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ラスト・シスターズ  作者: 片側文庫
33/35

ミッドナイト・エンカウント

 その音が聞こえてきたのは、そんなことがあってからしばらくした後。

 もう必要はないと思いながらも、美咲が癖で広げたままだった感覚の網に、その音はほとんど轟音となって伝わってきた。

 「―?」

 「なに、この音…」

 優花もそれに反応する。

 美咲のような鋭敏な感覚を持たなくとも、普通一般の聴力があれば、それは聞き取ることができた。他になんの音もしない夜の闇の中、それは徐々に大きさを増して、二人の方へ近づいてくるようだった。

 接近してくるほどに、それははっきりと聞き取れるようになる。乱暴なエンジン音、回転する翼、共鳴して揺れるガラスの音。

 「ヘリだ…」

 久しく聞いていなかったその音は、美咲にはどこか懐かしく感じられた。

 だがそれ以上に、複雑な感情が美咲の中に湧き起こる。

 なぜ今になって、という戸惑い。今だからこそか、という納得。今更なにを、という怒り。

 気持ちの整理を付ける間も与えず、その機体の姿が空に浮かびあがった。それは徐々に速度を上げて、はっきりと二人の元を目指して飛んでいた。

 一機ではなく、二機で飛行している。どちらも目的地は同じのようだった。

 ライトが照らされる。その眩しさに、美咲は思わず目を細めた。

 ヘリの照明は二人の姿を捉え続けたまま、その大きさを徐々に増して、ついに二人の真上へと到達した。

 やはり、と言うべきか、ヘリはそこで静止する。暴風が巻き起こり、地面に散らばった怪物の残骸の内、軽いものはことごとくどこかへ飛ばされていった。

 「そのまま動くなっ!」

 乱暴な男の声が響き渡る。スピーカーを通したようなその声は、美咲には周囲の雑音の中でも一層不愉快なものに聞こえた。

 元々、抵抗する意思はない。

 空中で静止している一機の、その側面の扉から、武装した人間の姿が覗いている。手に持った黒く細長い物は明らかに銃であり、その銃口は今、美咲と優花のどちらにも向けられていた。

 怪物の攻撃ならまだしも、銃弾をかわすことなどできるわけもない。何より、それらは自分と同じく優花にも向けられている。美咲は大人しく、言われた通りに動かないでいた。

 「おねえちゃん…」

 横では心配そうに声を上げる優花が、自分を見上げている。優花にそんな表情をさせている、という時点で美咲には目の前の連中が許しがたかったが、

 「大丈夫。そのまま、じっとしててね」

 そんな怒りは滲ませず、美咲は安心させるように優花へと微笑んだ。

 静止する一機の内からロープのようなものが垂らされ、六人ほどがそこから下降してくる。その誰もが同じ服装をしており、また武装してもいた。着地と同時に銃を構え、美咲と優花に詰め寄ってくる。

 「この二人か」

 降りてきた最後の一人が、そう言ったのが聞こえた。ヘリの音にかき消されて本人は聞こえていないと思っているのだろうが、美咲の聴力はその騒音の中でも、敏感にその男の声を聞き取っていた。

 「そうです。画像とも一致しました」

 「よし、接収しろ。警戒を怠るな」

 先頭の一人の命令で、横隊を形成していた隊員が、一斉にぱっと割れる。二人を取り囲み、決してその銃口を外そうとしない。

 美咲と優花はどうすることもできず、ただその光景を見ているだけだった。

 暴風が一層強くなり、ヘリの一機がゆっくりと下降してくる。黒く塗装されたその機体は、怪物の死骸を踏み潰しながら、大通りへと着地した。

 「乗れっ!」

 背後から鋭い声で命令される。今度は明らかに、自分たちへ聞かせようとしている声量だった。

 正面に着地した機体は、側面の扉を全開にされ、二人を飲み込もうとするかのように待ち構えている。その中は暗く、ここからでは見通せなかった。

 「歩くんだ!乗れっ!」

 再び怒声が響き渡った。

 美咲は小さく溜息を吐いて、周囲の状況を探ったが、そこには脱出路も打開策も無いように思えた。

 「行こう、優花」

 諦めたように呟いて、隣の優花に先を促す。美咲の服の裾を掴んで離さなかった優花も、それでやっと、おずおずと一歩を前に踏み出した。不安そうにきょろきょろと辺りを見回しながら、ゆっくりとヘリに近づいていく。

