役立たずの魔物使い、追放される
「レオン・アシュフォード。お前を本日付で王国から追放する」
玉座から告げられた言葉に、俺は思わず顔を上げた。
「……追放、ですか?」
「そうだ。お前には、もはや王国に置いておく価値がない」
国王バルディオスは、吐き捨てるように言った。
広い謁見の間には、王国の重臣たちがずらりと並んでいる。その誰もが、俺に冷ややかな視線を向けていた。
「魔物使いの天職を授かっておきながら、まともな魔物を一匹も従えられんとはな」
「アシュフォード家の恥さらしめ」
「三年も面倒を見てやったのだ。むしろ陛下の温情に感謝すべきだろう」
聞こえてくる陰口に、俺は唇を噛んだ。
反論したい気持ちはある。だが、彼らの言うことが完全に間違っているわけでもなかった。この世界では、十五歳になると神殿で『天職』を授かる。剣士、魔術師、鍛冶師、商人。天職によって得意な分野が決まり、その後の人生も大きく左右される。
俺が授かったのは『魔物使い』。
強力な魔物を従え、戦場で活躍することもできる希少な天職だ。名門貴族の三男だった俺は、天職が判明するとすぐに王国直属の魔物育成施設へ送られた。期待されていたのだ。将来はドラゴンやグリフォンを従え、王国の軍事力を支える存在になることを。しかし、その期待はすぐに裏切られた。俺には、魔物使いなら誰もが持っているはずの『支配』の能力がなかった。魔物に命令を強制することも、契約によって力を高めることもできない。代わりに持っていたのは、一つだけ。
『才能鑑定』
魔物が持つ才能を見る能力だった。
ただし、普通の鑑定とは少し違う。魔物の強さや魔力量ではなく、その魔物が何を得意とするのかが見えるのだ。
例えば、スライム。
誰もが知る最弱の魔物で、子どもでも倒せるほど弱い。普通の鑑定なら、戦闘能力が低いと表示されるだけだろう。しかし、俺の目にはこう映る。
【種族:スライム】
【固有才能:精密加工】
【適性:建築・加工・修復】
【潜在能力:極大】
初めてこの表示を見たとき、俺は興奮した。スライムには、誰も知らない才能がある。それなら、ほかの魔物にも何か隠された能力があるのではないか。そう考えて、施設にいた魔物を片っ端から鑑定した。
ゴブリンには『戦術指揮』。
コボルトには『鉱脈探知』。
オークには『農地管理』。
ウルフには『広域索敵』。
どれも興味深い才能だった。だが、上官に報告しても返ってくるのは嘲笑ばかり。
『ゴブリンに戦術を考えさせるだと?』
『オークが農業? 馬鹿馬鹿しい』
『戦場で役に立たない能力に何の価値がある』
それでも俺は諦めなかった。
三年間、魔物たちの世話をしながら、能力の研究を続けた。だが、結果を出すことはできなかった。正確には、結果を出す機会を与えられなかった。国が求めているのは、敵を倒せる魔物だけだったからだ。
「陛下」俺は顔を上げた。
「一つだけ、お願いがあります」
「何だ。命乞いなら聞かんぞ」
「育成施設にいる、私が世話をしていた魔物たちはどうなるのでしょうか」
国王は怪訝そうな顔をした。
「魔物?」
「はい。スライムやゴブリンなど、戦闘能力が低いと判断された魔物たちです」
「ああ、あの役立たずどもか」
国王は興味なさそうに答えた。
「処分する予定だ。維持費の無駄だからな」
「……処分?」
「当然だろう。戦えない魔物を飼って何になる」
胸の奥が冷たくなった。あいつらは何も悪くない。ただ、生まれつき弱かっただけだ。それだけの理由で殺されるというのか。
「でしたら、私に引き取らせてください」
謁見の間が静まり返った。
やがて、誰かが吹き出した。
「くくっ……聞いたか?」
「追放される身で、魔物まで連れていくつもりらしい」
「無能には無能がお似合いということか!」
笑い声が広がる。だが、俺は頭を下げたまま動かなかった。
しばらくして、国王が面倒くさそうに手を振った。
「好きにしろ。ただし、連れていけるのはお前が管理していた魔物だけだ。王国の財産に手を出すことは許さん」
「ありがとうございます」
「それと、今後一切、王国の領内に戻ることを禁ずる」
「……承知しました」
