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ラスト・シスターズ  作者: 片側文庫
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デイリー・オブ・デッドタウン(2)

 二人はしばらく進んだ後、大通りから脇に外れ、少し入り組んだ場所に入っていった。

 左右を高いビルに囲まれ、そこには多くの看板が張り付けられている。いくつかはまだ文字の読み取れるものもあった。多くの店が立ち並んでいたが、ここもやはり残骸となっている。

 道は熟知しているようで、美咲の歩みに迷いはない。二回三回と角を曲がり、先ほどまでより少し速足で、ビルの合間を抜けていく。

 後ろをついてくる妹と距離が開かない程度に、それでもできるだけ素早く。

 その視線も右へ左へと落ち着かない。明らかに警戒心を強めていた。

 あの怪物達は、この街の中であればどこにでも潜んでいることを、美咲も優花も知っている。

 だからビルに囲まれていようと大通りに沿って歩いていようと、遭遇する確率に違いはないのだが、死角の多さに差は生じる。

 できるだけ早く見つけ、早く対処することが鉄則だった。それと同じく、行動に緩慢さを持たせないことも。

 速足と常に巡る視線は、そういった事情の上で美咲の身に自然と染みついたものだった。

 やがて二人は一つの店舗へと入っていく。

 他のものと比べればまだ損傷は少ない。ネオンや看板も残っていた。

 「優花、先に入って」

 道を開け、それまで後ろについてきた妹に先を譲る。自分はそのまま入口に立ち、素早く周囲に視線を巡らせていく。

 優花は少し進んだ先で、背負っていたリュックサックをどしん、と降ろした。よじ登るようにして上部のカバーを開け、頭を突っ込んで中を漁る。

 取り出したのは、一台の巨大な懐中電灯だった。

 いや、とても懐に収まるサイズではない。小型の投光器と言った方がまだ正しい表現に思えるほどの大きさだった。

 本体は立方体の箱で、側面に大きな電燈が四つ取り付けられている。全て水銀灯のようだった。その面を正面とし、左右に持ち手が、背面にはプラグを差し込めるような穴がいくつかあって、今はそこから一本のコードが伸びていた。

