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ラスト・シスターズ  作者: 片側文庫
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エバー・ラスティング(2)

 「とにかくそのような人間離れした君たちによって、亡者どもは駆逐されたわけだ。君たち二人によって。人類が束になってもどうすることもできなかった亡者の群れを、たった二人で。それは信じられない偉業であるし、誇っていいことだ。もっとも、それに対して勲章はおろか、給金すら出されることはないのだが」

 「…私たちが、そんなものを欲しがると?」

 「要らないだろうな。それに出したくても出せないのだ」

 柏木は机の引き出しから、二枚の紙片を取り出して見せた。差し出されたそれを、美咲は警戒しながら受け取る。

 それは写真だった。両方とも、一枚の鉄板のようなものが地面に突き立っている様子を映し出している。そこには何かが彫り込まれているようだったが、その写真からでは確認できなかった。

 不審そうに自分を見る美咲に、柏木は告げる。

 「それは墓だ。君たち二人のな」

 「…」 

 「あの街を隔離都市に指定し、つまり内部の人間を全員見捨てることを決めたわけだが、その後に、政府によって建てられたものだ。当時に街の中にいることが確認された者、全員の分がそこに建っている。まあ、連中にもそれぐらいの良心の呵責というものはあったわけだ。だがそれで贖罪は済んだ。今は誰一人、そこを訪れる者はいない。」

 美咲は、改めてその写真に目を落とす。

 だがそこからは何の感情も、本来生まれるべきなのだろう感情も、一切湧き起こってはこなかった。

 「見て分かるように、君たち二人は残念ながら死んだ人間だ。死者に給金は出ない。そして賢い君なら、それが何を意味するかも分かると思うが」

 「…あなたたちに保護を求める以外、生きる道は無いということ?」

 美咲は静かに、感情の無い声で言う。それを聞いて満足したように、柏木は笑った。

 「はははっ、まったく、一年間も人間の世界から離れていたとは思えないな。その通り、正解だ。君たちの存在はここにいる者にしか認められない。世間に出ていくことは許されない。それはそうだろう、死者が街を歩くのは、隔離都市の中だけで十分だ」

 「私たちを拾い上げたのは、他に道が無いと知っていたからね」

 「そうだ。その上で利用できると考えた。だが君たちにとっても悪くない話だとは思わないか?君たちは居場所を手に入れる。我々は欲しかった力を手に入れる。双方に害の無い、利益を生みだす契約だと思うがね」

 「優花を人質にしておいて、契約?」

 「だから言っただろう、『保険』だと。我々が君たちと対等に話し合うためには、ああいう手段が必要だったのだ。君にはもちろん分からないだろうが、これでも私は、君たちを心から恐れているのだよ」

 「それでも、私が拒めば優花を傷つけるつもりなのでしょう」

 「その用意はある。だが考えてみたまえ、我々に協力する以外の道があるか?君たちは壁の中で一年間、そしてそれより以前からも、ご両親の保護という壁の中で生きてきたはずだ。人間の社会には、特に今のような限界に近い社会には、そんな君たちをみすみす放っておくだけの余裕はないのだよ。雑巾のように使い捨てられる目に合うか、多少の行動制限に目をつぶって人間らしい生活を送るか、これはそういう選択でもある。もちろん君だけでなく、優花君の人生にも関わることだ。君たち姉妹は、二人揃って意味があるのだから」

 「…」

 柏木の言葉には説得力があった。それに元より、優花を人質に取られた美咲に拒むつもりはない。優花を交渉の材料のように使うこの男に、少しでも言い返してやりたかっただけだった。

 沈黙する美咲をよそに、柏木は先ほどとは別の引き出しから一枚の紙を取り出し、転がっていたペンを取り上げ、それらを美咲に見せつけるようにして言った。

 「話を聞き、我々に協力してくれるのなら、ここにサインをしてくれ。形式というものはどこに行っても必要でね」

 机の上に置かれた紙を見て、美咲は一瞬躊躇したものの、すぐに立ち上がって机に向かい、その紙に書かれた言葉を読んだ。

 『私は隔離都市再開発公社に一生の忠誠を誓います。その命令を至上とし、逆らうことは決してありません』

 A4サイズのその用紙の中央にはただその一文があり、あとは下部に名前を記入する欄が設けられているだけだった。

 「その舌を噛みそうな名前が我々の団体名だ。ここにいる者は単純に『公社』と呼んでいる。もちろん自称ではなく、れっきとした国家機関だ。喜びたまえ、今の社会、公務員にこんなにも簡単になれる機会はそうないぞ」

 からかうような柏木の言葉を聞き流し、美咲は空欄に自分の名前を記入した。

 柏木は満足そうにその用紙をファイルに綴じ、

 「これで君は我が公社の一員だ。歓迎するよ」

 そう、歓迎の欠片も無いような声で言った。

 「後で優花君にも同じように書いてもらうことになる。諸々の説明は、その時に君からしたらいいだろう。実際には優花君は就労が可能な年齢ではないのだが、そこは君たちが死んでくれていて良かった、と言うべきだな」

