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ラスト・シスターズ  作者: 片側文庫
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オペレーション・ハーメルン(2)

 十二時二十五分。第二段階、進行中。

 優花の疾走も、ひたすらに続いている。

 コースは既に半分以上を消化した。通過した目標のビルも半数をとうに超え、ついさきほど、十六軒目のビルから怪物をおびき出したところだった。

 「ああぁーっ!もう気持ち悪いったらぁー!」

 その叫びは、背後の騒音にあっさりとかき消された。

 邪魔する物を蹴散らして進む、膨大な数の足音が響き渡る。

 優花の背後には、黒々とした影ばかりが見える。

 誘い出してきた怪物の数は無数に膨れ上がり、その光景はまさに悪夢的であり、地獄絵図だった。

 腐りきった血を撒き散らし、剥がれ落ちた皮膚を振り回し、目だけは残酷な光に輝きながら、道路に溢れかえって走り続ける、膨大な量の怪物達。二本足で駆けるモノ、四足になって疾駆するモノ、それら全ての目標は、先頭を走る優花ただ一人に絞られていた。

 総数、およそ六千五百。

 それはもはや個を個として認識できる量の限界を超え、今や完全に、一つの巨大な生命体として優花を飲み込もうとしていた。

 幾千もの足で駆け、幾千もの腕で捉えようとする、一個の巨大な生命体。

 無数の足音がその咆哮であり、無限の殺意がその意識だった。

 優花はその脅威を背後に感じながら、しかし一方では冷静に、着実にコースを消化し続けている。

 「今が二十八分、全然遅れてないし、このままならあと七分でゴールできるっ」

 ハンドルに取り付けた腕時計で時刻を確認し、自分の走行が順調で予定通りであることを何度も確認する。

 カーブに差し掛かり、優花は車体を右へと傾けた。

 それまで走ってきた、ビルの狭間の一本道から広い大通りへと再び抜け出し、 優花は僅かに速度を引き上げる。ペダルを少しだけ強く踏み込むと、『べんつ』は敏感にそれに反応して、優花を乗せて走る勢いに少しの力が加わった。

 それまではビルに遮られて届かなかった陽の光が、優花の両目に思い切り飛び込んでくる。目を細め眩しそうにして、それでも自分の進路から視線を逸らすことはない。

 今のカーブが、最後のカーブのはずだった。この大通りは、そのまま美咲の待つゴール地点へと一直線に続いている。ここを走りきれば作戦の第二段階は終了、背後の地獄は殲滅されたのも同じことになる。

 優花は自分の気持ちが昂るのを感じた。

 終わりが遠くなくなったことへの興奮、自分たちを脅かし続けた怪物が一掃されることへの期待、姉の元へ帰れるという安心。

 さまざまな感情が重なり合って、そのどれもが優花にとっては心地のいいものだった。

 それと同時に、狭い道で思うような動きが取れずにいた怪物の動きが、背後で活発化したのも感じ取る。

 たまった憤懣を晴らすかのように群れは大きく横に膨らみ、道路をいっぱいに使って優花に追走していく。歩道も車道も埋め尽くして、暴徒のように突き進んでくる。

 優花と群れとの間隔が、少し狭まった。

 障害は避けて進まなければならない優花と、おかまいなしに乗り上げ、弾き飛ばし、突っ込んでくるそれら怪物とでは、障害の数が多いほど有利不利の差が生じてしまう。

 特にこの最後の直線では、その距離が他と比べて長い分、決して追いつかれないように速度への注意が必要だった。

 気持ちの高まりを抑えて、優花は冷静にペダルを操作する。

 『べんつ』の速度がまた少し上がり、最高速度へ近くなる。まだ若干の余裕は残されてはいるが、背後との間隔を保つためにはこれが最適な速度だと、優花は判断した。

 速度を上げつつ、右に左にと、障害となるものを丁寧に回避していく。

 だが背後との距離は離れない。群れの速度は一定だったが、障害の回避が不要だという利点は、この二者にとって決して小さなものではないようだった。

突然、鼓膜を揺るがす強い衝撃と共に、轟音が響いた。優花は思わず顔をしかめる。

 強烈な力で弾き飛ばされた車の車体が、優花の横を転がっていった。車体の腹は大きく窪み、受けた衝撃の強さを物語っている。

 「むぅ、ちょっと近い―」

 それを見て、自分と群れとの間隔を測り直す。

 振り返ることはできない。速い速度で走行し、加えて障害も多いこの道では、一度振り返っただけでも多大な危険が生じる。背後との距離は音と気配とで感じ取るしかなかった。

 そして今、群れは優花の想像よりも接近しつつあった。破壊された車体が自分を追い越して行ったことで、優花は初めてそれに気がついた。

 「やっぱりつけておけばよかったかなあ」

 後悔するように呟き、ハンドルの右端を撫でるように触る。

 本来は後方確認用のミラーを取り付けるはずだったその場所には、今は何もついていない。適当な品が見つからず、面倒臭さも手伝って、結局ミラーは無しにしてしまった。

 「後ろなんて全然見えないし、なのにすっごい気になるし。今度おねえちゃんに頼んで一緒に探しに行ってもらお」

 言って、ペダルに加える力をさらに強くする。

 最高速度、一歩手前。それでようやく、両者の距離は適正な間隔に保たれた。

 「私の『べんつ』に追いつこうなんて、生意気っ」

 言葉に強気な色を含ませて、優花ははっきりとそう言う。

 踏み込むペダルには依然として余裕が残る。

 その速度を維持しつつ、優花は直線の大通りを駆け抜けていった。

 背後の群れも変わらずに追い続けていく。諦める気配などは微塵も無く、弱っている様子も見られない。

 無限に続く体力でどこまでも追い回す、残酷なまでの凶暴性を持ったモノ達。それが今、優花の背後で六千五百の群れを成す怪物の脅威だった。

 この街に残る最後の獲物の片方を、そのモノ達が逃すはずもない。きっとどこまでも追い続け、食らいつくまで止まることはないだろう。

 優花も、その事は十分に分かっている。分かっているがその上で、あくまでも一定以上に間隔を広げようとはしていない。

 地獄のような三百日超の経験は、怪物の凶暴性を知り得る以外にも、それらと敵対するという意識を、二人の中に芽生えさせていた。

 その脅威から逃げるのではなく、立ち向かい、打倒するという意識。

 実際に、今も優花は逃げているのではない。もちろん立ち止まればそこにあるのは死であって、その意味で変わりはないのかもしれない。だが逃走に終わりが無いのと違って、優花がしているのは誘引、目標を殲滅するための一手だった。そこには勝利の可能性、という明確な違いが存在している。

 終わりなき逃走ではなく、終わらせるための疾駆。

 優花がしているのはそういうものだった。

 それも、もうすぐ成功をもって完結しようとしていた。

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