8.選択の時
ミノリさん、話が長いです。でもこういうキャラなんです、許してあげてください。
ろくろ首から僕達を助けてくれた女性は鍋島ミノリと名乗った。
事情を聞きたがる僕達に「ここでは人目が多い」と言って、彼女はとある家へと向かった。
人目どころか、誰もいないじゃないかと言いかけた僕だったが、いつの間にか街の風景が変わっていることに気づく。
一体何がどうなったのかはわからないが、ろくろ首がいなくなってふと周りを見渡してみれば、街は普段の姿を取り戻していたのだ。
そう、通りに人が歩いていたのである。
先ほどまでは通りにも店の中にも、確かに誰もいなかったのにだ。
一体何が起こっているのか。僕が彼女に連れられた家で最初に発したのは、その言葉だった。
すると彼女は立て板に水を流すように怒涛の勢いで喋り続け、今僕達に何かの選択を迫っている。
「いや、いきなり選択しろと言われても、もう少し今の状況について説明してくれないかな」
彼女の言い分では僕達が原因でさっきのろくろ首が現れたということだが、全く心当たりがない。
しかも、まだ事件は終わってないというのだ。
「ああ失礼、話を端折りすぎてしまったね。久しぶりに人と会話をしたものだから、ぼくと同じ知識があるかのように話をしてしまったよ。そうだな……まずはどこから話せばいいだろうか、うん、君達はさっきみたいな生物を、これまでに見たことはあるかい?」
「いや……」
「ない……よね」
そんなものに出会ったら絶対覚えているだろう、記憶喪失にでもなってない限り、会ったことがないと断言出来る。
「ふむふむ、そうか。あれはだな、人によって呼び方は様々だが、鬼、魔物、異形、などと呼称されている者達だ。ちなみにぼくは魔物と呼んでいる。特に深い理由はないよ。まぁ、鬼というには見た目のイメージが異なるし、異形といっても動物のような姿をとっているものもいるからね。なんとなく魔物がしっくりくるかなと思っただけだ。さて、そんな魔物達がなんであるか、実はこれについてはよくわかっていない。遥か昔から存在していて、時折我々の世界に現れては悪さをしていく、くらいのことしか判明していないんだ。これには色々と理由があるが、一番大きいのはこの魔物達が存在するとされる”異界”を感知出来る人間がほとんどいないということがあげられるね。世間一般では霊が見えるなんていっても、誰にも信じて貰えないだろう? 人間は科学を発展させて豊かな生活を送ってきたが、科学で説明出来ないものは排斥しようとするからね、無理もないことだろう。ぼくはそんな科学一辺倒の考えには抗議をしたいね。それはぼくが機械の扱いを苦手としていることが理由なのだが……おっと、話が逸れてしまったね。まあそういう訳で、魔物達は異界から現れる正体不明の存在だということだ。ははは、何もわかってないじゃんって? ごもっとも。ぼくのような人間はね、そのよくわかんない存在とずっと戦ってきているのさ。相手が何かわからなくても、人間に害を成そうとし、それを止める力がぼくにはあった。それだけでも人間は動けるものさ。いずれは魔物や異界について研究されるときが来るのかもしれない、だがそれは今ではない──今ぼくが出来るのは、一匹でも多くの魔物を倒すことだけ。そういうことだ」
指をパチリと鳴らして少し間を置く彼女、癖なのだろうか。
「さて、この話に君達がどのように関わってくるのかということについてだが、今この街で起ころうとしている魔物達の騒動の原因は、君達にあるのだよ。神納スバル君、山本カナコ君、そう、君達だ」
鋭い視線で僕を、僕達を射抜く彼女。敵意は込められていないが、その視線を受けて、緊張のあまりごくりと唾を飲み込んでしまう。
「君達からは異界の匂いがする。それもぼくが今まで嗅いだことのない、奇妙な匂いだ。今この街で異界の動きが活発になっているのは、間違いなく君達が原因だよ」
思いもよらぬ発言に、僅かに呆けてしまう僕。そんな、生まれてこの方存在すら知らない異界なんてものの匂いが、僕達からするだと? しかも、それが原因で魔物が現れたと?
