鳴り響け鐘の音
鳴り響け鐘の音。
空高く、地の奥まで。
鳴り響け鐘の音。
澄みわたり、嘆く音を。
鳴り響け鐘の音。
空高く、澄みわたる音よ。
祝福の賛歌よ。
鳴り響け鐘の音。
地の奥まで、嘆く音を。
死者の鎮魂歌よ。
教会の聖歌は鐘の音と溶け合い
祝福を歌い上げる。
教会の聖歌は鐘の音と溶け合い
悲歌を歌い上げる。
耳に届く歌はいずれか
耳に届く声はいずれか
優しい聖母の言の葉よ。
美しく澄み渡る鐘の音よ。
色鮮やかなる聖歌よ。
穏やかに包む聖母の腕よ。
こぼれる笑みの祝福の歌となれ。
心安らかな子守唄となれ。
高らかに 鳴り響け鐘の音よ。
御国の空に地に。
主の言の葉を鐘の音に。
すべての地上に鳴り響け。
ハレルヤ
ハレルヤ
アーメン
「よし……これでいいかな?」
私はキーボードから手を放し、プリンタへと視線を向けた。
印刷キーへマウスを動かし、書き終えたばかりの詩を出力する。
明日は日曜日で教会学校へ行く日だ。
普通のキリスト系の学校とは違う、教会で学生たちを対象に聖書を教えている。
その中で聖歌の時間は賛美歌に載っている歌だけじゃなく、生徒たちが作った歌も発表して歌う事もある。
先月ごろ、一人の先輩がギターで自分の歌をみんなの前で披露した。
優しい歌声に明るい音が、落ち込んでいた私にはとっても響いてきた。
何度も強調して書いた鐘の音のように。
ここまで褒めてみたけど、その先輩はちょっとだけ音痴です。それでも、いつでも年下の子供たちの遊び相手になって、私たちの悩みを聞いてくれるとっても身近な人。
勉強が出来ない私にいつも勉強を教えてくれた素敵なお姉さん。
いつも笑っていた笑顔の素敵な人。
ほんの少しだけ憧れもあって、歌を作ったきっかけを聞いて「挑戦してみたら?」と誘ってくれた。
私が詩を書いているのがどこから流出していたのか、直後に言葉の端々に以前私が書いた詩の言葉を引用して褒めてくれた。
感情の波の激しい私。書いた詩の中には言葉の暴力もたくさんあったのに、それも全部まとめて「あなたらしい、素直な詩だったよ」といってくれた紗枝先輩。
私はとても単純だと思う一瞬、直ぐに顔に出て照れ隠しに笑いながら先輩の背中を叩いた。
素敵な、明るい先輩。
こんな詩の中に私は沢山の「おめでとう」を込めたこと、気がついてくれるかな?
少しだけわくわくしながら、パソコンを落とし印刷が終わったばかりの用紙をファイルにしまいこんだ。
さて、ベッドに潜り込もうかとしたとき枕元においてあった携帯が着信があったことを知らせていた。
着信を確認すると噂の先輩、の友達……私を教会に誘ってくれた人だった。
メールだったから内容をじっくりと確認する。
『遅くにごめん。起きてたらメールか電話頂戴』
うん、残念ながら起きてた……。しかも、着信が一時間も前。
必死にない頭を捻って詩を書いてたときだ。
少し迷って、電話で直接話すことにした。
「もしもし、寝てた?」
『いあぁ……寝ようとしてた……』
「そっか、それじゃあおやすみ」
あんまりにも寝ぼけた声に、本当に夢の世界へ旅立とうとしたのを邪魔したんだなぁ……とおもった。
『ちょ、ま……まちぃな』
本気で電話を切ろうとしてた私を慌てて引き止める声が追いついた。
「寝るんでしょう? 話ならちゃんと起きてるときにでも」
『明日でもいいんだけどさ……ちょと、な』
「なら早めにしてください」
私も頭を使ったせいで大分、眠くなってきていたせいで言葉に若干トゲが混じってることに気がつかなかった。
『明日っから暇な時間あったら全部俺にくれないか?』
「は? 寝ぼけてるみたいですね、おやすみなさい」
この人は突然何を言い出すのか。今度こそ問答無用で電話を切ったが直ぐに向こうから着信があった。
『いきなり切るなっ!』
「だって、いきなり変なこと言うから」
『あのなぁ……、普通、男に“全部時間くれー”なんて言われたなら喜べ』
「私、男の人に興味ありませんから♪」
『自信……なくしていいかなぁ?』
「どうぞご自由に」
勤めて冷静に、朗らかな声を意識して返事を返す。一応言うけど同性愛者ではないので悪しからず。
『まあ、ええわ。それで、本題なんだけどお前の詩、なんか紗枝のやつ気に入ってるんよ。だから書け』
「あー、原因は直ぐ側にいましたか」
しかも命令口調……ん? あれ……? いま、なんと……?
