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ラスト・シスターズ  作者: 片側文庫
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シスターズ・アット・ザ・ポイント

 「うん。大丈夫そうだね」

 優花が『べんつ』に乗って走り回るのを見て、美咲は安心したように言った。

 目的地からは少し離れた駅前の大通りで、優花による『べんつ』の最後の調整が行われていた。

 美咲の言うように、作戦当日でもこれまでの動きとまるで変わらず、それは驚くほど機敏なものだった。

 背負った巨大なリュックの重量が無視されているかのように、『べんつ』は容易く方向を変え、加速も減速もスムーズで、時には段差を利用してのジャンプ走行までこなしてしまう。

 軽快な愛車の調子に満足した優花は華麗なターンで方向を変え、美咲に向けて一気に加速したかと思うと、次にはその傍でぴたりと停めて見せた。

 陽に照らされて、その車体が銀色に煌めいている。

 改造済み優花専用キックボード『べんつ』。

 最大時速四十キロ、総重量十キログラム、全長八十センチ、全高百十センチ、対象年齢六~十二歳(未改造時)。優花特製『べんつ』専用オフロードタイヤ使用。三段階可変速ギア、優花特製『べんつ』専用高出力モーター搭載。ハンドル部分にエンブレム装飾済み(無許可)。

 外部電源接続型モーター駆動式。単独走行不可、「優花のリュック」接続時最大稼働時間約三時間(出力最大での走行時)。

 それが優花の操る、規格外なキックボードの全容だった。

 試験走行で判明した不具合を、それがどんなに些細なものでも丁寧に解消し、また優花本人が操縦しやすいように入念なチューンも施され、その走行性能はほとんど小型バイクと変わるところがないほどまでに到達した。

 「もっと速くしようと思えば簡単にできるのに」と暴走を続ける優花を美咲が押し留めたおかげで、夢の時速六十キロ達成はならなかったが、それでも今回の作戦に用いるには十分すぎる性能に仕上がったと二人は思っていた。

 そして今日に至り、その調子にも問題は見られない。

 作戦の成功、ひいては優花の生死にも繋がるその機体の状態は、今は全く普段通りのベストと言ってよかった。

 電源を切り、コードをリュックの中に回収して、優花は一度『べんつ』から離れた。

 「大丈夫そうだね」

 改めて言う美咲に、優花はにこっと笑って応えた。

 「うん、昨日は夜までかかって調整したんだもん。タイヤもハンドルもギアもモーターも、全部で問題なし、だよ」

 「そう言えば随分遅くまでかかってたね。そんなに気になるところがあったの?」

 「うん、ちょっとだけ。さいしゅーちょーせー、してたから時間がかかったの」

 「…そうだったんだ」

 優花の言い方に少し違和感を感じたが、気にしないでおく。

 長かったと言ってもその調整は日暮れの後、一時間ほどの間だけ。その時間で優花に何か特別な、危険なことができるとも思われなかった。

 だから美咲は具体的には尋ねずに、

 「きっと、その調整が良かったのかな」

 そう言うにとどめた。

 優花は嬉しそうに頷いて。

 「そうだよ、優花のちょーせーだもん!」

 そうして得意満面の笑みを浮かべている。

 美咲もそれに笑いかけて、しかしその後すぐ、引きしめるような真剣な表情になった。 視線は優花を離れて、彷徨うように遥か彼方へと向けられる。優花を見ている時とは違う、厳しい視線と表情を浮かべている。

 姉の雰囲気が変わったのを見て、優花は押し黙った。その変化がどういう意味を持っているのか、もちろん優花は知っていた。

 美咲は索敵の精度を上げるために集中の度合いを引き上げ、自分を中心にした広範囲へと感覚の網を張り巡らせていく。

 その目は鋭く、その表情は固い。

 目の前にいる優花にとってはその変化も見慣れたもので、特別驚きもしないが、この時の姉には話しかけにくいのも実際のところだった。

 普段の優花であれば、隠れ場所へ引っ込んで双眼鏡を覗くか、または美咲の背後で退屈を持て余しているか、そのどちらかだった。けれど今日は、自分にも明確な役割が存在している。

 背後に停めた『べんつ』を見る。脳内で地図を広げ、何回も走ったコースを繰り返し、反復して思い返す。

 建物の様子、景色だけではなく、各地点での速度、カーブへの進入角度、正確なタイム、操縦の感覚。必要な情報を頭で、繰り返して参照する。

 ―テストの時だってこんなに一生懸命じゃなかった。

 思い返しながら、優花はそんな風に思う。

 ―覚えたり考えたりするのって、だいっきらいなんだけどな。

 記憶に頼らず、その場面で最良と思えることをする。

 余計な思考はせず、時間をかけずに反射的に行動する。

 優花はこれまでずっと、そうやって感覚的に行動してきた。

 今日はそうではない。

 今までの、テストや遊びなどとは違う何かを、優花はこの役割の中に感じ取っている。苦手な記憶を活用し、嫌いな思考を用いてやらねばいけないことだと。

 ―でも、べつにヤだって思えないから。

 思考は巡り、記憶は反復され続ける。

 一周、二週とコースを駆け抜けるシミュレーションが続く。

 それが三週目の半分まで到達したとき、

 「じゃあ、行こうか」

 姉の声で、優花の思考は途切れた。

 見ると、の鋭い目も硬い表情も、そこには無い。

 自分を見るのは優しい目であり、自分に見えるのは柔らかな表情だった。まるでいつも通りの美咲の姿。

 それで優花も、いつも通りになる。

 「うん、おねえちゃん」

 そうとだけ答えて、優花は『べんつ』の上に乗った。

 美咲は、そんな優花の様子をただ眺めている。

 眺めていて、ふと思い当たる記憶が、自分の中に残っていることに気が付いた。

 ―優花の、あの背中には見覚えがある。

 思い返すまでも無い。妹に関する記憶であれば、どんなものでも一秒足らずで再生が可能な美咲の記憶野である。

 「あの優花は、そう、運動会の」

 思い当たったのは小学校の運動会。美咲は自分の学校があったために観戦はできていないが、送り出すだけはできた。その時に見た優花の背中が今のそれだと、美咲は思った。

 そうであれば。

 いま、優花の思っていることははっきりとわかる。

 「優花、楽しみだったりする?」

 『べんつ』に乗る後ろ姿に、美咲はそう尋ねた。

 あの運動会の時も、校門を抜ける優花に同じ問いを投げかけた。

 優花は振り返る。まるであの赤茶けた校門まで、そしてその先に広がる校庭まで、美咲には幻視できてしまうほど、その時と全く同じ笑顔で。

 「うんっ!」

 笑顔と、満ち溢れる自信を持って、優花は頷く。

 確かな実力、入念な準備に裏打ちされた、自分の活躍を信じて疑わない純粋な自信。

 何よりも運動を得意とした優花の、その活躍が約束された行事に出向く姿と、今の優花の姿とは完璧に一致していた。

 相手が誰であろうと何であろうと関係なく、優花のその自信は揺らぐことがない。

 僅かな不安も残さないその笑顔を見て、美咲の確信はより強固なものになる。

 「…そっか」

 美咲は呟いた。もう不安要素など、一切見当たらないように思えた。

 そして優花は進みだし、美咲もそれに続く。二人はそのまま歩みを進めた。

 目指す先にあるのは、あのモニターを備えたビル。

 スタート位置であり、ゴール地点であり。

 そして決戦場となるはずの、あのビルの正面だった。

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