3.何でいるんだよ
予想した通り、カナコが学校で絡んでくることはなかった。まぁ、クラスも違うしな。
帰り道でも特に会うことはなく、僕は自宅に到着する。
そして玄関に入って靴を脱ごうと思ったところで、見知らぬ靴が目に入った。
これはうちの学校の女子が履いているローファーだ、つまり、今我が家に女子がいるということになる?
思い出されるのは今朝会ったカナコと思しき人物。まさか、家に押しかけてきたのか?
その僕の予想は、すぐさま肯定されることになる。
「スバルー? 帰ったの? カナちゃん来てるわよー」
聞こえてきたのは母親の声、どうやら本当にカナコがうちに来ているらしい。
僕は正直面倒な事がやってきたなと思いつつも、靴を脱いでリビングへと向かう。
そしてリビングの扉を開けて中に入ったが、どこにもカナコの姿は見えない。
「あれ? いないじゃん」
呟くと同時に嫌な予感が頭の中をよぎる、まさか母さん、僕の部屋に通したのではあるまいな?
だが、否定して欲しいという願いは通じなかったようで、母さんの口からその言葉が放たれた。
「ここにいても何もないから、アンタの部屋にいるように言ってあるわよ」
「なんてことをっ……」
母親って奴はなんでこう青少年の思いを汲み取ってくれないのだろうか、部屋には色々と隠したいものがあることをわかっていない!
「何よ? 見られたらまずいものでもあったの?」
それくらい僕の母親なんだからわかるだろ! いや、隠してあるから母さんは知らないかも知れないけど、ってそんなことはどうでもいい!
僕は母さんの問いには答えず、足早に自分の部屋へと向かう。
階段を登って二つある部屋の手前側がそうだ。ちなみに奥は両親の寝室である。
「おい山本さん、突然押しかけてきてどういうつも……り……」
部屋の扉を開け放ち、中にいるであろうカナコに訪問の真意を問おうとした僕だったが、カナコの姿に目を奪われて後半は尻すぼみになってしまった。
部屋の中にいたカナコは今朝見かけたような三つ編みに黒縁メガネの委員長スタイルではなく、僕が子供の頃から見慣れているストレートヘアだったのだ。もちろんメガネもしていない。ちなみに服は学校指定の制服のままだ。
中学生の頃に密かに憧れたその姿で現れるなんて、ずるいじゃないか。この姿のカナコを見ていると、僕が中学生だったときに幼馴染であったけども、それを理由に話しかけることは出来ずに遠巻きに眺めるしかなかった、あの頃の憧憬が思い出される。
「スバル? あ、おかえりなさい。私ね、やっぱり考えなおしたの、幼馴染っていう属性にメガネで三つ編みは、かぶせすぎだって。あんまりごっちゃにすると、個性が薄れるもんね。まぁ、中には色んな属性を持っている娘のほうが好きだって人もいるけど、スバルはそういうタイプじゃなさそうだったから、中学生の頃みたいにしてみたんだけど、どう?」
中学生時代について色々思い出しかけていた僕に、中身は今朝と変わらないカナコの言葉がかけられる。むしろそっちを直して欲しかったよ……
思い出が傷つけられたような複雑な気分で、僕はカナコを改めて観察する……と、待て!
