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ラスト・シスターズ  作者: 片側文庫
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エバー・ラスティング

 目的の部屋は廊下の先にあるようだった。冷たく、コンクリートがむき出しになったその廊下を、美咲は背後から追い立てられるようにして進んでいく。

 ここがどこなのか、なぜ連れてこられたのかは分からなかった。ヘリが街を離れた直後に目隠しがされたため、どんな経路を通ってここまで飛行してきたのかもわからない。その理由も、一切説明されてはいなかった。

 ヘリから降ろされ、引き立てられるように歩かされて、再び視界が戻った時にはもうこの廊下を歩いていた。

 すぐに優花の姿を探したが、どうやら別々にされたようだった。いたのは自分と、武装した背後の二人組だけ。服装も装備もあまりに画一的で、美咲にはそれが自分をヘリに乗せた者達なのか、それとも別の人間なのか区別もつかなかった。

 「優花はどこ」

 歩きながら、美咲は怒りを抑えたような声で言う。

 答えなど期待してはいない。だが言わずにはいられなかった。

 美咲の想定通り、背後からついてくる二人は無言を保つ。彼らが正確な答えを知っているのかどうかも分からないし、多分知らないのではないか、と美咲は考えていた。

 だから美咲は、問いを変えた。

 「あなたたちに従っていれば、優花に危害は及ばないのでしょうね」

 優花に危害が加えられないなら、何でもする―。暗に、そう言ったのも同然の問いだった。

 「そうだ」

 それには返答がある。今の美咲には、それだけが分かれば十分だった。

 廊下は果てしなく続くように思われたが、やがて大きな両開きの扉が見えてきて、そこで廊下は終わっていた。

 扉は赤く塗られ、取っては棒状の、いかにも手の込んでいそうな意匠が施されている、金色のものだった。扉全体にも細かい彫刻がなされ、周囲を無機質なコンクリートで固められている分、それは単純に豪華というよりも、美咲の目には異様な光景に映った。

 そこに辿りついてしまうと、背後の一人が美咲の前に進み出て、その扉を開ける。残った一人が後ろから美咲を追い立てたが、彼らは室内には入ってこないようだった。

 ゆっくりとその扉を抜け、中へ入っていく。ばたん、と音がして、背後で扉が閉められた。

 美咲はゆっくりと首を巡らせて、室内の様子を見回す。そこは今までの廊下からは想像もつかない、広く豪華な一室だった。

 全体として細長いその室内には、絵画や調度品の類が至る所に散りばめられ、ともすれば雑然としている印象すら受けるような、それでも何とか調和を保って、部屋を飾っていた。

 天井からは羽根つきの、これも装飾の施された電燈がいくつも連なり、全体に明るい光を投げかけている。光の色は白ではなく、温かみのある薄いオレンジ色だった。

 しばらく入ることがなかった文明的な部屋の様子に、美咲は少し戸惑いながらも、部屋の中央に据え付けられた大きな机に注意を向けた。

 それは執務机というのか、横に長く幅も広い割に、椅子は一脚しか設置されていない。机上には書類の束や筆記用具が積み重なり、整理整頓は忘れられたかのように、勝手気ままに散らかされている。

 その机に肘をついて、美咲を窺う人物があった。

 その男は年は重ねてはいないようだが、美咲よりは確実に上に思えた。三十代ほどかもしれない。髪を短く切り、髭は丁寧に剃られている。スーツに身を包み、その着慣れている外見は、生まれてから他の服を着たことがないのではないかと思えるほどだった。表情は変えないままだが、眼鏡の奥で美咲を見つめる瞳は、野心的に輝いている。好きになれそうもない、と美咲は思った。

 両者は黙って、しばらくはお互いに見つめ合っていたが、やがて男の方から口火を切って話し始めた。

 「こちらは初めてではないのだが、君は当然、私の事を知らないだろうな。初めまして、柏木と言う者だ。この場所の、リーダーのようなものだと思ってもらっていい」

 口調は穏やかだったが、そこには美咲の言葉のような、一種の冷たさがあった。だが美咲が人を人と思わない冷たさを宿しているのとは違って、この男、柏木の言葉には、人を完全に見下しているような冷たさが感じられた。

 「君の事は君以上に知っているから、そちらの自己紹介は結構だ。まあ、とりあえずそこに座ってくれ」

 手を伸べて、目の前の椅子をすすめる。肘掛がついた一人用のもので、執務机のすぐ前に据えられていた。

 美咲は警戒を続けながらも、すすめられた椅子に腰かける。硬くもなく柔らかくもない自然な沈み方に、高級感が感じられた。

 「優花はどこ」

 先ほどよりも鋭い声で、美咲は詰問する。

 冷たく、刺すようなその色にも全く怯むことなく、柏木は薄く笑った。

 「やはりそれか。自分の状況や今後を差し置いても、君はまず妹のことを気にするのだな。重要なのはただ一つ、というわけだ。いや、それが悪いと言っているのではない。むしろ、それこそが―」

