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ラスト・シスターズ  作者: 片側文庫
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ミーティング・アット・キルゾーン

 「うん、ちゃんとここにいるよ、優花」

 自分の口から発された言葉に優しい響きがあったことに、美咲は自分でも驚いた。そんな声で話しかけられる余裕があったことに、気が付かなかった。

 自分は、怒っているはずだった。美咲にはその自覚があった。

 二キロを百秒ほどでで駆け抜けた疲労でも、ビルの三階から窓を破って落下してきた反動でもなく、またそんなことは美咲にとって何の影響も及ぼしはしない。

 ただ目の前の怪物と、それ以上に自分自身に腹が立っていたことで、美咲は余裕をなくしていたはずだった。

 ビルの階段を駆け上がり、階下を確認した瞬間。

 行き止まりで無数の怪物に襲われている、妹の姿を目にした瞬間、美咲の頭は一切の思考を捨てていた。

 窓を破って落下しながら、持っていた唯一の武器、最後の長刀を落下点に向かって振りおろし、今まさに優花の首元へ噛みつこうとしていた怪物の、その胴体までを、一刀両断に斬り伏せた。

 落下の反動は受け身で吸収し、そのまま体勢を立て直すとすぐさま追撃して、立て続けに五体の怪物を切断した。

 その後ろに控える怪物の群れにも怯むことはない。次々と襲い掛かかってくるそれらに、美咲は踊るような動きで刀を振るい、その首の全てをはねていった。

 その間にも、優花の様子に気を配る。

 優花を掴んでいた怪物の全ては、とっくにその首を落とされて沈黙していたが、まだそれまでのショックが残る優花は、顔を伏せ壁に背を付けて、じっと立ち尽くしたままだった。

 「優花…」

 後ろを確かめて呟きながら、目の前の怪物を斬り伏せた。

 優花のその姿に美咲は不安を覚えたが、今はまだ、駆け寄っていってその様子を看てやることはできない。まずはこの通路から怪物の列を一掃することが、美咲のやるべきことだった。

 「多いな…」 

 二体、三体と切断しながら、美咲はその先を見据える。

 通路は細長く、思うように動けない。それは怪物にとっても同じことだったが、数を減らすにはこの場所では効率が悪すぎた。

 美咲の持つ武器も、その耐久力が無限にあるわけではない。すでに刀身がぐらつき始めているのが、振るう美咲には敏感に伝わっていた。

 「…」

 右と左に視線を巡らせ、周囲を探索する。美咲は少し高いところに設置された、工事用の足場に目を付けた。

 迫ってきた怪物の右足を蹴りで吹き飛ばし、動きを止める。その後から追いすがる数体は無視して素早く壁に足を掛け、右、左、と三回ほど壁をつたって跳躍した。

 目を付けた足場に、その勢いのまま刀の一撃を加える。それでその武器は使い物にならなくなった。弾け飛んだ刀身が回転しながら落下して、眼下の一体の頭蓋に突き立った。

 美咲は足場の内の一本、自分の身長ほどもある長い鉄の棒を掴んで、そのまま落下していく。一撃を加えられて不安定だった足場は、その一本を失ったことで一気に瓦解し始め、美咲の目の前で数体の怪物をその下敷きにしていった。

 崩れた足場が、バリケードのように怪物と美咲の間に積み重なる。

 「…それは予想外」 

 言って、美咲は後ろへと跳んだ。

 使い慣れた鉄棒を確保するための行動だったが、思わぬ時間稼ぎになった。美咲は一度戦闘から離れ、壁の傍でうずくまる優花の元へと駆け出していった。

 いつの間にそこまで押し返していたのか、怪物の先頭と行き止まりとは十メートルほどの距離が開いている。優花はその先でしゃがみこんでいた。

 「優花っ!」

 駆け寄ると、その声に反応した優花が、ゆっくりと顔を上げる。

 膝を曲げて座り込んでいるその姿がいかにも弱々しく映り、美咲はその怪我の度合いを心配したが、

 「あ、おねえちゃん…」

 という優花の声に、ひとまずは安心する。

 「どこが痛い?血が出てるとか痣になってるとか、そういう感じはある?気持ち悪かったり、目眩がしたりする?引っ掻かれたり噛まれたりしてないよね、立てなかったら無理しなくていいからね、私が絶対負ぶって―」