俺は深く頭を下げた。
こうして、十八年間暮らした祖国を追われることになった。
◇ ◇ ◇
「……さて、どうするかな」
王都を出て半日。俺は街道沿いの草原に腰を下ろしていた。目の前には、三匹の魔物がいる。
一匹目は、青く透き通った小さなスライム。
二匹目は、俺の腰ほどの背丈しかないゴブリン。
三匹目は、茶色い毛並みのコボルトだ。
結局、引き取れたのはこの三匹だけだった。
ほかの魔物たちは、すでに別の施設へ移送されていたらしい。せめて、あいつらも無事でいてくれればいいのだが。
「お前たち、本当に俺についてくるのか?」
「ぷるっ!」
「ギギッ!」
「ワフ!」
三匹が元気よく返事をする。俺には魔物を支配する能力がない。だから、こいつらが何を考えているのか、正確には分からない。それでも、三年間一緒に過ごしてきた。少なくとも、嫌がっているようには見えなかった。
「分かった。じゃあ、これからもよろしくな」
スライムが俺の膝に飛び乗った。ゴブリンは胸を叩き、コボルトは尻尾を振る。
「まずは、住む場所を探さないとな」
王国には戻れない。隣国へ行くという手もあるが、身分証を失った元貴族の魔物使いなど、まともに受け入れてもらえるとは思えない。それに、魔物を連れていれば警戒されるだろう。ならば、選択肢は一つだった。
「北の灰の荒野に行こうと思う」
三匹が首を傾げた。
「知ってるか? 昔、魔族との大戦があった場所だ。今では誰も住んでいないらしい」
灰の荒野。王国の北に広がる、不毛の大地。
かつての戦争で土地が荒れ、作物は育たず、魔物も多い。どの国も領有を望まないため、事実上の無主地となっている。
もちろん、危険は多い。だが、人間に追われることなく暮らすには、そこしか思いつかなかった。
「大変だと思うけど……一緒に来てくれるか?」
「ぷるるっ!」
「ギギ!」
「ワフッ!」
三匹は迷うことなく返事をした。
「……ありがとう」
俺は立ち上がった。
「よし、行こう!」
◇ ◇ ◇
三日後。
俺たちは灰の荒野に到着した。
「……これは、ひどいな」
思わず声が漏れた。 見渡す限り、灰色の大地が広がっている。草木はほとんど生えておらず、地面は乾燥してひび割れていた。ところどころに巨大な岩が転がり、遠くには崩れた城壁のようなものが見える。風が吹くたびに、細かな砂が舞い上がった。人が住んでいない理由がよく分かる。
「とりあえず、今日の寝床を確保しないとな」
持ってきた食料は、あと五日分。水もそれほど残っていない。まずは雨風をしのげる場所を作り、それから水と食料を確保する必要がある。
……言うのは簡単だが、実際には難しい。俺一人で家を建てるなんて、何日かかるか分からない。
「困ったな……」
そう呟いたときだった。
「ぷる?」
肩に乗っていたスライムが、小さく震えた。
「どうした?」
「ぷるっ!」
スライムは肩から飛び降りると、近くの岩へ跳ねていった。そして、岩の表面にぴたりと張りつく。
「おい、何してるんだ?」
次の瞬間。
じゅわっ。
妙な音がした。スライムが触れていた部分の岩が、ゆっくりと削れ始めたのだ。
「……え?」
岩の表面が滑らかになっていく。でこぼこだった部分が削られ、平らに整えられていく。スライムは少しずつ位置を変えながら、岩の形を変えていった。そして数分後。そこには、見事な四角い石材が完成していた。
「…………」
俺は呆然とした。
何だ、今のは。慌てて『才能鑑定』を発動する。
【種族:スライム】
【固有才能:精密加工】
【適性:建築・加工・修復】
【潜在能力:極大】
【才能発現条件:加工対象への接触】
【習熟度:1/100】
……間違いない。
俺がずっと見ていた才能は、本物だった。これまで施設では、スライムが岩に触れる機会などなかった。戦闘訓練と称して、木の的に体当たりさせられるばかりだったからだ。こいつは今まで、自分の才能を発揮する機会がなかっただけなのか。
「すごいぞ、お前!」
「ぷるるっ!」
スライムが嬉しそうに跳ねた。
「こんなことができるなんて……!」