 言葉の終わりを言わずに、柏木は机の上に据えられていたモニターの画面を、美咲の方へと向けた。

 「優花…」

 そこにはベットで昏々と眠る、妹の姿が映し出されている。映像は緑がかっていて分かりにくかったが、どこかホテルの一室のようだった。柔らかそうなマットレスに身をうずめて、その眠りは穏やかそうに見えた。

 「我々は君の妹を害そうとは思っていないし、またそうしたくもない。むしろ丁重に預からせてもらっているということを分かって欲しい。なに、彼女がいるのは君と同じ建物の中だよ。もっともここは少々広大で、探そうと思っても少し難しいかもしれないがな」

柏木はモニターを元の位置に戻して、それを軽く小突きながら続けた。

 「ただし、彼女の安全を保障できるのは、君が今のように大人しくしていれば、という条件付きでもある」

 「つまり、優花を人質にしているわけね」

美咲の言葉に、静かな怒気が宿る。それを受け流すように、柏木はその表情に笑いの色を濃くしていく。

 「そうか、君にとっては人質になってしまうのか」

 「優花に危害を加えない代わりとして、私を自分たちに従わせる。これが人質でなくて、一体なんだと言うの」

 「ふむ、君の考え方は至極正しい。だが私には、君の妹を人質に取っているという感覚は無いな」

 柏木の言葉に、美咲は表情を険しくしていく。理屈はどうでもよく、彼らが優花の自由を奪っているということが、美咲には許せなかった。

 「彼女は人質ではなく、我々の安全を保障する『保険』だよ。分かっているように、我々はもう君の事を、ただ一介の女子高生などとして見なしてはいない。いや、言っては悪いが、人間とも見ていないのだよ。ただ一個の危険物、操り手を失くした兵器のように考えている。そんな君を我が家に迎え入れるのだから、自分たちの安全を確保するための手段を講じるのは、正しいことだと思うだろう?」

 「…」

 「もちろんこれは彼女―、優花君に対しても同じことだ。だが我々の事前調査の結果、脅威判定は君の方が上だったのでね。こうして先に話をさせてもらっているというわけだ。それに、優花君にはこういった話し方は、少々難しいのではないかな」

 柏木の言葉は理解できたが、その正当性を論じる気分にはなれない。とにかく美咲にとって重要なのは、自分の行動が優花の安全に直結しているらしいということだけだった。そうであれば当然、慎重な行動をとらなければならなかった。

 美咲にとって、目の前の男を殺害して室内から脱出するのは困難なことではない。その上で優花を探し、すぐにでも助け出したいというのが美咲の本心だった。

 だがもちろん、その行動は選択するべきではない。この男にもそれが分かっているから、美咲を脅威と認識しつつ手錠の一つもかけようとはしていないのだろう。

 美咲はできるだけ自身の中の怒りを抑え、相手の望むような、恭順の姿勢を保つように心がけた。

 「そうか。うむ、やはり保険は効いたようだな」

 満足そうに言う柏木を、力いっぱい殴りつけたい衝動に駆られる。目を閉じて冷静さを取り戻し、自分の中で荒ぶる感情を、何とかコントロールするように努める。

 「…私に、何をさせたいの」

 そう言う美咲の声からは、敵意が完全に消えていた。正確には消えたのではなく隠されているだけなのだが、それは当人でなければわからないほど、完璧に伏せられた敵意となっていた。

 柏木の表情には笑みが浮かび続けている。表情があるにも関わらず、どこまでも無表情に見えてしまう笑い方だった。

 「もちろん、それが本題だ」

 椅子から立ち上がり、ゆっくりと歩き回りながら話し始めた。

 「さきほども言ったがね。君たちは最早、激しく人間離れしている。だがそれは、あの場所においては極めて正しいことだ」

 「…」

 「変化していったその過程は分からない。我々が君たちの観測を始めた時には、既に隔離都市内側の亡者どもの数は半数にまで減少していた。その時の私の驚きは、きっと君には理解できないだろうな。とにかくそれから、我々はずっと君たちの動きを追い続けていた。減り続ける亡者の数と共に、若干の手助けをしながらね」

 「…じゃあ、急に電気が復旧したのは」

 「そうだ、我々の仕事だ。電力だけではなくガスも水道も、止まっていたライフラインのほとんどを再稼働させた。良く役立ってくれたようだな、それから君たちの活動効率は、飛躍的に上昇していった。まあ、それもついさっき、打ち切らせてもらったがな」

