線の方向を変え、さらにその周囲の状況も確認する。

 右、左、上、と双眼鏡をゆっくり移動させるが、他の怪物の姿は見当たらない。焼けたビルと燃えた電柱、散乱するごみがあるのみで、ただ静かなものだった。

 そこまで確認して、美咲は双眼鏡を下す。

 当てが外れたか、と拍子抜けする美咲を、後ろからくいくい、と引っ張る力があった。

 振り向くと、優花が自分の服の裾を引っ張っている。

 いつ取り出したのか小型の双眼鏡を覗き込み、あちらにこちらにと索敵行動に熱心だった。

 「小さいのがあるなら、そっちを出してほしかったかも…」

 優花の持つそれと、自分に渡された天体望遠鏡かと見間違えるほどに巨大な双眼鏡とを見比べる。

 「だって、これあんまりかっこよくないよ。レンズも曇っててよく見えないし。おねえちゃんにはそっちが似合ってるんだもん」

 「見かけの問題じゃないんだけどなあ」

 「それより、ほら、あっちの方。何かいっぱい動いてるのが、ちらって見えたような気がしたんだ。あのビルの窓だよ」

 言って、正面に建つビルの内の一つを指さす。

 エスカレーターを降りる時に見たものよりは小さいが、それでも巨大な、街頭用のモニターが据え付けられたビル。その三階の窓の一つを指しているようだった。

 美咲も確認するが、日光が反射してしまってよく見えない。

 「ここからじゃ見えないかな。数は?どのくらいいた?」

 「えっと、動いていたので十くらいかも。影だけならもっといた風に見えたよ」

 「ビル内に十…、入っていくのは手間がかかるし、あの位置なら陽動に引っかかってくれるかな。下の四を片付けてからおびき寄せるか、それとも…」

 すぐに作戦を組み立て始める姉に、すこし慌てた優花が

 「ちょっと待って待って、まだホントにいたか分かんないよ。もしかしたら見間違いとか、そんなにいっぱいいないかも知れない」

 そう言ってもっとよく見ようと、背伸びをして覗き込む。

 「むぅ、光が邪魔だよお」

 「いいよ優花。見間違いでも何でも、出てきたら倒すことに変わりはないんだから」

「でも」

 「先に見つけておきたいっていうのは、念のためっていうだけだから。後から湧いてきたって構わないし、出てこなくたってそれでもいい。まあそうは言っても、やっぱり陽動は仕掛けてみるんだけどね」

 よっ、という掛け声とともに美咲は立ち上がって、持っていた双眼鏡を優花に返す。その場で準備体操をするように体を伸ばし、腕、肩、腰、足、あらゆるところの感覚を、それまでとは違うものに切り替えていく。

「とりあえず、下の四つを叩いておこうかな。その間に出てくればよし、出てこなかったら音を立てておびき寄せる。あのビルからか、別の所から湧いてくるようなら、やっぱりそれも倒す。全部倒してもう出てこなくなったら、そしたら帰ろうか」

 「分かった。優花はどこにいればいいの?」

 そう言いながら首を巡らし、自分なりの答えを探る。

 「あそこ?」

 指さしたのは通りの横にある広場の中心、燃え尽きた巨木の裏側だった。

 美咲は少し考えてから首を振り、

 「ちょっと近いかな。もう少し後ろの、あそこが良いよ」

 そう言って優花の指さした場所よりやや後方、駅舎の入り口横に設置され、中にはもう何も残ってはいない交番を示した。

 「あの中なら安全だし、きっと私の事も見えるんじゃないかな。声も届きやすそうだ。多分そんなことは無いだろうけど、もしこれで対処できなくなった時は優花を呼ぶね」

 「これ」と言って美咲が示した物は、昨夜も慣れたように振り回していた鉄製の棒。見回せば、二人の周囲にはかき集めたかのように、同じような鉄棒が何本も転がっている。

 その内の一本を掴んで、長さと重さを確かめる。

 昨夜、そしてそれ以前にも使ったことのある物と同じ感触を確かめてから、美咲は後ろで構える優花へ振り向いた。

 「じゃあいつも通り、私が走ってから二十秒後だからね。転ばないように、急がなくてもいいから、よく周りを見ながらだよ」

 「うん、大丈夫。頑張ってね、気を付けてね、おねえちゃん」

 互いに笑いあってから、美咲は正面で蠢く怪物に視線を向ける。

 「いってきます」

 小さく呟いてから三回、細かくジャンプ。

 三回目の着地と同時、鋭く地面を蹴りだし、全身矢のように駆けていった。

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