「おい! 何勝手にゲームやってんだ! っていうか、それは僕のセーブデータじゃないか!」
「ああ、謎解きで詰まってるみたいだったから、進めておいたよ」
「さらっとなんてこと言ってやがる! 何してくれてんだ!」
「大丈夫、ちゃんと元のセーブはとってあるから」
「そういう問題じゃねえ!」
諸君は経験ないだろうか、自分と友達……兄弟でもいい、同じゲームをやっている者同士で話をするのは楽しいものだが、それがRPG──ロールプレイングゲーム──などだった場合、他人が自分よりも先に進めていて、ストーリーのネタバレやらをされたことが。
僕はそれをされると一瞬でそのゲームに対する情熱を失ってしまう。なんというか、知りたかったストーリーへの思いが薄れてしまうのだ。それがゲームの途中で、ストーリーとしては別に大したネタバレでなかったとしても、それは変わらない。何故かそういう風になってしまうのだ。
そしてこのカナコ、何を隠そう小学生の僕にそんな気分を味あわせまくってくれた友人の一人である。
家が近いということもあってお互いがお互いの家によく遊びに行ったものだが、どっちの家でも頻繁にゲームをやることがあった。それがアクションゲームなどなら何の問題もないのだが、RPGとなれば話は別だ。
お互い同じゲームをやることが多かった僕達だが、RPGにおいては何故かいつもカナコの方が先に進めており、それを近くで何度も見せられる僕は、RPGに限ってはカナコと同じゲームをやってはいけないと子供心に誓ったものだ。
そんな思いは中学生以降も続き、僕は友達とRPGの話は滅多にしないようになった。自分が何のゲームをプレイしているのかも、ほとんど話さないくらいだ。
そうやってここのところは平穏に生きてきたのに、まさか再び僕の前に現れたカナコがそれを乱してくるとは!!
「僕はRPGにおいて、自分より先に進んでいるのを見せられるのが嫌いなんだ!」
僕は万感の思いを込めて叫びをあげたが、カナコは平然と返してくる。
「知ってるよ。だから謎解きの部分だけだって、進めたのは。もうここで何時間も詰まってるんでしょ?」
「うっ……!」
そうなのである、今やっているゲームなのだが、ストーリーに全く関わらないダンジョンの謎解き部分がさっぱりわからず、もう何日も同じ所をぐるぐる回っているのであった。
しかし、自分の誓いのために他人に訊くことも出来ずに、ひたすら自分だけで黙々と考えていたのである。
正直、そろそろ進展がないと、投げ出してしまいそうだった。
「スバルがRPGの先を知りたくないのはわかってたんだけど、あの頃は自慢したくて仕方なかったの、今思えば悪いことしたと思ってるよ、ごめんね」
「ぐぐぐぐ……」
このタイミングで謝られたら、許さないわけにはいかないじゃないか。こいつ、計算してやってるんじゃないだろうな?
僕はそんな疑念を抱きつつも、カナコを許すことにする。
「わかった、とりあえずゲームについては許そうじゃないか」
「良かった! ありがとうスバル!」
ことさら鷹揚に頷いてみせた僕だが、カナコは気にした風もなく素直に喜ぶ。なんだか僕が悪い奴みたいじゃないか、全般的に悪いのはカナコのはずなのに。
「それよりも何故僕の部屋にいるんだ」
ゲームについては片付いた、だがそれとは別にまだ僕の聞きたかったことを聞いていない。
「私ね、気づいたの、幼馴染って属性は大事にするべきだって」
しかしカナコは今朝と同じような台詞をのたまう。それじゃあ何も伝わってこねえんだよ。
「は?」
「今朝スバルが逃げ出したのは属性が多すぎて混乱したのよね? だって今は幼馴染属性だけだもの、だから逃げないでいるんだわ」
「そもそも何で自分の家から逃げ出さなくちゃいけないんだよ。お前が出ていけ」
僕の辛辣な台詞も全く意に介さず、カナコは続ける。
「幼馴染属性は後天的に得ることは出来ないのよ。委員長とか、メガネっ娘なんかはいくらでもイメージの修正が可能だけど、幼馴染はそうはいかないわ、これは持って生まれた才能のようなものなの」