 電気が突然に復活したときは優花と大喜びしたものだったが、今こうやって柏木の言葉を聞いていると、その時の感動も煙のようにどこかへ消え去ってしまった。

 「隔離都市へそんなものを送るのには絶大な労力が必要だったが―、まあそれを君に言っても意味は無い。重要なのは、君たちに亡者どもを排除させ続ける事だった。せっかく見つけた希望だ、大切に見守らせてもらったよ。そして今日、その全てが達成された」

 「私があいつらを殺してきたのは、あなた達のためじゃない」

 「それはそうだろう、だが結果的にはそうなった。君たちのおかげで、あの隔離都市は再び使い物になるようになった。君にその意図が無くとも、我々がその行動で助かっていることは事実だ」

 「…」

 柏木は机の上のファイルに手を伸ばし、その中に挟み込まれていた書類を繰りながら、心底面白いものを見た、という風に笑いながら言った。

 「君たちは素晴らしい、全く驚嘆に値する。だがそれゆえに、私は君たちに自由を認めるわけにはいかなかった。君たちをここに連れてきたのは、それが理由の一つでもある。だが―」

 その書類の内の一枚に目を止め、宝石でも眺めるような目つきで見ている。。

 「だが最大の理由はそれではない。私は君たちに驚嘆し、恐怖し、そして利用価値を見出した。君たちの能力が、私には光輝いて見えたものだ」

 ファイルを、美咲の足もとに放る。中から飛び出してきた書類は、その全てが美咲と優花に関する、異常なまでに詳細なデータの集積だった。

 「美咲君。君の身体能力は既に、この地球に生息するすべての動物種の、その頂点にあると言っていい。瞬発力、反射神経、動体視力、運動能力、その全てが人間を遥かに凌駕し、冗談のような性能に―、失礼、能力に達しているのだからね。加えてその、異常に鋭敏な超感覚。数百メートル離れたビルに巣食う、亡者の正確な数まで感じ取ってしまう。機械にさえそんなことは不可能だ。まったく、あれには驚かされた」

 「…」

 「そして妹である、優花君。彼女もまた素晴らしい。一体あのリュックサックはどのような仕組みになっているのか―。先ほど我々の隊員があれをヘリから降ろそうとしたとき、三人がかりでやっとだったと聞いている。鍛えられた屈強な軍人が、三人も寄り集まってやっとだ。そんな物を背負って駆け、跳びまわり、振り回している。あの小さな身体で、だ。それについては様々仮説が飛び交ったが、結局我々では答えは出せなかった。本人がいて現物がある今でさえ、その理由は不明のままだ。面白い、本当に素晴らしい妹を持っているじゃないか」

 「何も知らずに、優花を語らないで」

 思わず、そう言ってしまう。隠した敵意が再び表層化してしまうのを必死に押し留め、美咲は柏木から目を逸らした。

 柏木には、気分を害した様子も無い。相変わらず不気味に微笑んで、その瞳に美咲の姿を捉え続けている。

 「何も知らずに、か。確かに優花君について我々が知っていることなど、君の記憶に比べればごく僅かなものだろう。だが一つだけ、君が知らない優花君を、私は知っている」

 「―?」

 「いやまったく、あれこそ彼女の最も特異な点だ。君に超感覚が備わっているように、彼女にもどうやら似た特性があるようでね。もっとも、その細部まで把握できているわけではないのだが」

 「…どういうこと」

 「やはり知らなかったか。しかし疑問には思ったのではないかな。今日、あの大通りで優花君が亡者どもの群れに挟まれたとき、なぜ優花君は、君の進路を読んで先にあの通路に入っていたのか。なぜ、疾走しているはずの彼女があれほど小さな通路を見つけられたのか。なぜ、君の考えた理想の合流地点に、彼女は到達できたのか。そして考えを読んだかのように、あの場で待機したのか―」

 「…っ」

 「君が前線での戦闘に特化した超感覚を持っているとすれば、彼女はどうやら後方支援に適応した能力を持っているようだ。視覚から得た全ての情報を余すところなく蓄積し、それを自己の脳内で展開、分析する能力。そして驚くべきは、他人の思考までも読み取って、恐らくそこに投影しているのだろうという事だ。それが君たち姉妹の絆ゆえか、それとも万人に対してそうなのか、それはこれから分かることだと思うがね」

 その言葉を聞きながら、美咲は唇を噛んだ。

 確かに柏木の挙げた疑問は自分も抱いたものだった。ああも都合よく、優花があの通路にいたことは意外に思っていた。あそこは作戦前の調査で、少しだけ美咲が気にした程度の場所であり、そのことを優花に話してはいなかったからだ。

 この男のいう事が本当であれば、優花にそんなことができるのだとすれば、その疑問には答えが与えられる。だが何よりも優花に関して、自分の知らない事を他人に喋られるのは気分のいいものではなく、はっきり言って不愉快だった。

 柏木はそんな美咲の様子を気にした風も無く、ちらりと目をやっただけで、再び執務机の椅子に腰をおろした。

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