 「ま、待って待って」

 早口でまくしたて、身体の異常を確かめようとする美咲を何とか押し留め、優花はふらつく足で立ち上がる。

 「大丈夫だよ、ちょっとびっくり、うん、びっくりしただけ。あんなに近くであいつらを見たのは初めてだから、驚いただけだもん」

 「本当?掴まれたところ、痛かったりしないの?」 

 「それは、まあちょっは痛いけど、でも自分で歩けないってほどじゃないよ。これくらいだったらきっと、保健室に行っても授業は休ませてくれないかな」

 「そうなんだ…良かったあ…」

 心の底から安心した、というため息をつく美咲に、優花は困ったように笑う。

 「もう、おねえちゃん心配しすぎだよ。あれくらいで怪我して、約束破るような優花じゃないもん」

 だがその声はまだ弱々しく、いつもの元気も自信も無い。本当に怪我がないかどうか、不安になった美咲は優花の身体へ注意を向ける。

 だが、それは背後から聞こえた轟音で中断させられた。

 バリケードとなっていた足場の残骸が、怪物の勢いを押し留められずに砕け散った音だった。もうすぐに、再び怪物の群れが押し寄せてくることになる。

 美咲は素早く優花にリュックを背負わせ、『べんつ』の所在を確認する。それは通路の後ろの方で立てかけられたまま、見たところ損傷は無いようだった。

 「優花、急いで言うけどよく聞いてね」

 早口で、美咲は『べんつ』を準備しながら優花に言う。

 「私の後ろを『べんつ』でついてきて。絶対に前には出ないように。この通路を出たら、優花はすぐ右に走って、全速力でここから離れて、予定のゴール地点まで辿りついたらあの交番の中で待っていて。私も、これを終わらせてすぐに行くから」

 『べんつ』の準備をしながら、優花は不安げに美咲を見る。

 その目が自分を心配しているようで、美咲は少し驚いた。

 優花は、姉がどんな状況からでも生還できると固く信じている。死ぬことを微塵も予想せず、だから戦いの前に別れる時も、優花は不安そうな眼をしたことはなかった。

 それが今、優花は離れることを嫌がるような、そんな表情を浮かべて自分を見ている。

 「大丈夫。二十分で終わらせる。すぐに行くから、待っていて」

 「…うん」

 優花の頭に手を当てて、美咲は丁寧に優花を撫でる。自分の言葉以上のものを伝えようとするかのように、その撫で方はどこまでも優しかった。

 安心したように優花が微笑むまでそれは続き、そうして美咲は眼前の敵へと視線を向ける。

 瞬時に美咲の目から暖かな光が消え、冷徹な、凶器としての美咲が立ち現れる。

 「下がっていて。私が走り出したら、すぐについてくるんだよ」

 優花が頷いたのを確認すると、美咲は長い鉄棒を右手で抱え、投げる姿勢に入る。

 あの時、ビルへ向かって投げたのと同じ要領で、今度はその二倍ほどの長さの鉄棒を、何倍もの力をもって前方へ投げつけた。

 衝撃波すら発生する勢いで投げられたその一本の槍は、すぐそこまで迫っていた怪物の群れを一瞬にして薙ぎ払い、その勢いはどこまでも尽きることなく、通路を飛び出して進路上のビルの壁に深く突き刺さった。

 その隙を利用して、美咲と優花は一気に通路を駆け抜ける。

 障害となる怪物は槍に吹き飛ばされ、粉々になってどこにも存在していない。

 美咲は、背後の優花を気にしながらもバリケードの残骸を突破し、そこから一本の新たな鉄棒を補充して、またすぐに駆け出して行った。

 『べんつ』ほどではないにしても、美咲は速い。追う優花と共にその通路を抜け出すまで、ほとんど時間はかからなかった。

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