幼馴染の存在を才能とまで表現するお前が怖い。今まさに僕は逃げ出したくなってきたところだよ、とは言わないでおく。
「なればこそ、それを安易に捨ててしまうのは言語道断、私はそのことに気がついたの」
「……えーと、つまり?」
カナコが何を言いたいのかさっぱりわからん。
「仲良くしましょう」
「え?」
「昔みたいに」
「いや、僕はどちらかと言えば遠慮したい」
「どうして?」
「お前が自分で言った台詞を思い出してみろよ」
「お前だなんて、カナって呼んで?」
「人の話を聞け!」
「聞いてるわ、どこもおかしなところはないでしょう?」
「おかしいところしかねえよ」
「え?」
「心底不思議そうな顔してんじゃねえ!」
「スバル、あんまり怒ると体に悪いよ」
「お前が怒らせてるって自覚はないのか」
「え?」
「やだ……こいつ日本語が通じない……」
「何言ってるのよ、私はれっきとした日本人よ」
小さめの胸を張って言い切るカナコ。
「逆に日本語が通じて会話が通じないのがすげえ」
お前はどこの人間だ。
「そんな訳で、またよろしくね」
「僕は了解した覚えがないぞ!」
「照れなくていいって」
「どこが照れてるように見えるんだ!」
「それよりも、ゲームやろうよ」
「無視してんじゃねえ!」
「もう、怒鳴ってばっかり、あんまり大声出すと、お母さんこっち来るよ?」
なんでこういうところばっかり冷静に指摘してきやがるんだこいつは……!
「何やる? あ、バイオあるじゃん、これやろうよ」
「もう帰れ!」
「私2P側ね」
「人の話を聞け!」
結局夕食の時間までカナコは悠々と居座って、ゲームをやり続けた。
当然僕も強引に付き合わされてである。相変わらず僕よりうまいのがむかつく。バイオは結構やりこんだのに……
って、そうじゃない、どうしてこうなったんだ……?
夕食時、僕は数時間居座ったカナコについて母さんに訊いてみた。
「ねえ、あいつ、いつからあんなキャラになったんだ?」
「何よ、カナちゃんのこと? 昔からいい子じゃない」
あれ? 昔からって言ったか? 昔からあんなだと?
「え? 嘘だろ?」
「嘘じゃないわよ、よくスーパーで会うけど、礼儀正しくていい子よねぇ……あんな娘が欲しかったわ」
僕を見ながらそう呟く母さん、自分の母親ながらなんて失礼なんだ。
それより、カナコが礼儀正しくていい子? いやいや冗談だろ。電波っぽくて傍若無人の間違いじゃないのか。遅れてやってきた厨二病並に厄介だぞ。ひょっとして、アイツ母さんの前では猫かぶってるのか?
それとな、実際娘としていたらあまりの電波っぷりに絶対育て方を間違えたと後悔すると思うぞ。言わないけどな。
「属性がどうとか言ってなかったか?」
「何よそれ、そんなこと言ってないわよ」
いや幼馴染の母親に幼馴染属性がどうとか言う奴は普通いないか、いたら怖すぎる。しかしカナコならやりかねないと思ってしまうのも仕方ないことだと思う。
とはいえ言っても伝わらないだろう。いや、僕にだって伝わってないけどな。
母さんの前では普通ということだが、学校ではどうしているのだろう。元々疎遠になっていたところなので、正直どのクラスにいるのかも知らなかったりする。とりあえず同じクラスじゃないことだけは確かなのだが。
本人に訊くと余計なことばかり喋って面倒くさそうなので、ここはそれとなく学校で調べてみるとしよう。
決してカナコのことが気になっているわけではない、あしからず。
いやね、中学生の頃ならいざしらず、思春期も終わった僕からしてみれば、あんな宇宙から電波を受信しているようなカナコに恋愛感情を抱くのはあり得ないね。これはあくまでも振りかかる火の粉(になりそうな予感)を払うための確認事項だ。
敵を知り己を知れば百戦危うからずという言葉もあることだ。僕の平穏な生活を守るために必要なことなのだ。
そう誰とも知れず言い訳をする僕だったが、やはり山本カナコは一筋縄ではいかない人間であることを、僕は改めて認識させられるのである。