 「待って、まだ必要なことを教えてもらっていない」

 会話を終わらせようとする柏木に、少し慌てて美咲が言う。

 「結局、私たちに何をさせたいの?外国で戦争でもさせるつもり?」

 しきりに自分たちの戦闘性能を強調していたことから、美咲はそう推測を立てていた。

 それを聞くと一瞬、柏木は虚を突かれたようだったが、すぐ何かに思い当たったように納得して見せ、次には高らかに笑い出した。

 「はははっ、そうかっ、君たちは知らないのだな!いやすまない、あまりに君の話し方が常識的なものだから、つい忘れてしまうのだ。だがそれはそうだ、君たちは今日の今日まで、あの壁の中にいたのだからな。くくくっ、…それにしても戦争とはね。久しく聞かない単語だった」

 「…あの街にもう連中は残っていない。けれど、あなたは私たちを戦わせたいようだった。なら、どこかの戦場にでも―」

 「君は公社の名前を見なかったのか?あの名称のどこに、傭兵派遣機関という文字が躍っていた?もちろん公社の目的は隔離都市を再開発することにあるのだし、君にはその仕事をしてもらう。ははっ、しかし今だ人類でこの事を知らない者がいるとは、どんな世捨て人だって知らぬ者はいないと言うのに―」

 「…」

 柏木は椅子から立ち上がり、左手の壁へと向かっていく。そこには複数のスイッチが付いていて、柏木がそれを一度押すと、天井からスクリーンのようなものが徐々に降ろされてきた。

 美咲はその様子を黙って見ていたが、しかしどこかに予感めいたものと、そしてそれに付随する、小さな昂揚感のようなものを感じていた。

 柏木の言葉で、美咲にはそれが何となくわかってしまった。だがその予感に昂揚している自分には、美咲本人はまだ気が付いていない。

 「これを見たまえ」

 柏木はそう言って、スクリーンを指し示した。

 そこには何枚かの地図が張り付けられ、そのどれもに様々な書き込みと、大量の付箋が貼られている。

 しかし最も目を引くのは、その地図に書かれた大きな黒色の丸だった。その場所を飲み込んで削り取ってしまったかのように、その部分は完全に塗りつぶされていた。

 そしてそれは一か所ではなく。

 地図の中には、一枚に何か所もの黒丸が存在しているものもある。美咲はその数を数えた。

 地図は六枚。黒丸は十三個。

 そのうちの一枚には見覚えがあった。だがそれも当然で、その地図は美咲が住んでいた、そしてこの一年間で地獄を見た、あの街の地図だったからだ。

 当たり前のように、そこは黒丸に飲み込まれている。

 視線をそこから外せない美咲に、柏木が語る。

 「その当時からそこにいた君たちは知らなくて当然だが。第一号隔離都市、新宿がそれに指定されて以降、各地で同じような事象が散発している。横浜、川崎、名古屋、神戸、松山、広島、盛岡、仙台等々、日本の主要都市が次々に隔離都市に指定された。君たちのいた第一号など比較にもならない規模をもって、な」

 「…」

 「それら全て、第一号と同じような方法を持って外界と遮断されている。つまり、高い壁を築いて、中の市民を見殺しにしてだ。だが、いつまでもそれが続くとは思われない。我々は壁を築いて閉じ込めた気になっているが、亡者どもがいつか、何とかしてそれを突破しないとも限らない。そこで、我々は攻勢に打って出ることに決めた」

 柏木の言葉は、そのほとんどが美咲の予感通りだった。ならば、と美咲は思う。

 ならば、きっとその先も。

 美咲はそこに、期待をしてしまう。

 それは当人も気が付かない、昂揚を伴った期待感。普通一般ではありえない、美咲の持つもう一面ゆえの、危険な期待だった。

 だが柏木はそれに気が付いている。美咲の内に秘められた、その衝動にも似た期待感に、はっきりと気が付いている。

 そして薄く笑った。全てが、思惑通りであることに。

 「君たちはその実働部隊だ。まず手始めに、横浜の『殺菌』を行ってもらう。その後も順調にいけば、規模の大きな隔離都市から、順番に『殺菌』をしていく計画だ」

 そうだ、これだ。と柏木は思う。

 これが欲しかったのだ、と、美咲を見つめながら頭の中で叫んでいる。

 だが、それは声には出さない。語る柏木の口調に一切の変化は無く、ただ淡々と、美咲に事実だけを告げていく。

 「まずは横浜の亡者どもを一掃しろ、それが最初の仕事だ。なに、たいしたことではない、第一号隔離都市のおよそ十倍、五十万の亡者を処分しろと言っているだけだ」

 ―その程度、物の数ではないだろう?

 怪しく光るその瞳に、美咲の姿が映る。

 自分の中の、何か抑えきれない興奮のようなものを必死に留めるかのように、美咲は小さく震えている。

 それを確かに見届けて、柏木は確信する。

 「こいつは、やはり兵器だな―」

 闘争への昂揚を滲ませて震える美咲を見て、柏木は小さく、そう呟いたのだった。

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