俺は出来上がった石材を手で触った。表面は驚くほど滑らかで、角もきれいに揃っている。これなら、建物の材料として十分使える。
「よし。お前の名前はプルだ!」
「ぷるっ!」
スライムは勢いよく跳ねた。どうやら気に入ってくれたらしい。
「プル、もう一つ作れるか?」
「ぷるる!」
プルは再び岩に張りついた。今度は先ほどよりも手際よく石を削り始める。俺はその様子を眺めながら考えた。石材が作れるなら、家を建てられるかもしれない
だが、石材を積み上げるには人手が必要だ。それに、どういう順番で作業すれば効率がいいのかも分からない。
「……そうだ」
俺は隣にいたゴブリンを見た。
「お前の才能も、試してみようか」
「ギギ?」
『才能鑑定』を発動する。
【種族:ゴブリン】
【固有才能:戦術指揮】
【適性:部隊統率・資源配分・作業計画】
【潜在能力:極大】
【才能発現条件:複数個体への指示】
戦術指揮。
名前だけ見れば、戦闘用の能力だ。だが、適性には『作業計画』とある。
「なあ、お前。俺たちが家を作るなら、どうすればいいと思う?」
「ギギ?」
ゴブリンは首を傾げた。俺は地面に簡単な絵を描いた。
四角い家。
石を積んだ壁。
屋根。
「こういうものを作りたいんだ」
「ギ……」
ゴブリンは絵をじっと見つめた。そして、周囲を見回す。プルが加工している石材。俺が持っている道具。
近くに転がる岩。しばらく考えた後、ゴブリンは突然動き出した。
「ギギッ!」
まず、プルに向かって何かを叫ぶ。プルが跳ねる。
次に、俺の腕を引っ張り、少し離れた平らな場所へ連れていった。
「ここに家を建てろってことか?」
「ギギ!」
ゴブリンは地面に線を引き始めた。
四角い枠。その周囲に、小さな印をいくつもつける。
……これは。
「土台の位置か?」
「ギギッ!」
ゴブリンが嬉しそうに頷いた。俺は思わず笑った。
「お前、すごいな!」
今まで施設では、ゴブリンに木の棒を持たせ、敵に向かって突撃させる訓練しかしていなかった。だが、本来の才能は違ったのだ。自分で戦うことではなく、周囲を見て指示を出すこと。
「よし、お前はギンだ!」
「ギギッ!」
「これからは、お前に作業の指揮を任せるぞ」
ギンは誇らしげに胸を張った。
そのとき。
「ワフッ!」
コボルトが突然、地面を掘り始めた。
「ん? どうした?」
コボルトは何度も地面を嗅ぎ、前足で土をかく。
俺は『才能鑑定』を使った。
【種族:コボルト】
【固有才能:鉱脈探知】
【適性:採掘・地質調査・地下水探索】
【潜在能力:極大】
【才能発現条件:地中の魔力振動を感知】
地下水探索。
その文字を見て、俺は息を呑んだ。
「……まさか、水があるのか?」
「ワフッ!」
コボルトは勢いよく頷いた。俺は慌てて荷物からスコップを取り出した。
「分かった。掘ってみよう!」
◇ ◇ ◇
三十分後。
「はぁ……はぁ……」
俺は額の汗を拭った。硬い地面を掘る作業は、想像以上に大変だった。穴はようやく膝ほどの深さになったところだ。だが、水が出る気配はない。
「本当にここで合ってるのか……?」
「ワフ!」
コボルトは自信満々だった。
「分かったよ。もう少し頑張ってみる」
さらに掘り進める。
ざくっ。
スコップの先が、急に柔らかい土に突き刺さった。
「……ん?」
土が湿っている。
さらに掘ると、穴の底から水が染み出してきた。
「……水だ」
俺は目を見開いた。
「本当に水が出た!」
「ワフワフッ!」
コボルトが嬉しそうに飛び跳ねる。俺は思わず抱き上げた。
「すごいぞ! お前も天才だ!」
水がある。
石材も作れる。
作業を指揮できる仲間もいる。
俺は三匹を見回した。王国では、役立たずと呼ばれていた魔物たち。戦闘能力が低いという理由だけで、処分されるはずだった連中。だが、こいつらは決して無能なんかじゃない。ただ、才能を発揮できる場所がなかっただけだ。
「……そうか」
俺はようやく理解した。俺の能力は、戦うためのものじゃなかったんだ。魔物たちが持つ、本当の可能性を見つけるための能力だった。
「なあ、お前たち」
三匹が俺を見上げる。
「ここに村を作らないか?」
「ぷる?」
「ギギ?」
「ワフ?」
