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4.台風の目

「スバルー、起きろー!」

「げほぁっ!?」

 自分の部屋のベッドで寝ていた僕の上に、何か重いものが突然のしかかってきた。

 僕は胸部が圧迫されたことで咳き込みつつ、睡眠を邪魔された怒りを全身から滲ませて、のしかかってきたそれを見やる。

「はぁ!? お前なんでいるんだよ!」

「おはようー」

 のしかかっていたのは昨日と同じ、制服姿をしたカナコだった。髪型は先日部屋に来た時と同じストレートヘアである。

「質問に答えろよ……」

 流石に寝起きのため、少々不機嫌な声になってしまうのは仕方がないと思う。

「幼馴染に起こされるっていう寝起きイベントを起こしてみようと思って」

「は?」

 今こいつはなんと言ったか? 幼馴染に起こされるイベント?

 確かにそれは世の中の男性にとって憧れるイベントのうちの一つかも知れない、まず幼馴染が居なければ発生する可能性が無いという時点でハードルが高い。

 しかしだ、それは青春時代を彩るドキドキのイベントではなかったのか? 何故僕は全然嬉しくないのだろう。いや、皆まで言うな、理由はわかってる。それは幼馴染が電波キャラだからだ。間違いない。

 大体のしかかってくるという起こし方がおかしい、普通は耳元でささやくとか、もっと優しく起こすだろう、まぁそれで僕が起きるかどうかはかなり怪しい気もするが、ドキドキのイベントというのはそういうものだ。のしかかって起こされるなんて、それは兄弟やイトコに起こされる時のやり方だ、カナコはわかっちゃいねえ。

 くそっ、世の中の男性には悪いがカナコに起こされるのは個人的には損した気分だ。どうせならお互い愛し合っている彼女とかにやって欲しかった、まぁ、彼女なんていないけど。

 カナコにのしかかられたままそこまで考えて、僕はとりあえず起きて学校に行く準備をしなければならないと思い立つ。

「重いぞ、どけよ」

「私、スバルが女子に重いって言ったって、学校で言いふらすわ」

「すまん悪かったどいてくれないか」

 なんて恐ろしいことを言うんだこいつは、そんなことをされたら学校中の女子からハブられるじゃないか、想像するだけで鳥肌が立ちそうだ。

「それに私は重くないわ、体重はしっかり管理しているの」

「その情報はいいからどいてくれ」

「ぽっちゃり属性はあんまり好きじゃないのよ、これからはスレンダーの時代よ」

「いいからどいて……」

「大体貧乳で何が悪いのよ! 私だってこれから膨らむわ!」

「僕は何も言ってねえ! 人の上で勝手に切れてんじゃねえ!」

 後、僕はその胸はあんまり膨らまないと思うなあ。中学生の頃から変わってなくないか?

「スバル、今失礼なことを考えたわね」

「考えてない! 考えてないからマジでいい加減どいてくれ!」

「いえ、ここはしっかりと追求させてもらうわ」

「追求するにしてもどけぇ!」

「スバルー? まだ起きてないのー?」

 言い争う僕達に母さんの声がかけられる。そして開けられる扉。

 母さんの目には僕の上にのしかかったカナコがばっちりと映されていることだろう……

「カナちゃん、積極的ね」

 それだけ言って部屋の扉を閉める母さん。

「うおおおおい! 待てよ! 他に言うことがあるだろ!! ある意味息子の危機だぞ!!」

「やだ、お母さんったら♪」

「お前いい加減に黙れよそして照れてんじゃねえ、っていうかどけええええええええ!!!」

 朝から僕の部屋に絶叫が響いた。


 自宅で朝食は摂ってきたというカナコだったが、僕が朝食を食べる間も我が家に居座り続けた、

 母さんとガールズトークとかなんとか言って、よくわからない会話をしているが、僕は努めて無視している。

 ここ二日で理解したことは、昔のカナコはもうおらず、人の話を聞かない厄介な性格に変貌してしまったカナコがいるということだった。

 何故唐突に僕との関係を修復? するために現れたのかはわからないが──というかこれからもわからない気がする──とりあえずその厄介な性格をしたカナコが僕にまとわりついてくる気なのはどうやら間違いないようだ。

 性格はアレでも見た目は悪くないんだけどなぁ……でもその性格がなぁ……という無念にも似た思いを込めながらカナコを見やるが、それを願ったところで残念ながら叶うことはない。

 視線に気づいたカナコが何故か親指を立ててサインを送ってくるが、意味がわからないのでやはり無視する。

 僕はこれから学校に行くわけだが、当然カナコもそうだろう。そしてここにいる以上、きっと一緒に登校するつもりに違いない。

 幼馴染と一緒に登校するなんて、ギャルゲーで言えば定番であり、そして羨ましがられるイベントの一つでもあるのだが、今の僕には困惑しかない。

 だって、今までずっと一人で登校していたのだ、そこに知り合いとは言え突然他人が入ってきてすんなり受け入れられるほど、僕の順応性は高くない。学校の連中に見られたら何を言われるかもわからないし。不愉快なことだが、冷やかされるだろうというのは予想出来るが……

 まぁ、僕は別段クラスで目立つ存在でもないから、気にしてくるような奴はそんなにいないと思うけど。

 カナコの真意もわからないままなのがどうにも気になる……幼馴染属性が云々ってのは、とりあえず本気じゃないと思うんだけどなぁ……いや、それも実際のところはわからないけどさ。

 だがなんだかんだでカナコのことをきっぱり拒絶出来ない自分がいるのも確かである。僅かながらではあるが、子供の頃に仲が良かったカナコとまた会話が出来て嬉しいという気持ちもないことはないし、それに高校生という異性に興味のある年頃としても、可愛い女子と一緒にいれるというのは歓迎してもよい事態である。

