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ラスト・シスターズ  作者: 片側文庫
19/35

シスターズ・アット・ザ・ポイント(3)

 思いっきり伸びをすると、頭がひっくり返って背後が見えた。その先に伸び続ける道路の、その果てまでもが見えるようになる。

 瞬きをするごとに、その果てが少しずつ近づいているように見えた。

 背中が痛くなってきたので反り返るのを止め、優花は上体を起こして後方を振り返る。

 振り返って見ると、道路の果ては意外なほどに近く見えた。

 「さっすがおねえちゃん。ホントに来てるじゃん」

 それを確かめて、優花は楽しげにつぶやいた。

 道の果ては、黒い影のように揺らめいて、徐々に大きくなってくる。道路は侵食されていくるうに短くなっていき、それはまっすぐ、優花の方へと向かってきている。

 そして当然、それは道の果てなどではなく。

 優花はリュックからコードを引き延ばして、『べんつ』の底部と接続させた。

 ついでに中から小型の双眼鏡も取り出して、迫ってくる影へとそれを向けた。

 「に、し、ろ、…うーん、四十、もっといるかな。おねえちゃんが言ってたよりも、数は多いみたいだね」

 覗き込んだ双眼鏡には、群れとなって蠢く怪物の姿がはっきりと映し出されていた。道路いっぱいに広がって、それらはあの不気味な動きでゆっくりと進行している。

 相対距離は依然、大きく開いている。まだ優花に気が付いた様子は無く、濁って何も映さない瞳がそのまま、陽の光を受けて鈍く光っていた。

 「まだちょっと遠いなあ。何であんなにおっそいんだろ、もっと早く…うわあ、あいつ左腕ちぎれちゃってるよお、あっちは頭の中が半分むき出しだし…」

 気持ち悪いっ、と身震いして、優花はそちらを見るのを止めた。

 右に双眼鏡を向けると、駅の入り口脇に交番が見える。いつもとは立場を異にして、今は美咲がそこにいるはずだった。

 探してよく見てみると、確かに姉がそこにいる。

 交番内で窮屈そうに立ち尽くしていた美咲は、自分に視線が向いていることに気が付いたのか、顔を上げて、優花に向かって手を振ってきた。

 小さく手を振ってそれに応えてから、優花は双眼鏡から目を離す。だがどうやって目を凝らしてみても、美咲の姿は肉眼では確認できなかった。

 優花は双眼鏡をリュックにしまって、改めて怪物の群れへと注意を向ける。

 もうそれは、だいぶ近くまでやってきていた。

 怪物の一体ごとの特徴が優花の目に入るほどの距離だったが、緩慢な動きに変化はない。その瞳の色の通り、視力は人間だった頃より格段に低下しているらしかった。

 だが接近していることに変わりはない。

 優花は『べんつ』のモーターを駆動させ、走り出す準備をする。

 頭の中にあるのは、いつか見た、たくさんの車がサーキットに集まって、エンジンを吹かすあの光景。両親に連れられてそういう場所へ行ったのか、それともテレビの映像だったか、もしくはゲームでのイメージか、優花にはそれもはっきりしなかったが、とにかく頭の中にあったのはその映像だった。

 青になると同時に、車が爆音を上げて一斉に走り出す。タイヤが地面を削って白煙を上げ、力強く、その先に続くコースへと駆け出していく。

 自分の『べんつ』だってあれと同じだと、優花は思っている。

 スタートの合図は、きっと背後から聞こえてくる。それが近づいてきているのが、振り向かなくても感じられた。

 ボードに両足を乗せ、ハンドルを握り、アクセルペダルに足を置く。

 視線は正面。表情は笑み。

 ―もう近い。

姉のように正確には感じられなくても、何となく優花にもわかる。

 ―もう近いんだ、もうすぐ見つかる。

 心が躍り、鼓動が高まる。

 自分が笑っているのが分かる。トラックレースのスタートのように、号砲が鳴るのを待つ。

 こんなに楽しみだったのは、久しぶりだった。

 早鐘を打つ鼓動のせいで、時間の進みがやけに遅く感じられる。

 けれど、気配は確かにそこにある。

 だから振り返らず、その時を待った。

 ―来る、もう来る、今すぐに。

 「来る、来る、来るよお―」

 待ちきれずに、思ったことが口から漏れる。

 その後一瞬、時が止まったように思えた。

 全てが静止し、全てが息をひそめたかのような一瞬。優花は確かに、その一瞬を知覚した。

 そして。

 ついにはそれも過ぎ去った。

 嵐のような咆哮が響き渡る。

 四十を超える、獣と化した怪物の、割れるような大音量の咆哮。

 後方、約二十メートル。地を蹴る音と共に、その轟音が優花にも聞こえる。

 「さあっ、優花の時間だよっ!」

 叫んだのは、自分か、姉か。

 咆哮と、響いたその声を耳に捉えながら、優花は思い切り、アクセルペダルを踏み込んだ。

 同時に、ギアを『1』へ。

 優花の乗った『べんつ』はすぐさまそれに反応し、急加速して発進する。

 怪物は既に地を蹴り跳躍し、獲物のいた場所へと飛びかかっていた。

 だが、もうそこに優花はいない。出力を上げつつ、優花は疾走を始めていた。

 目標を見失った怪物は、着地すると同時に身を起こし、一つ大きく吠えてから、目の前を疾走する優花を猛烈な勢いで追尾していった。

 そしてそれはその後に続く、すべての怪物も同じく。

 黒い影が濁流となり、まるで一個の生命体であるかのように、優花を猛追する。

 襲い掛かり、食い荒らす。それをただ目的とした、一個の生命体。

 優花は背後にその脅威を感じながら、それでも確実にそれとの距離を保ちつつ、『べんつ』を走らせていく。

 「ハーメルン作戦」、第一段階クリア。

 十二時五分、作戦は第二段階へと移行した。

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