「人間でも魔物でも、強くても弱くても関係ない。誰もが自分の得意なことで役に立てる、そんな村だ」
「もちろん、最初は小さな村でいい。家を建てて、畑を作って、みんなで飯を食う。それだけでも十分だ」
プルが跳ねた。
ギンが胸を叩いた。
コボルトが尻尾を振る。
「よし、決まりだ!」
俺はコボルトを地面に下ろした。
「お前の名前はコルだ。これからよろしくな!」
「ワフッ!」
こうして、俺たち四人の村作りが始まった。
その日の夕方。
最初の家の土台を作っていたとき、ギンが突然動きを止めた。
「……ギ?」
「どうした?」
ギンは遠くの荒野を見つめていた。その表情が、みるみる険しくなる。
「ギギッ!」
俺の腕を引っ張り、岩陰へ隠れるように促してくる。「何かいるのか?」
目を凝らす。
遠くで砂煙が上がっていた。何かが、こちらへ向かって走ってくる。やがて、その姿が見えてきた。
十匹ほどのゴブリンだった。全員、傷だらけだ。
足を引きずる者。
腕から血を流している者。
仲間に肩を貸され、どうにか走っている者。
「……何があったんだ?」
そのうちの一匹が、俺たちに気づいた。
「ギャッ! ギャギャッ!」
必死に何かを叫んでいる。ギンがその声を聞き、顔色を変えた。
「ギギッ!」
「……追われているのか?」
次の瞬間。
ドォンッ!
地面が大きく揺れた。砂煙の向こうから、巨大な影が現れる。
四本の太い脚。
岩のような外皮。
頭部から伸びる二本の角。
俺は、その魔物を知っていた。
「……グランドベヒモス?」
災害級魔物。
王国の騎士団でも、討伐には百人以上の兵士が必要とされる怪物だ。そんなものが、どうしてこんな場所に。俺の背筋を冷たいものが走った。
逃げなければ。
だが、目の前には傷ついたゴブリンたちがいる。それに、プルたちを連れて逃げ切れるとも思えない。
「くそっ……!」
俺は反射的に『才能鑑定』を発動した。
【種族:グランドベヒモス】
【固有才能:地殻破砕】
【適性:岩盤破壊・地形改変】
【潜在能力:高】
地形改変。
……もし、この力を使えたなら。
そんな考えが頭をよぎった。
だが、すぐに打ち消す。今はそれどころじゃない。
どうにかして、あの怪物を止めなければ。
そのときだった。
視界の端に、見慣れない文字が浮かんだ。
【警告】
【対象個体に異常を検知】
【状態:重度の魔力汚染】
【本来の気質:温厚】
【現在の行動:汚染による暴走】
「……魔力汚染?」
俺は目を見開いた。
グランドベヒモスは、ただ暴れているわけじゃない。何かに苦しんでいるのだ。よく見ると、その巨大な瞳は赤く濁り、体のあちこちから黒い煙のようなものが立ち上っていた。
そして、もう一つ。
表示の最下部に、今まで一度も見たことのない項目が現れた。
【才能鑑定・追加情報】
【魔力汚染の原因:不明】
【汚染源との距離:近】
【警告:周辺地域に同種の異常が発生している可能性があります】
……何だ、これは。
俺は周囲を見回した。
灰色の大地。
枯れた草木。
生き物の気配がほとんどない荒野。
まさか、この土地が荒れ果てているのも、魔力汚染が原因なのか?
だとしたら、この怪物を助けることができれば、何か分かるかもしれない。
いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。
目の前のゴブリンたちを助けなければ。
俺は三匹の仲間を見た。
「……なあ、お前たち」
プルが跳ねる。ギンが俺を見上げる。コルが尻尾を振った。
「ちょっと、無茶をしてもいいか?」
三匹は、迷うことなく頷いた。
俺は大きく息を吸い込んだ。
「よし。だったら――」
迫り来る巨大な怪物を見据える。
「俺たちの最初の仕事は、あいつを助けることだ!」
こうして、最弱の魔物たちによる無謀な救出作戦が始まった。
後に世界最大の国家となる『魔物たちの王国』。
その建国の歴史は、たった三匹の弱小魔物と、一人の追放された青年から始まった。
そして、このときの俺はまだ知らなかった。
灰の荒野に隠された秘密が、やがて世界中の国々を巻き込む大きな争いへとつながっていくことを。