『明日までによろしく、って聞いてるのか?』
「タカさん、いま……なんていいやがりましたか?」
混乱で自分の口調がおかしい事になっているのに気がつかなかったけど、この人なら気にしない。
『だから、明日までに詩書いてもってこいって言ったの』
「なっ!! なんで、いきなりそうなるんですか!!」
そんないきなり言われて、はい書けました♪ なんて、出来るほど回転速くないですよ!
大声を出したい心境だったけど、ここは流石に夜中。自分で必死になって声を抑えて、それでも驚く様は十分に伝わったと思う。
『それじゃあ、任せたぁ。未来の大先生♪』
「明日、覚悟しておいてください……私の鉄拳はきっとタカさんにメリ込ませる為、存在しているものだと自負してますから」
『おぉ、こわっ。本当にそんな事になったら、紗枝に盾になって貰おう』
「男が女性を盾にしない!」
もうっ、タカさんは直ぐに茶化してくるから付き合いきれない。
『まあ、そう言うわけでよろしく♪』
「よろしくないです! あ、ちょっと! タカさん!!」
プツッと切れた電話に一気に脱力するしかなかった。
今から新しく詩なんて……
ンー……でも、こっちは……
ベッドに潜り込む事を諦めた私は、落としたばかりのパソコンを立ち上げなおした。
でも、押し寄せる眠気には勝てず気がついたら、小鳥たちが太陽の来訪を告げていました……もうっ……
自転車で教会まで5分もかからない。敷地内の小さな駐輪場に自転車を停め教会の中に入ると玄関でタカさんがさわやかな笑顔で立っていた。
「おはようさん。よく寝たか?」
「おかげさまで……全然っ!」
乙女のテンションと肌は睡眠時間に左右されるのです。昨夜の宣言どおりに下駄箱に靴をしまうと同時にタカさんのボディに向かって右こぶしを叩き込んだのは言うまでもなく。
「うぉおぉぉ……、暴力されるの反対……」
「暴力ではないです、人の睡眠時間を奪った天誅です」
埃を払うように軽く手を打ち鳴らして、学生があつまる第2集会室へと足を向けようとしたけど、その前に復活したタカさんが二階にまで私の腕を取って駆け上っていった。
牧師室のそばにある小さな和室の部屋。今はまだ誰もいないためぽいっとその部屋に納められたのは私とタカさんだけ。
和室のこの部屋は赤ちゃんを連れてくる人のための授乳室にもなるから使用時には一応、鍵もかかる。
小さな金属音が耳に届いた。
「まだ礼拝まで時間あるから……」
そう言って直ぐ隣に座ってきた。じっと人の顔を見て黙ると、タカさんは正直、カッコいいと思う……違う、そういうことじゃなくて。
「で、なんですか? こんなところで」
「……こんなところだからいいんじゃないか」
ちらりと、後ろに掛かっているだろう時計へ視線を向けてにっと笑う。私も自分の腕時計で時間を確認。8時半を過ぎたばかり。
礼拝は9時からだからまだ人はまばら。私はいつもこの時間帯に来て集会室の棚に並んでいる本を読んで待つのが習慣だった。
「それで?」
「俺さぁ……本気で疑問に思うんだけど、人目につかない密室で二人っきりの状況でなんとも思わないの?」
「別に。だってタカさん彼女いるじゃないですか」
もし、彼女と別れるためにこんな状況に追い込んだとしたなら、さっきの3倍増しで制裁を加えないと。
「はい、ありがとう。せめて、お前が顔を赤らめて照れる姿を見たいと思った俺が悪かった」
「そうですね」
視線もついでに逸らして、タカさんは私のカバンを手に取った。
「あっ!」
止めるより早くタカさんは勝手にカバンを開けて、ファイルを取り出した。
「よしよし、ちゃんと書いてきたな」
「ちょ、それは!」
――先輩に最初に見てもらおうと思ってたのにっ。
「返して!」
咄嗟に奪い返えそうとして、強く掴んでしまった。
グシャッとつぶれた音に裂けた音。
「ご、ごめんっ!」
手に残った紙の切れ端を持ったままの謝罪。一瞬、目の前が黒く歪んだ気がした。
「……大丈夫、です……」
私はぐしゃぐしゃになった紙をファイルにしまい、扉を開けようとした。
あれ……?
