シスターズ・ナイト
「じゃあ火はやっぱりバツ。電気もバツ。水もバツ。それから」
手元のメモ帳に何かを書きつけながら、優花は小さな手をしきりに動かしている。それを見ている美咲の目は優しく、可憐なものを見ているように細められていた。
二人の間には煌々と照るランタンがある。それを挟んで、優花はソファに転がりながら、美咲は椅子に座って、それぞれがそれぞれにやりたいことをしていた。
どこかのアパートの一室。
八畳一間の他にはユニットバスと押入れしかない、典型的な一人暮らし用のアパートだった。
二人の生活に必要なものは、全てこの室内に詰め込まれている。室内は狭く足の踏み場も無いほどだが、二人にとっての生活の本拠はここをおいて他にはなかった。
室内の所々には、拾ってきたような絵や置物や人形が、飾ってあるのと置いてあるのとの中間の感覚で設置されていて、それがさらに部屋の面積を狭めている。
全てが優花の拾い物であったが、姉の美咲はそれに関しては許す方向で決めているのか、叱りもせず文句も言わず、従って調度品は増えるばかりだった。
そういった物に半ば埋もれるようにして、ソファとベット、椅子などの家具が置かれている。優花の寝転がるソファにも、可愛らしい縫いぐるみが山となって積まれていた。
縫いぐるみに寄りかかりながらの作業にもけりがついたのか、優花は書き込んでいた手帳を丁寧に畳んでから、あの巨大なリュックサックの外ポケットにそれをしまいこんだ。美咲は手元の本に再び視線を落としてから、読んでいるようないないような、とろんとした目で文章を追っている。
「むぅ。やっぱり、あいつらは、頭を潰すか大きい衝撃を与えるか、それくらいしか倒す方法はないみたいだよ」
どさ、とソファに座り込み、誰に言うともなしに優花は口を開く。
「燃やしても感電させても水をかけても、大して効いてる感じじゃないんだもん。でもできれば、今日みたいな罠で済むようにしたいんだけどなあ」
「優花が考えてくれる罠は、みんなとっても上手だと思うよ、私」
本から顔をあげて美咲が言う。すぐに中断できるあたり、そう集中して読んでいたわけではないらしい。
「今日だって八も減らせたもの。ずいぶん助かったんだよ」
「おねえちゃんが出なくてもいいような方法を考えたいの。あんなのにおねえちゃんが怪我させられるなんて思ってないけど、でも、やっぱりちょっとだけ怖いし…」
「私なら大丈夫だよ。今日だって、危ないところは一回も無かったでしょ?」
「そうだけど、むぅ…、そうじゃなくって」
俯く優花を困ったように見る。本を置いて立ち上がり、優花の座るソファに並んで腰かけた。
こてん、と優花の頭が隣にいる美咲の肩にもたれかかる。美咲はその頭を優しく撫でながら、静かに言った。
「おねえちゃんは大丈夫。優花がけがしないことが一番だけど、二番目は私がけがしないこと。それが私の決め事、私たちの約束でしょ?」
「うん…」
「優花を守るよ。怪我しないようにもそうだけど、悲しい思いをさせないように。絶対に、泣かせないように」
「でも、私だっておねえちゃんの」
「もう十分助けてもらってるよ。あんなにおっきなもの持ってくれて、ずっと傍にいてくれるんだから」
「そう、かな…」
「そうなの。だから今まで通りのやり方にしよう?私は絶対大丈夫だから。優花も私も、絶対大丈夫だから」
「…うん」
ソファに深く腰掛け、互いの呼吸を確認するように身を寄せ合う。
その内、優花の口から規則正しい寝息が聞こえてきた。
その寝顔を見て、美咲は優しく微笑む。妹を起こさないようにそっと立ち上がり、寝かせた体に毛布を掛けた。
「少し寒くなってきたね。まだ夜は冷えるから」
言いながら、眠る優花の髪を優しくなでる。
それから机の上のペンを拾い上げ、壁に貼り付けられた画用紙に歩み寄った。
「今日も一日、無事に終わりました。感謝します、見知らぬ誰かさん―」
きゅきゅ、と音を立て、白紙に数字が刻まれていく。
「321」
それは一日が終わるごとに刻んだ数。
二人しかいない、生物がたった二人しか存在しない世界で、二人が生き延びた日数の記録だった。
いつ終わるとも知れない、生存をかけた闘争の、日数の記録だった。