 コードの先は優花のリュックの中に伸びている。内部で何と接続をされているのかは分からなかった。

 一抱えもあるそれを、しかし優花は軽々と持ち上げる。ただし身長が身長なので、大きさ的には無理があるように見えた。

 大きな建物に侵入するときの、これが二人の習慣だった。

 優花が照明を用意する間、美咲が周囲に警戒の糸を張る。前衛と後衛、その役割分担が、姉妹間では徹底されている。

 巨大なそれを、優花は姉に手渡した。

 受け取って持ち手の片方を右手で握り、美咲はコードを気にしながら優花の前に回る。

 「コードは大丈夫?絡まったりしてないかな」

 「うん、してないよ。やっぱり充電式にしたいなあ。これだとおねえちゃんも動きにくいんでしょ」

 「まあ、ちょっとね。でも充電式は見つからないから」

 言いながらスイッチをひねる。

 照明が徐々に明るくなっていくのを待ちながら、美咲は先の気配を探っていた。

 「前に来たのは…、280日目だったかな」

 「えっと、275日目だよ。私がアイスを見つけた日だよ。でも、その時は何もいなかったよね」

 「そうだね、でも今回もそうとは限らないから…。一応、注意してね、優花」

 「うん。分かった」

 光量が十分になったことを確認し、一度だけ、合図するように妹を振り返ってから歩き出した。コードで繋がれた妹もそれに続く。その表情は興奮を隠しきれない笑顔だった。

 美咲はそれとは反対の、警戒を緩めない冷静な表情。一か所ずつ死角を潰して進んでいく。

 昼とはいえ電気の無い店内は薄暗い。先へ進めば進むほど、入ってくる陽の光も薄くなっていく。

 二人が奥の階段に到達すると、そこはもうほとんど夜と変わりのない闇に包まれていた。

 美咲の持つ電燈は、その闇を力強く切り裂いて照らす。大きさ、重さに見合った光量は十分に得られる機械のようだった。

 「今日は二階?」

 階段の先を照らし、覗き込みながら美咲が言う。その声は何かに遠慮しているかのように小さかった。

 問われた優花は、首を振ってから指を二回突き上げるしぐさをする。

 それで意思の疎通はなった。

 美咲はゆっくりと階段に足をかけ、静かに、一段一段を上っていく。

 二階は通り過ぎ、その先へ。目的の三階へと進んでいく。

 途中、美咲は上階へと光を向けながら異常を確認していくが、今のところ警戒すべき事態は起こっていない。

 そして二人は、三階の売り場へと踏み入った。

 まず美咲が左右に大きく電燈を振り、全体の様子を把握する。

 動くものはない。沈黙と、暗闇だけがその場にはあった。

 美咲は屈みこみ、足元に落ちていた何かの部品を拾い上げる。重さと形を確かめた後、二、三度手の中で弾ませてから、それを適当なところへ投げ入れた。何にあたったか、部品はやや大きな音を立てて転がっていく。

 目を閉じ、三階だけでなく、この建物の全ての音を掴み取ろうとするように、美咲は意識を集中させていた。

 投げ入れた直後から一分ほどはそうしていた。やがて肩の力を抜いて

 「うん。今回もここにはいないみたいだね」

 そう言って背後の優花に笑いかけた。同時に持っていた電燈を、横の台に置いてしまう。

 「なんでなんだろ、ここにはいつ来ても何もいない―」

 「いない?やっぱり何もいないの?じゃあもういいよね、自由にしててもいいんだよねっ」

 それまで抑えられていた興奮が急に解き放たれた優花は、美咲が頷くのも待たずに中へと駆け出していく。

 「ちょっと待って優花、コードが」

 駆け出すリュックサックに引きずられて、繋がれた電燈が大きく傾く。慌てて持ち手を掴み、今まさに机の上から落ちて砕け散ろうとしていた所を、寸前で抑えた。

 そんな姉の声もどこ吹く風、美咲が再び視線を上げた時には、その姿は闇に溶けてしまっていた。

 「せめてリュックは置いていって欲しいんだけど…」

 ため息とともに吐き出されたその声もまた、優花に届くことはなかった。

 


 二人のいるビルには、以前まで大規模な家電製品の小売店が設置されていた。この街が人と物に溢れていた当時には、相当な賑わいを見せていたはずのビルである。

 今では文字も切れ切れになり、何者かが爪でひっかいたような跡まで残る階段脇の案内図に寄れば、一階がパソコン関係、二階が携帯電話、三階がテレビ関係の品を扱うフロアであるらしかった。

 荒廃しきって秩序も何も無くなった街において、しかしなお、店の中にはかつての区分通りに商品が残されていることがある。

 衣類や食料、アウトドア用品以外の、つまりは生きるのに実際のところ必要のない商品。

 例えば家電製品などは、持ち去られることも、また破壊されていることも少ない。

そのビルの三階にはテレビラジオメディアプレイヤー及び掃除機洗濯機冷蔵庫扇風機冷房機その他諸々、ほぼ全ての家電製品と区別されるものが、比較的整然と陳列されていた。

 その間を縫うように、小さな女の子がすばしっこく駆け回っていく。

 その背にあの大きなリュックサックは無い。それゆえ、その姿はまさに玩具売り場ではしゃぎ回る子供そのものだった。

 ただ違和感があるとすれば、周囲は玩具ではなく家電製品であること、そしてほとんど光のない、闇に包まれているという事だろう。

 床には砕け散った何かの部品や、無数のごみが散乱している。それらを器用に避けながら、暗闇など意にも介さずに優花は活発に走り回っている。

 光源は遠くに置かれたあの電燈だけ。その光もそこまでは届いていない。

 光がなくとも、確かに、優花には全てが見えているようだった。

 電燈の傍では美咲が、どこから持ち出したか木製の豪華な椅子に座って本を読んでいる。電燈の光は主に、美咲の手元へ向けて放たれていた。傍にはコードにつながれて、優花のリュックサックも置いてある。