「まるで心当たりがないという顔をしているね、まあ無理もない、異界を感知出来る人間であっても、実際に異界と触れることは普通ないのだから。何故このタイミングで、ということについても、ぼくがわかることは何もないな。きっと何かの理由があるのだろう。もしかしたら、時期的なものであって、特別理由がないということもありうるね。まぁ、原因についてはとりあえずいいだろう、そんなものは後から見つければ良い。今重要なのは、この街に現れる魔物を倒す必要があるということだ。うん? さっき倒したじゃないかって? いやいや、あんなのは下っ端の下っ端さ、あの程度の魔物をいくら倒したところで、この事態は収束しない。必要なのは、魔物の親玉を倒すことさ。親玉を倒せば異界が活性化した理由がなんであれ、ひとまず落ち着くだろう。そうすれば人間が襲われることもなくなる。原因追求はそれからさ」
彼女は一旦そこで言葉を切ると、再び指をパチリと鳴らす。
「ここで最初の質問に戻ろう。ぼくはその魔物退治を君達にやってもらおうと思っている。君達が承諾すれば、戦うための術も教えよう。もし嫌だと言うのであれば、今日見たことは全て忘れて、日常に戻っていくといい。後始末はぼくが引き受ける。……正直なところ、どっちの選択を選んでも、ぼくは困らないんだ。ただ、ぼくは君達の意思が知りたいだけなんだよ。街の平和を守るために戦うという意思があるかどうか、をね」
そこまで言って、ようやく彼女は口を閉ざす。話の分量もそうだが、あまりにも現実とかけ離れた話ばかりだったので、僕の頭は混乱の極致にある。
「僕達が、戦う?」
「ああ、君達には異界に適応して、戦う力がある」
「だって、僕達はただの人間……」
「現実世界ではそうかもしれないが、異界ではそうならないんだ」
ほら、と言いながら彼女は手をかざす。すると、何もない空間から突如刀が現れて、彼女の手の中に収まる。
「はぁ!?」「ええ!?」
「うん、こんなに驚いてもらえると、なんだか嬉しいな。これも異界に適応することで使える力の一環なのだよ。現実世界には何の力も及ぼせないけどね」
刀を振るって足元にあった座布団にたたきつけるが、切っ先は何もないかのようにすり抜けてしまった。
「ほらね? ちなみに普通の人には、この刀すら見えないよ」
「……魔物は、普通の人には見えるんですか?」
カナコは切り傷のない座布団を見ながら、彼女へと質問する。
「……残念だが、それも見えないのさ。まず、魔物が現れる兆候として異界が活性化するのだが、そうすると現実世界と異界が重なり合う状況になる。そうすると結果的に現実世界の存在が薄れるのだが、それで魔物の獲物となった人間がわかるのは、わずかに人気がなくなったかな? という程度のことでしかないのだよ」
首を振りながら答える彼女。それでは普通の人が魔物から身を守る術は存在しないということなのか。
「彼らは魔物に襲われたことも気づかぬうちに、殺される。逃げることは、まず出来ない。異界で起こることは、異界を感知出来る人間にしか対処出来ないんだ」
真剣な表情で彼女が告げる。そこには僅かな苦しみが込められているようにも見えた。
「……ねえ、スバル」
それを聞いたカナコは僕に向かって何か言いたそうな顔をする。
……カナコの言いたいことはわかる。だが、僕達に可能なのだろうか。……不安はあるが、ただ自分の気持ちを無視して日常に戻ることが正解だとも思えない。
「やりますよ」
だから僕はそう言った。
「うん?」
「僕が……僕達が、魔物と戦います」
突然過ぎてわからないことだらけの状態だが、一つだけわかっていることがある。
それは、街の人間には僕やカナコの家族、それに学校での友人達も含まれているということだ。
僕は慌てるあまりにそのまま持ってきてしまった志鳥さんのカバンに目をやる。異界が活性化していたというあの場に落ちていたカバン、そしてその後現れた魔物、行方不明になっている彼女、これらが無関係とは思い辛い。志鳥さんは、恐らく……
ここで全てを鍋島さんに任せてしまってもいいのかもしれない。だが、家族を、大切な人達を守るために人任せでいいのかという思いが、僕にはある。きっとカナコにも。
無謀なことなのかもしれない。経験者がサポートをしてくれるとはいえ、何が起こるかわからない。下手をすれば死ぬことだって──
ぶるりと背筋を震わせて、その考えを振り払う。悲観的に物事を考えてしまうのは、僕の悪い癖だ。まだ戦うための術も知らないのに、先のことを考えても仕方がない。
まずは鍋島さんに教えを請う。戦えるかどうかについては、それからでもいい。一歩踏み出すことが重要なのだ。
「だから、戦い方を教えて下さい」
この決断もまた、彼女は必然だと言うのだろう。