ミーティング・アット・キルゾーン(2)
暗い通路から飛び出して大通りに出ると、そこには無数の怪物が蠢いている。
美咲が作り出した隙間も、もう塞がりつつあった。拾った鉄棒で迫ってきた一体を薙ぎ倒し、優花が進むための道を作る。
「行って、優花!」
美咲が叫び、優花もそれに呼応して、『べんつ』のアクセルペダルを思い切り踏み込んだ。加速はスムーズに行われ、すぐに最高速へ達する。
だがその一瞬後、突然、車体が大きく跳ね上がった。
道に転がる怪物の残骸を避けきれず、タイヤがそれに乗り上げて、『べんつ』は大きくバランスを崩す。
着地後の姿勢制御もままならず、車体は高速のまま、優花の体を投げ出そうとした。
「あっ―」
「優花っ!ごめんっ!」
声と同時に、自分の体が急に浮き上がったのを感じた。背中のリュックサックが引っ張られ、その勢いのまま、空中を浮遊していく。
妙に長い滞空時間の後、優花が感じたのは『べんつ』から地面に投げ出された衝撃ではなく、何か柔らかいものと衝突をした、全身を包む不思議な感覚だった。
道の脇に建つ商店へ投げ飛ばされたのだと気が付いたのは、そのすぐ後だった。
優花が転倒してしまうその一瞬前。
美咲がリュックごと思い切って優花を投げ、地面と衝突する代わりに、優花は廃墟となって久しい沿道の商店に転がり込んだのだった。
優花は周りを見回す。そこはアウトドア用品店のようだった。冬期登山用の厚いジャンパーが、幾重にも重なって優花を包んでいる。衝撃を吸収するには最適の場所と言えた。
手足をじたばたさせて、そこから抜け出そうとする。飛ばされた拍子にリュックはどこかへ行ってしまっていた。
「むぅ、邪魔っ」
絡み付いてくるそれらを急いで振り払い、床に折り重なるポリエチレンで足を滑らせながらも、優花は店外へと出て、通りにあるはずの姉の姿を求める。
「おねえちゃ―」
それと同時、眼前に広がった光景に言葉を飲む。
闘争は既に始まっていた。
優花を放り投げた直後から、美咲は怪物の、その多勢に飲み込まれていた。優花を追いつめた物量とは比べ物にならない、全方位、全方向からの攻勢が、美咲という路上の一点に向かって雪崩となって押し寄せてきた。
怪物は秩序なく、統制も無く、他の個体を押しのけてでも美咲に食らいつこうとしていた。
ただただひたすらに、掻き分けて突き進み、襲い掛かる。大通りは一面をその影で覆い尽くされ、そこでは美咲という個体の存在は、その勢いの中に完全に埋没してしまっていた。
「おねえちゃん!」
優花は鋭く叫ぶ。
自分の眼前で展開されるこの戦闘が、その渦中にいる姉が、一体どんな状態なのかを知りたかった。
優花はここに至って初めて、戦闘中に美咲の身を案じている。戦況が有利なのか不利なのか、優勢なのか劣勢なのかを知りたがっている。絶対の無事を確信してきたその美咲の命が、あるいは消えて果てるのかもしれないと考えている。
この三百日超の生活の中で、美咲が死ぬこと、あるいは怪我をする可能性ですら、優花は一顧だにしてこなかった。
それは根拠の無い慢心でも驕りでもなく、あらゆる状況、要素、可能性を考慮した上で、それでも美咲が倒れるという未来が優花には全く見えなかったからだった。
しかしその絶対的な信頼は今、自らが初めて敵対勢力と接触したことで確実に揺らぎ始めている。
あの通路での体験が、優花の脳裏に蘇る。
感触としての死が、あの場所には確かにあった。明確な形を伴って自分に接近してくる、幻想ではなく現実としての死を感じた。
それを遥かに超える出来事が、優花の目の前では起きている。その中心にいるのは他の誰でもなく姉の美咲であり、自分はその姿を捉える事すら、できていない。
恐怖を感じた。最早、傍観は許されなかった。
優花は初めて、ある行動を起こす。
それは確かに、優花にしかできない行動であるはずだった。