 「あ、『べんつ』…」

 背後にちらりと見えたその姿に、優花は小さく呟いた。横に寝かせたままだった『べんつ』の車体は、今は誰にも気にされず、ただ怪物の残骸の中にその身を横たえていた。

 「おねえちゃん、『べんつ』が」

 「…そうだね、置いてくわけにはいかないね」

 優花の寂しそうな表情に押され、美咲は後ろを振り返る。

 背後で銃を構えていた三人と目が合う。同時に、彼らが一斉に警戒心を強めたのを感じた。

 「止まるな」

 中央の一人が冷たく言ったが、美咲はそれには構わず、遠くに転がった『べんつ』を指さして、

 「忘れ物。妹の物なの」

 そう、はっきりした口調で言った。

 「べん…、いえ、キックボード。回収させてもらえないかしら」

 その口調は優花に対するものとも、怪物に対するものとも違う、本当に無感情な、色のない声だった。

 物体に話しかけているような冷たさを持って、美咲は目の前の三人に言う。

 一人が、一瞬だけ美咲の指の先へと視線を向けて、転がっているそれの姿を確認した。

 逡巡するようなしばらくの間があったが、その後に中央の一人が目と頭の動きで指示すると、即座に右側の一人が、『べんつ』の元へと駆け寄っていく。

 軽々とそれを持ち上げてみせ、それを確認すると同時に最初の一人が

 「後で引き渡す。早く乗れ」

 そう言った。

 美咲は黙って、ヘリの方へと向き直る。

 「後で返してくれるって。行こ」

 自分の『べんつ』がどうなるのか、優花は不安そうに見守っていたが、美咲のその言葉に頷き、止まっていた歩みを進める。

 ヘリに近づくほど、その風と轟音は凄まじくなっていく。下では潰れた怪物の皮膚や毛などが、風に揺れて激しく蠢いていた。

 優花を先頭に、美咲もその機体に乗り込む。

 機内は狭く、優花のリュックサックが幅を取っている分、どう考えてもそれが邪魔であったが、優花と美咲はともかく、そこに乗る隊員の誰もが、それを置いていこうと言い出しはしなかった。

 美咲の後ろからついて来ていた二人と、『べんつ』を引きずってくる最後の一人が乗り込んでしまうと、操縦席に向かって一人が何かを言い、その直後、エンジンの音が一層高まって響き渡った。

 扉が閉められ、機内は少し落ち着きを取り戻す。

 優花が自分の腕を掴んで、身を寄せてきたのを感じた。それを宥めるように、静かに頭を撫でた。

 ゆっくりと、ヘリが上昇していく。

 重力を振り切り、プロペラによって生じた揚力を全身に受けて、二人の乗ったヘリは夜の闇の中に浮き上がっていった。

 妙な浮遊感の後、体が後方へ引き寄せられる感覚があった。ヘリは上昇するとすぐさま前進し、障害など何もない、夜の空をまっすぐに突き進んでいく。

 美咲は優花の頭を撫でながら、視線を窓の外に向けた。

 両脇を武装した隊員で固められ、外の光景はよく見えないが、かろうじて、僅かな隙間を覗くようにして、眼下の景色を見ることができた。街灯に照らされ、大通りが続いているのが分かる。そこから何本も、細い道が網の目のように伸びていて、それら一本一本が、全て同じように街灯で光っている。それが無ければ、きっとそこに道があることも分からなかっただろう。街灯の他に、光るものは何も無かった。

 ヘリは大きく右へと進路をとる。その先に何があるか、美咲には分かっていた。

 伸びる道の先、ある一点から、急にそれらは寸断されている。黒い巨大な影に遮られ、それまで続いていた街灯の輝きも、そこで行き止まりになっていた。

 狂気と正気を隔てている、巨大な隔離壁。それが目の前に迫っている。

 人の身ではどうやっても越えられないその高い壁を、二人の乗ったヘリはいとも簡単に通り越してしまう。そのさらに上を飛行できる者にとっては、眼下の壁などは何の障害にもなり得なかった。

 その壁を何とかして越えようと、あるいは破壊しようと、試みた時期もあった。だがそれはどうやっても不可能で、無情に立ちはだかるコンクリート製の巨大な壁は、美咲にとっては自らの無力の象徴にすら思えていた。

 それが今、二人の下を通り過ぎようとしている。

 そのあまりの厚みに美咲は驚き、そんなものを壊そうと躍起になっていた自分が、どこまでも滑稽に思えてしまった。

 美咲は薄く、自嘲気味に笑う。

 まさにそれが合図になったかのように、今は背後になろうとしている隔離された街から、明かりが一斉に消えた。

 壁を境にして、光と暗闇が互いに接している。

 暗く、ぽっかりと空いた穴のようになってしまった街から、美咲と優花の二人が離れていく。

 そこにはもう誰もおらず、生物の一切は、その場所から既に消え去ってしまった。

 それで、その街は完全に死んでしまった。

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