 美咲は時折、くすくすと笑いながらページを繰っていく。姿勢は気品を感じさせる正しさで、ページを繰り続けるその細く長い指は、電燈に照らされて白く光っているようにも見える。後ろへ流された長い髪と共に、いかにも令嬢然とした姿だった。

 丁寧に両手で持っているその本の表紙は擦り切れ、題名は読み取れない。かなり古い文庫本だった。優花の宝探しを待つ間に、初めは半分ほど残っていたページがもう終わり近くまで減っている。

 怪物がうろつき、破壊されつくし、そして荒廃しきった世界の、電気店の一角。

 しかしその姉妹のいるその場所だけは、休日の公園での風景のごとく、どこまでも和やかに見えた。

 そうしてしばらく。

 ぱたん、と静かに本を閉じる。

 読み終わってはいない。まだ僅かばかりだがページは残っていた。

 電燈の横に無造作に転がされていた置時計を持ち上げ、時刻を確認する。立ち上がって伸びをした。はずみで一つ、小さなあくびが出る。

本はいつの間にかどこかへ消えていた。

「ご飯にしよっか」

 呟くように言った。

 フロアのどこにいようと聞こえるはずのない程の声の大きさだった。答える声も聞こえない。

やがて闇の奥から、一つの影が走り寄ってくるのが見えた。

 何かが触れ合うやかましい音が鳴る。

 闇が薄れ、扇風機が三つ姿を見せた。かなり大きい、家庭用とは思えないほどのサイズだった。それらは横にまとまって、足もないのに上下に揺れながら駆け寄ってくる。首が時折かくん、と下に向き、またかくん、とあがる。リズムを取って走っている。壊れた人形が駆け寄ってくる。

 ように見えた。

 優花の小さい姿は、その扇風機の集団に隠れていてまともに見えない。

 三つの支柱を腕に抱え込み、自分とほとんど同じ大きさのそれを運んでくる。

 「ご飯にするの?おなかすいたねっ」

 がしゃん、とやや乱暴に、抱えていたそれらを地面に置く。

 「また扇風機を持って帰るの?この前も二つ持って行ったよね」

 「うん。でも欲しいのは中のぐるぐる回るやつだけ。この前のとは形が違うんだよ」

 「ぐるぐる回る…。中の羽のこと?」

 美咲は、妹の持ってきた大型扇風機を眺める。

 確かに皆つくりは違うようだが、回転翼にそれほどの差異があるとも思えなかった。

 首をかしげる美咲に、優花は胸を張って言う。

 「ふふん、そこじゃないよおねえちゃん。私が欲しいのは、この中のやつ…、ええっと、中の中のやつだよ。リュックにつなぐと、ぶーんって回る、あれ」

 「ああ。ひょっとして、モーター?」

 合点がいったように、美咲が頷く。

 姉の答えに満面の笑みを浮かべながら、そうそれー、と嬉しそうにする。

 「この強いのがあと十個くらい欲しいなあ。でももうここには無いみたい。この前と今日とで全部持ってきちゃった」

 「うーん、それくらい大きな扇風機は、もうそうそう置いてないと思うけど」

 「また別のところを見てみる。でも今日はもういいや、お腹すいたもん。ご飯食べよ、準備するね」

 優花はリュックサックに頭を突っ込んで、ごそごそと何かを探り出している。

 やがて出てきたのは、レジャーシートと弁当箱。シートは巨大なもので、広げれば十人ほどが座れそうな代物だった。

 弁当箱は二つ。片方は小さく、もう片方はやや大きく、高さがある。二段弁当だった。

 優花からシートを受け取って、美咲は適当な大きさで広げる。全開にすることは面積上できないし、する必要もない。ほどほどの広さになったところで、靴を脱いであがる。

 シートの上では、優花が弁当箱を広げている。

 小さい方には容量に合って小さなおにぎりが二つ、申し訳程度のおかずが三品。それでも唐揚げ、ポテトサラダ、茹でブロッコリーと基本的な品が並ぶ。優花はそれを自分の膝の上に乗せた。

