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ラスト・シスターズ  作者: 片側文庫
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ブレイク・オール・オブ・ゼム

 死ぬ気は無かったが、その気配は感じていた。

 怪物との間隔がどんどん狭くなっていっている。美咲にはそれが分かったが、そこに恐怖は感じなかった。

 目の前の怪物の胸を蹴り飛ばし、そこから覗いた骨を引き抜いて、左から飛びかかってきた一体の頭に深く突き刺した。

 それでその一体は沈黙したが、後から後から湧き続けてくる怪物に、美咲も徐々に疲労が溜まり始めていた。

 思考が上手く働かず、動きも鈍くなってくる。

 回避は反射的にできるものの、攻撃はそうはいかない。適切な部位を適切な方法で突かなければ、いくら叩こうとも怪物は倒れない。だがその手段は限られていて、またそのための思考も鈍り始めていた。

 負傷はしていない。だがそれも時間の問題に思えた。

 ―優花、大丈夫だったかな。

 ぼんやりとそんな思考が立ち上る。

 ―投げちゃったけど、でも柔らかそうな場所だったし、大丈夫だよね。

 伸びてくる複数の腕を、一閃させた蹴りで破壊しながら、そんなことを考えている。余裕があるからではなく、疲労が溜まってきたことによって、思考を一点に集中できなくなっているからだった。

