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ラスト・シスターズ  作者: 片側文庫
20/35

オペレーション・ハーメルン

 「どうー!?ちゃんとついて来てよねーっ!!」

 放置された車の間を縫うように走り抜けながら、優花は後方へそう叫んだ。

 約四十体から成るその怪物の群れは、障害物である廃車や瓦礫などものともせず、それらを弾き飛ばしながら優花の背後を追い続けている。

 飛ばされた車や街灯や、その他様々なものが、様々な音を立てて転がっていくのが優花にも聞こえる。

 しかし後ろは振り向けない。

 走る道は確かに大通りではあったが、それゆえに障害物の数が他の道の比ではない。追ってくる怪物には関係がないのかもしれないが、弾き飛ばすわけにもいかない優花にとってはそうもいかなかった。

 ハンドルは切らず、体重移動で車体を傾け、進路を調整する。

 『べんつ』は時に直線を、多くの場合は曲線を描きながら、障害を回避して疾走していく。

 「危なっ!」

 僅かな段差でも、車体は大きく跳ね上がる。慌てて方向を修正する優花の耳に、先ほどかわしてきた車が叩き割られる音が届いた。

 「ほらあっ、早く追いついてきなって!」

 それを聞いても、優花はあくまで楽しそうにしている。

 背後からは咆哮と、暴力的な破壊の音ばかりが追いかけてくる。

 それでも、優花に恐怖は無かった。

 適正な速度を維持できているし、進路も正しい。後ろとの間隔も丁度いい。

 それが優花にとっての全てだった。

 速度は落とさず、障害を次々と回避していく。

 やがて優花の目に、鮮やかな赤色が飛び込んできた。

 ビルにぶちまけられたペンキで描かれる、「×」のマーク。

 十階建てのそれの、三階部分から一階部分までを使って大きく印を打たれた、それがまず一つ目の目標だった。

 「まずは一つ―」

 速度は落とさない。できるだけそのビルに寄って走行するように、徐々に進路を左寄りへと変更していく。

 やがて歩道に乗り上げてしまうと、そこは今まで走ってきた車道よりも障害物が少なかった。

 優花はちらりと背後を見やって、自分を追いかけてくるその怪物の群れを視界に捉えた。

 「あれっ、増えてるじゃん!」

 その先の様子に、少し驚く。

 車に飛び乗り、あるいは弾き飛ばし、そうして猛追してくるその群れは、いつのまにか総数を百体ほどに増やしていた。

 いつ合流があったのか、優花には分からない。

 だが獣のように四足で駆けよってくるそれらの数が増えていることは、優花にとっては「嬉しいこと」だった。

 「そうそう、そんな調子でお願いね」

 集まれば集まるほど、作戦は成功へと近くなっていく。優花にはそれが嬉しかった。

 にっこり笑って、再び正面を見据える。

 赤いバツ印はもうそこまで迫ってきている。それを確認して、優花は自分の走行状態が正しいかどうか見極める。

 進路、適正。速度、適正。後方との距離、適正。

 「よおし、さあ、出てこーい!」

 ビルの正面を優花が通過した、その瞬間。

 それ自体が内側から破裂したかのように、中から大量の怪物群が噴出した。

 入り口からだけではなく、三階から、六階から、屋上から、あらゆる窓という窓から、漏れ出すように怪物が降り注いでくる。

 後先を考えずに飛び出す怪物の内いくらかは、そのまま地面に叩きつけられて沈黙したが、多くは執念深く立ち上がって、優花を猛追する群れの中に加わった。

 怪物の濁流が膨れ上がる。

 大通りはたちまちに、一つの点を先頭とする群衆の姿で埋め尽くされた。

 「一つめ、くりあー」

 小さく呟いて、その先頭の点である優花は、以降のコースを思い返す。

 この後、今よりは細い道に入る。障害となる車は少ないが、道路の破損が激しいことに注意しなければならない。目標のビルは二つ、立て続けに。それを突破した後はまた大通りに抜ける。そこにも目標が三つ並んで建っている。

 そこまで終えてもまだ数は六つ。

 目標の巣の数は十八―。

 「まだまだだよ、優花」

 表情を引き締めて、そう呟いた。

優花の呟きは流れるまま、後方の群れに飲み込まれる。そこにあるのは咆哮し疾走し破壊を続ける、獣たちの群れ。

 数を増したそれは未だ優花には追いつけず、しかし怒涛の勢いは少しも衰えを見せないまま、優花の後ろを追い続けていた。



 一つ目の目標を優花が通過した直後、感覚の網にかかる動体の数が一気に増したのを感じ取った。

 「とりあえず。作戦の前提は合っていてよかった、かな」

 視線をその大通りの方へと送りながら、美咲は静かに呟く。そこでは数百体に増えた怪物の群れが、今も群れとなって妹を追いかけ続けているはずだった。

 その騒ぎとは無縁のように、美咲のいる広場は静まり返っている。

 優花がコースを周り、この場に戻ってくるまで約三十分。優花の周囲で異変が無いかどうかを警戒する以外、それまで美咲にはやることが無い。

交番での美咲の姿は、傍から見れば退屈を持て余して、ただ立ち尽くしているだけのようにも見える。だが美咲にとってはこの時間こそが最も集中するべき時間であり、今もその感覚で優花の位置を正確に捉え続けていた。

 「練習通りに走れているみたいだね。その調子だよ、優花―」

 先はまだ長い。美咲の感覚でも、その広大なコースの全域をカバーすることはできない。優花に姿を追い続け、その背後の群れと周囲のビルとを感じ取るのが精いっぱいだった。

 優花はますます速度を上げ、美咲の元から離れていく。ラジオのノイズが増すように、その動きがだんだんと読めなくなってくる。

 「やっぱり、間に障害物が多すぎるか…」

 苛立たしげに言いながらも、決して優花を見失わないよう、集中力を高めていく。

 優花が離れていく分だけ、感知できる範囲は狭まっていった。美咲はそこに全感覚を投入して、必死にその姿を追い続ける。そしてそれが故、逆に手近な場所での動きを見逃してしまっていた。

 美咲は気が付かない。今は遠方の、優花の姿を追い続けている。

 そしてその裏をかくように。

ゴールから少し離れた、巣の十七番と十八番。

 そこでは秘かに、怪物達の胎動が始まっていた。

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