あ、そうだ……鍵、かけてたんだっけ……。
鍵が落ちる感触が嫌なモノに感じて、服の裾でぬぐい改めてドアをあけた。
階段を下りて、すれ違う人に軽い挨拶をしながら、玄関に戻ってきていた。
大したことのない出来事のはずなのに、私は相当落ちていた。
涙もないのに、落ち込んでいたのは事実で。
「里奈っ!」
声を背中で聞いて、私は靴をはいて飛び出していた。
こんな日に、こんな気持ちで……あの空気の中には居たくなかった。
飛び出した後も、どこへ行くべきかもわからなかった。
この時間はまだ開いている店もほとんどない。とぼとぼ力なく歩いている自分の頭の中で、浮かんでくるのは何で逃げたんだろう? とか、こんなに落ち込むなんて……とかいったモノではなく詩。
力のない詩の断片が浮かんでは直ぐに消えて、記憶に残る事もなく、思い出そうとした瞬間には真っ白になっていた。
こんなときでも、浮かぶんだ……
喜ぶべきか悲しむべきか……さっぱり分からない。
私は早朝からあいているコーヒーショップに入ると、飲めないコーヒーの匂いに僅かに頭が痛くなった。
少し、落ち着こう……
そう決めて、メニューにあったアイスココアを頼んで、外が見えるカウンターに着いた。
禁煙席と喫煙席のちょうど中間地点で、朝からコーヒーを飲みながらタバコをふかすサラリーマンの煙に更に、痛みが増した。
うん……別に、タカさんが遠慮ないのはいつものこと……
気にする事なんてないんだよね。
何度も自分に言い聞かせて、ココアが半分近くなくなった頃隣に座る女性がいた。
何となく、顔を上げると女性もこちらを伺うようにしてて、視線がぶつかった。
「あ……先輩」
「おはよう」
先輩の笑顔は夏のひまわりを連想させるほど明るいのがいつもで、だけど今は曇った空の下の花。
「どうしたんですか? 浮かない顔して」
「それはこっちの台詞。里奈ちゃんの方が泣きそうな顔になってるよ」
コーヒーカップを両手に持って心配そうに覗き込んできた。
「いえ、別に……少々、突発事故に驚いて……」
「えっ? 事故って、大丈夫? 怪我とかしてない??」
「別に自動車に撥ねられたわけじゃないですよ」
慌てて、私の全身に傷がないかを確かめた先輩に思わず笑ってしまった。
「じゃあどうしたの? もう直ぐ礼拝が始まるのに……」
「そういう先輩こそ……」
「私は、よく知った顔がここに居たから来たの」
私が笑ったことに安心したのか、先輩の上にあった雲は晴れたようだ。
「そうですか……」
「怪我もないなら、一緒に行こうか」
「……いえ、もう少し落ち着いたら行きますよ。先輩は先にどうぞ」
「ダメよ。皆勤賞さんが目の前にいるのに、みんなが心配するわよ。それとも……戻りたくないわけでもあるの?」
流石は先輩というべきかな……私の心境はとっても読みやすいのか、大抵言い当たってしまう。
「タカに何か意地悪でもされたの?」
「っ……い、いえ……」
なぜか一瞬、間近で見た真剣な顔を思い出してしまった。
「されたみたいね。全くタカの奴、後で懲らしめておくか」
まるで自分の事のように肩を怒らせると、いつの間にか飲み終わっているコーヒーを置いて、手をさし伸ばしてた。
「行こうよ」
優しく微笑む姿はとても綺麗で、私は少しばかりぽーっと魅入ってしまっていた。
それだけ先輩は綺麗で……私はその手を取るのも躊躇ってしまった。
「行こう」
コーヒーの熱が手のひらにそのまま残ってて、冷えた私の手にとっては気持ちがいい。
それに、先輩の肌は絹みたいですべすべしてる。
「里奈ちゃん、タカにあったらダブルパンチで決めようね♪」
「はい。それはもちろん」
でも決して、聖母が言わない台詞で和ませてくれる。
店を出て、歩き始めて信号機の前。車の陰の向こうにタカさんが手を振っていた。
「里奈、ごめんなー!」
大声で言わなくても、交通量の少ないこの道路。もう少し声の音量を下げていただいても、十分に通じますってば。
信号が青に変わるとタカさんと先輩がそろって同じタイミングで歩き始めた。
流石は幼馴染同士と言うべきなんだろうな。
「里奈、こっ……!」
道路の真ん中で、私と先輩の腕がそれぞれタカさんを貫いた。
「おっ……お前ら……道路の真ん中で、遊ぶなぁっ! 行くぞ!」
点滅を始めた信号にもあわてず、タカさんは空いている私の手を取って来た道を、私たちは進むべき道を歩き始めた。
「里奈、さっきは本当にごめんな」
「いいですよ。事故ですから」
心の底から謝るタカさんに私はいつものように、拳を交えつつ答えた。
そして、手に持っていたファイルを私の胸の中に返してくれた。
同時ににっと笑って先を歩く先輩に向かってくいっと顎で行けと示した。
私は、先輩の手を少し強く握り返して呼び止めると先輩は足を緩めて振り返ってくれた。
「先輩、これ……詩、作ったんで読んでくれますか?」
ぐしゃぐしゃになった用紙を収めたファイルを先輩に渡すと、先輩は飛びっきりの笑顔で頷いてくれた。
「それと、先輩っ……結婚、おめでとうございます」
「ありがとう♪」
そして、後でまたタカさんに呼び出されて、初めて知った事があった。
私に詩を書け、と言ったのは先輩の結婚式のお祝いとして学生科一同で生徒の中から楽器を出来る人に伴奏をしてもらって、私の詩で祝おうと言う計画だったらしい。
もっと、早くに言って欲しかった……