 剥がれ落ちた煉瓦を拾い上げ、腕を失って体勢を崩した、その内の一体にそれを叩き込んだ。

 煉瓦は砕け散り、何の形も留めない。だが攻撃を受けた怪物は、顔の一部を破壊されながらも、なお美咲に向かってきていた。

 「―っ」

 牙を鳴らし、液体を撒き散らしながらその個体が飛びかかってくる。冷静に着地点を読んで避け、地面に倒れた所を頭ごと踏み抜いた。

 「こんな、ペース、だと、いつ終わるかも、分かんないね」

 言って、自分の息が切れていることに気が付く。

 この状況になって三十分。倒した怪物は全体の何割か、考えたくもなかった。

 武器は無く、体力も、集中力も切れかけている。

 敵はまだ圧倒的に多数。尽きることの無い体力と併せて、自分を蹂躙しようと血気盛んに迫ってきている。

 自分を囲むそれらを見て。

この状況を、再確認する。

 「でも、できるだけ、早く終わらせないと、ね」

 それでも美咲は笑った。

 無限にも思える怪物に囲まれながら、それでも不敵に笑った。

 そうしないと、優花を不安にさせるから。

 そうしなければ、優花が悲しんでしまうから。

 だから美咲は笑っているし、死ぬつもりは毛頭ない。

 体勢を低くし、横合いから繰り出された腕をかわす。頭上を通過していったそれを掴み、引きちぎり、突き出した骨ごと、その怪物の頭に突き立てた。

 腐った血が飛び散り、美咲の体に降りかかる。それは例え一滴だけであっても、すさまじい腐臭を放っていた。

 「…汚い、な」

 制服を汚したその液体を見て、冷たく言う。

 「でも、おかげでちょっと、集中できる」

 途端、美咲の動きに鋭さが戻った。取り囲む怪物に素早く正対する。

 そして揺らめく影のように、鋭く動き回る。

 腕を砕き、足を裂き、体を貫いて頭を割った。

 目に入るのは敵だけだった。それが、逆に美咲にとってはやりやすい。どこを蹴っても、殴っても、何かしらの効果が見込めるその状況が、美咲にはいっそ楽しく思えた。

 「ふふっ…」

 薄く笑う。

 姉としてではなく、明らかに凶器としての笑み。

 美咲が一つ動作を取るたびに、腕が飛び散り、足が砕け散っていった。

 攻撃の最適化は、最早考えない。

 考えるから疲れるのであって、考えなければいいのだと、思っている。

 ―無限じゃない。いつかは、終わるんだから。

 美咲は容赦を捨てた。頭部を潰して一撃で終わらせるのではなく、ただひたすら八つ裂きにするという、その攻撃方法に移行した。

 迫っていた怪物が、少しずつ後退していく。怯んだのではなく、美咲によってその数を急速に減らし始めているからだった。

 その時、美咲の耳は遠くからの音を捉えた。

 それは優花のいるはずの、ビルの上層から。

 その場所にだけは感覚の網を残していた美咲は、その微かな音も敏感に捉えてしまう。

 「『べんつ』?」

 音を識別し、そう呟く。聞きなれたあのモーター音と、ギアの駆動する音は聞き間違いがない。

 美咲は戸惑う。

 なぜ、優花の『べんつ』が動いているのか。

 その意味を考えるより早く、美咲はその影を空中に見る。

 ガラスの割れる派手な音と共に、影は空中へと飛び出していた。

 昼の陽で逆光線を浴び、シルエットとなったその巨大な影が、青空に踊るように飛び出してくるのが見えた。

 「な―っ」

 美咲は言葉を失う。

 そこから聞こえるのは確かに『べんつ』の音だが、その形は明らかにそれではない。先端の細長い様は、嘶く馬のようにも見えた。

 しばらく宙に留まっていたそれが重力に引かれて落下してくると、美咲にもそれが何なのか、次第に実体を伴って判別できるようになる。

 ―スノーモービル?それに『べんつ』と、あれは―。 

 巨大な車体に連結された、その小さな姿には見覚えがあったが、美咲にはまだ、その意味が理解できない。

 やがてその物体は轟音を立てて群れの中に着地し、直下で呻きを上げる怪物の五、六体がその下敷きとなった。それらの怪物の肉を回転するタイヤで削り取りながら、なおも美咲に向かって疾走してくる。

 「うわっ」

 怪物を蹴散らして進む姿は頼もしかったが、このままでは自分も同じ目に合ってしまう。美咲は慌てて、その車体に体を向けた。

 そこに優花が乗っているわけではないことを確認して、車体と接触する直前、横腹に強烈な蹴りを入れて、その巨体を横転させる。

 「ふぅ…」

 それで完全に動きは止まった。

 唐突に表れたそれに意表を突かれたのは美咲だけではなく、周囲で怪物の動きが一瞬鈍る。

 その隙を逃さず、美咲はその巨体に目を走らせ、そこにあるはずの意味を探した。

 優花が意味も無く、スノーモービルを自分めがけて落とすはずはない。そこには、何かしらの意味が込められているはずだった。

 そして瞬時に、美咲はその理由を理解する。

 「優花…」

 横転した車体には、見慣れたあの巨大なリュックサックが、何か様々な物で何重にも巻かれながら固定されていた。

 リュックの口は空いている。そこから、今は喉から手が出るほど欲しかった様々な物が、膨大な量をもって詰め込まれているのが見える。

 怪物の群れが体勢を立て直すより一瞬早く、美咲は素早くそれに飛びついた。

 リュックから漏れだす大量のそれらの内から一つを掴み取り、追いすがってきた怪物の頭を、それで思い切り弾き飛ばした。

 そのすぐ後、右と上から迫ってきていた個体も、先の一体と同じ運命を辿る。

 振り回されるそれは金属製の、長さは背丈ほどもある、巨大なハンマー。

 美咲はちらりと足元を見る。 

 同じようなハンマーの他、鉈、包丁、鋸などの刃物、金属バット、フライパン、立て看板の支柱といった鈍器、銃、刀、その他攻撃に特化した用具まで、およそ攻撃の用に供すべきものは全て揃っていると言ってよかった。

 リュックからは依然、止めどなく物が溢れだしている。

 それら全てが、美咲の手に持たれて敵を撃破する時を、皆楽しみに待ち望んでいるかのようだった。

 「ありがとう、優花」

 『べんつ』が飛び出してきたそのビルの方向に視線を送り、美咲は優しい声で呟いた。

 今はもう怪物に隠れ、そのビルの様子は分からない。

 だがその声は確実に妹へ届いていると、そう信じている。

 すこし微笑んだその笑みは、凶器としてのものではなかった。

 優花の補給を受け、美咲は、また戦いの中に分け入っていく。

 だがそれはもう、今までのように均衡を保った戦いではない。それは一方的な侵略であり、殺戮行為に他ならなかった。

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