 「はい、おねえちゃんのだよ」

 そう言って渡された、少し大きな弁当箱。

 美咲は礼を言って丁寧に両手で受け取り、包みを開く。二段組みのそれを取り外し、それぞれをシートの上に並べる。二つになったそれの片方には、ほとんど美咲の分と同じものが詰められていた。

違っていたのは二段目。切り分けられたリンゴやオレンジ、粒ごとにばらされたブドウ。フルーツの詰められたそれを、今度は妹との間に置く。

 それは二人が一緒に食べるための、デザートの入った段だった。

 「じゃあ、いただきます」

 「いただきまーす」

 二人は声を合わせ、どちらもおにぎりから口をつけていく。

 それは二つとも、朝の内に優花が用意した昼食だった。

 一日を通して、妹が姉の面倒を見る唯一の時間帯。その限られた時間の中では、優花の隠し持つ家事のスキルが存分に発揮される。

 掃除、洗濯、朝食と昼食づくり、それらを全て同時並行でこなしながら、さらに姉をたたき起こさなければならない。

 故に優花の朝は忙しい。

 カバのごとく動かない姉をベッドから引きずりおろし駆けて行って洗濯機を回し牛のごとく歩む姉を洗面所へ急き立て急いで戻ってみそ汁をかき回し酔っ払いのごとく足元の覚束ない姉を席に座らせててきぱきと配膳をし、そこでやっと一息つける。

 姉が覚醒するまでの二時間半、大体以上のようなことを繰り返し、やっと外出できるようになる。

 だがそのように忙しい中でも、優花の作る弁当に隙はない。

 リンゴには飾り包丁が入れられ、オレンジには剥きやすいように両側から切り込みが入っている。その他の品にも分からないようでいて細かい工夫が施されている。

 そのリンゴをかじって幸せそうな今の姿はまさに子供だが、朝に限っては姉よりも姉らしく立ち回っているのがいつもの光景だった。

 「ごちそうさまでした」

 「ごちそーさまー、おそまつさまー」

 間延びした優花の声と共に、二人の昼食が終わる。

 立ち上がって靴を履き直し、弁当箱とシートが優花のリュックへしまわれてしまうと、周辺に漂っていた長閑な空気は影をひそめてしまった。

 「もう帰る?」

 リュックを探りながら優花が訊いた。

 「うーん、まだ13時だから、ちょっと寄り道」

 置時計で時間を確認して、美咲は答える。

 「でもホテルには寄れないかな」

 「それはいいや、前も行ったし」

 「そう?じゃあ寄り道してから帰ろっか」

 「分かったー、よっと」

 勢いをつけてリュックから飛び跳ねた優花の手には、小型の鋸が握られている。むき身のままで、刃を包むカバーのようなものは付けられていない。優花は刀身の腹を器用に摘まんでいた

 「おねえちゃん、お願いね」

 「うん。首だけ残せばいいんだよね?」

 「そだよ。カバーも外しちゃっていいや」

 受け取ると、美咲は優花の持ってきた扇風機に近寄っていく。一度くるりともてあそぶように手の中で回すと、勢いよく支柱部分を切り始めた。

 プラスチックの粉が飛び、派手な音が鳴る。刃が前後する速度は異常なほど速かった。

 時折金属の何かに当たる音もするが、美咲は構わずに切り進める。木工用の鋸は強度不足で、その刃を急速にすり減らしていった。

 三つの扇風機が首だけになってしまう頃には、鋸の刃はほぼ完全に平坦になってしまっていた。

 「これじゃあもう使えないな」

 平坦になった刃を一瞥すると、それは手近な台の上に置いたまま、切り取った部品を回収する。小さくなったそれは、美咲の持ってきた鞄にも容易に収まるサイズになっていた。

 「帰ってからが楽しみだなー」

 上機嫌な妹を後ろに、二人はフロアを出て階段を下りていく。

 電燈の灯りもついには消え去り、後には暗闇と静寂しか残ってはいなかった。

 「はっちばんはーおっなくなりー」

 優花の妙な歌声が、階段の奥へと消えていった。

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