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ラスト・シスターズ  作者: 片側文庫
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ザ・ベストデイ・フォー・クラフト

 「よおし、それじゃあ!いよいよ最後の仕上げを始めるよ!」

 今日も晴天、今日も絶好の野外工作日和。

 優花は元気に拳を突き上げ、それでもなお足りないのかぴょんぴょん飛び跳ねながら、高らかに工作の始まりを宣言した。

 隣で控える美咲も、腕を突き上げてそれに応える。

ここ一週間、二人してこの工作にかかりきりだった。それが今日、ついに完成の目を見ることとなる。短い期間ではあれ、喜びは大きなものだった。

 アパートの下、元々は駐輪場があった場所。屋根も支柱もなくなり、ただの空き地と化したその場所が、二人にとっては絶好の工作場所となっていた。

 資材置き場の倉庫からも近い。初日が始まってすぐ、美咲はそのことのありがたさに気が付いた。

 資材を運び出す作業は美咲が行った。優花の指定する材料はどれもかさばり、重たく、そして錆びやカビで妙な匂いがする。

 自室まで運ばなければならないとすればどれほどの労力か、美咲は工作場所が野外の、割合近場でよかったと心から思ったのだった。

 美咲の仕事はそれだけにとどまらない。材料を切ったり押さえたり持ち上げたり、一日の終わりには作成中のそれを倉庫に戻したりとよく働いた。 

 貼りあわせや配線、全体の組み立てを優花が行い、危険で力の必要な仕事を美咲が受け持った。それはいつの間にか優花一人の工作ではなく、姉妹二人が協力して行う工作になっていたのだった。

 それも今日、全工程が完了する。

 一週間というのは長くもないが、達成感を得られないというほど短くもない。

 もうほとんど完成しかかっているそれを倉庫から搬出する途中、美咲は何か嬉しいような、さびしいような、そういう微妙な感動を覚えた。

 作業場でそれを待つ優花には、まだそう言った感慨は得られないらしい。またそういう性格でもなかった。ひたすらに待ちきれないというように、美咲の運んでくるそれを、首を長くして待っていた。

 そして二人は、最後の作業に取り掛かる。

 全体のバランス調整。強度の再確認。出力の調整。塗装と、ほんの少しの装飾。

 ここまでくれば美咲の仕事はほとんど残っていない。真剣に、黙々と作業に打ち込む優花を、階段に腰掛けながら見守っている時間がほとんどだった。

 そうして二時間ほどが経過した後。

 「できた…」

 優花の小さな呟きと共に、それは完成する。

 自分が設計し、姉と共に作り上げたそれを、しばらくはじっと眺めていた。

 そこに信じられないものを見たかのように立ち尽くし、どこか呆然としたように。

 しかしそうしている時間は短かった。

 勢いよく振り返ったかと思うと、しばらく口を震わせ、やがて

 「でっっっきたあああああああ!」

 歓喜の声を上げながら、美咲のもとに飛びついて行った。

 「できた!できたよおねえちゃん!」

 「うん、よかったねえ優花」

 「うん!うん!」

 胸に抱きついてきた優花の頭を、心底愛おしそうにゆっくりと撫でる。

 視線を上げればそこには二人の作品が、その様子を見守るかのように静かに鎮座している。

 それは一台のキックボードだった。

 もちろん、一週間かけて念入りな設計と改造を施された特別製である。 

 車輪は小型のゴム製タイヤに換装されて走行性能が向上した。荒れた道路を走行するのに、一般のプラスチック製では強度が足りない。

動力は人力ではなくモーターを利用する。それは優花が集めてきた扇風機のモーターだが、それにさらに手を加え、出力は違法とさえ言えるほどに強力なものとなっていた。それが底面に取り付けられ、併せて設置されたギアボックスと噛み合って後輪を駆動させる。ボックス内の三段変速ギアはハンドルを捻ることで調節ができた。

 終わってみればそれは最早キックボードの枠にとどまらない、どちらかと言えば電動のバイクに近かった。

 実際、モーターの稼働試験では時速五十キロを記録している。もっとも人を乗せていない、タイヤを空転させての実験だったから、走行速度はそれよりは下がるだろう。

 そんな違法改造キックボードを一週間で作り上げる優花の技術力は一種の異様だが、その製作者本人は、今は姉の腕の中で歓喜を爆発させている、一人の少女でしかなかった。

 「ううぅー!作るのって疲れるし面倒だし大変だけど、全部できるとやっぱり嬉しいんだね!やめなくって良かった!」

 「そうだね、やっぱり優花はすごいよ。短い時間でこんなものまで作っちゃうんだもん」

 「そ、そうかな、優花、すごいかな」

 「うん、すごいよ。びっくりしたよ」

 「ふふん、そうだよね、びっくりするよね。でも、絶対作れるって思ったから。材料はいっぱいあったし、時間もあれだけあれば十分なんだよ!」

 得意満面の優花に頷きながら、微笑みながら、その頭を撫でる。

 美咲のその微笑みは、完成を単純に喜んでいるものとは、少し性質を違えるもののように見えた。

 「でもおねえちゃんにもいっぱい手伝ってもらったね。おねえちゃんも嬉しい?」

 「…うん、私も、完成して嬉しいな」

 意識させないほどの間をおいて、美咲はそう答えた。

 それを聞くと優花はまた、にこっと笑って、美咲の腕の中から離れていった。

 その改造車の元へ歩いていく。走行試験をするつもりらしい。

 それを見る美咲の表情に少し影が差す。喜びよりも不安の色が濃く滲んでいた。

 「…大丈夫、私が許したんだもの。今更、何考えてるの」

 自らを叱咤するその声はあまりに小さく、心の中に広がる不安を打ち消すことはできなかった。

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