 困ったことに僕自身、カナコのことが嫌いという訳ではない。

 なればある程度のことには目をつむって、カナコと素直に接するべきなのか。

 しかし、そこまですんなり受け入れられるほど、僕という人間が出来ている訳でもないんだよなぁ……

 とりあえずは、カナコが僕に近づいてきた真意を探ることに注力するべきだろうか。

 そこまで考えたところで僕は朝食を食べ終えたので、ひとまず登校するために動き出す。


「いってきます」

「いってきまーす!」

 いつも通り家を出た僕だったが、今回は普段とは違いカナコも一緒である。

 まるで昔から一緒に登校していたような自然さで僕の家から出てきたカナコは、これまた自然に僕の隣に並ぶ。

 正直、僕としては気恥ずかしさがあるのだが、カナコは気にしていないようだ。

「幼馴染と一緒に登校……うへへへ」

 いや、気にしていないというよりは、妄想で忙しいみたいだ……

 僕は何も見なかったことにして、足早に学校へと向かう。

「あ、待ってよスバル! 置いて行かないで!」

 昨日みたいにカナコを撒いてもいいのだが、流石に少し大人気ないというか、今更登校の部分だけ逃げても仕方ない気がするので、渋々歩く速度を緩める。

「お前な、あんま往来で怪しい笑いとかしないほうがいいぞ」

「え? そんなことしてた?」

「自分で気づいてなかったのかよ……」

 本当に厄介な性格だなあ!

 僕は大声で突っ込みたいのを抑えて、心の中でだけ叫ぶ。

「だって、幼馴染と登校するイベントを達成したんだよ? 喜んでしかるべきじゃない?」

「それを幼馴染から聞かされる僕の気分を考えてみろよ」

「えーと、スバルも嬉しい?」

「これが嬉しい顔に見えるかっ!」

「うん」

「はぁ……もういいよ、さっさと行こう」

「そんなに落ち込まないで? これから毎日一緒に登校してあげるから」

「僕はそんなこと頼んでねえ!」

 しかし、誠に残念ではあるが、押し切られるような気はする。

「スバルの心は嫌って言ってないよ!」

「お前はエスパーのつもりかよ!」

「ふふ……これが赤い糸で結ばれてるって奴だね」

「結ばれてねえ、むしろ結ばれているとしても切ってやりてえ」

「照れちゃって」

「お前人の顔から感情を読み取るのが本当に下手くそだな!」

「……でも、スバルの考えていることはわかるよ」

 目をうるませて上目遣いに僕を見つめるカナコ、演技だとわかっても思わず口をつぐんでしまう。

「ねえ、ぐっときた? 今ぐっときた?」

「き、きてねえ!」

 何故僕はどもってしまったんだ! これじゃカナコの思う壺じゃないか!

「うふふふ」

「気持ち悪い笑い方してんじゃねえ」

 僕はことさらぶっきらぼうに言うと、仏頂面を作ってカナコから視線を外す。

 くそっ、やっぱり人に振り回されるのは嫌いだ。


 学校に着いた僕は、カナコとはクラスが違うということで、幸いにも下駄箱で別れることが出来た。

 ちなみに、僕は二年三組だが、カナコは七組だということだ。そのため、教室は結構離れている。

 これなら学校内でカナコに付きまとわれることはないだろう。移動教室でも三組と七組は一緒にならないしな。しかしだ、まさか自分の家よりも学校のほうが平穏に暮らせるとは思わなかった。

 今のところは僕にカナコと一緒に登校したことについて訊いてくるクラスメイトはいない、僕としてはありがたいことである。

 とは言えこれから毎日こうなるということは、いずれ話が広まることだろうけども、今はその僅かな平穏がありがたい。二日にわたってカナコに振り回された僕は精神的に結構疲れているのだった。

 朝からぐったりしながら、僕は授業が始まるのを待った。


 午前中の授業が終わって昼休み、僕は普段通り購買へと向かうことにした。

 僕は弁当派ではなく購買派だ。去年は母さんに弁当を作ってもらっていたのだが、あの弁当箱というやつは結構かさばるので、邪魔なのだ。じゃあ小さい弁当箱にしろよという話もあるだろうが、女子が持っているようなサイズの弁当箱で満足出来るほど僕の胃袋は小さくない。だから今年に入ってからは毎日五百円程の食費をもらって、購買でいくつかパンを買うようにしている。

 たまに米を食べたくなることもあるけれど、まぁそこは我慢している。一応購買のメニュー刷新の際に、アンケートにおにぎりを追加して欲しいと書いているのだが、一向に入荷される様子がない。購買のおばちゃんに訊いてみたところでは、パンとおにぎりでは業者が違うらしくて簡単にはいかないのだそうだ。そのため、残念ながらこれからもおにぎりが購買に追加される可能性は低い。

 あーでも今日は米が食いてえなー、買ってきたパンを弁当組の奴らと少しトレードしようかなー

 そんなことを考えていた僕だったが、一つの可能性をすっかり失念していた。

 いや、そこに思い至れというのも後から考えれば酷な話だと思うのだ、だってこれまでの人生でそんなことはなかったのだから。

 だが、僕よりも幼馴染とのイベントに執着するカナコが、そこに思い至らない訳がなかった。

 こうして僕の学校における平穏は、一日と持たずに終了することとなる。

「スバルー! お弁当作ってきたからご飯食べよう!!」

「……しまったああああああああああああああああ!!!」

 僕が教室から出る前に、息せき切らせてカナコが僕のクラスに入ってきているところだったのだ──


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