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恋心(こころ)は声にならずとも

掲載日:2026/09/04

よろしくお願いします〜(´∀`*)

「はじめまして」

「…………」


 燦々と陽の降り注ぐとある商家の庭園。小さなガーデンテーブルを囲む二人。

 ここは見合いの席である。


 マーカスは海軍兵だ。子供の頃から好奇心が強く、見たことのない街に憧れた。

 海軍は性に合っていたし、水平線を見ればその先を思ってわくわくしたものだ。どこまでも続く空は気持ちいい。

 しかし現在の配属先はどうにも合わず、除隊して商船に乗り換えようかと思っている。海原で風を切るのは好きだった。

 そこに上官からお声がかかった。

 知り合いの海運業者のお嬢さんが結婚相手を探している、一度会ってみないかということだ。

 跡取りに兄がいるが、新規航路の開拓に人手がいる。商売がわからずともマーカスは丁度いいそうな。

 これは願ったり叶ったり、かくして見合いとあいなり、先様のお宅に呼ばれ、あとは若いもの同士——と、紹介者たちは早々に姿を消した。


 の、だが。


(こりゃダメかもなあ)


 マーカスは顔には出さず落胆した。

 あれこれ話しかけてはみるものの、「お嬢さん」はひたすら無言。

 初対面の挨拶からひたすら俯き、厚い前髪でその表情は窺えない。


(おとなしい内気なお嬢さんとは聞いてたが、こりゃちょっと)


 会話が成り立たないどころではない。ご挨拶も頂けない。一言すらも発していないのだ。


(上官どのもなあ、なんでまた)


 見合いを斡旋した上官は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 だもんで、ちょっと期待していたのだが——……

 なに、仕事は別に探せばいい。

 マーカスは立ち上がった。

「今日はありがとうございました、お時間頂いたのにすいませんが、これで——……」


 去ろうとした時


 ガタッ!!!


 お嬢さんが立ち上がった!


 厚い前髪で、かわらず表情は窺えないが、なにやら震えて立ち尽くしている。


(お、怒ったのか??いや怒られるいわれもないんだが)


 マーカスが戸惑っていると———……


 ザッ!!!


 お嬢さんが、手を大きく広げ——……、上へ下へと忙しく動かしている!

 なんか泣いてる!!?


 ザッ!ザッ!ザッ!ザッ!!


 なんだこりゃと口に手を当て眺めるが——、これは——……


 ザッ!!


 (手旗信号!!?)



******************************


 エルザは内気な少女だった。今では内気な女性といえる。

 物語のなかの冒険が大好きで、生まれ育った港町のきらきらとどこまでも続く海や、連なる船ぶねを見れば胸がときめく。


(ああ、私も!

 私も海賊に襲われ囚われの中海賊達と心を通わせ恋仲となった頭領を討たれかつての故郷への復讐にもえる女海賊として名を馳せたい!

 士官候補生として乗り込んで先任士官がのきなみ死んで仕方なしに艦長になってこんなガキがと舐められる中無双の戦いをしてみたい!!

 未知の北方回路を探検中上官の無能により遭難し命からがら原住民とやりとりしたり詳細な日記を残して後の世に届けたい!!!)


 国軍に思うところでもあるのだろうか。


 そんな訳でもないのだが、ともあれそうした冒険はいつも頭の中ばかり。

 人と話そうとすれば赤面し緊張し、どうにも声がでてこない。か細い声でぽつぽつと喋るのがせいぜいだ。なんなら家族とも筆談している。

 声が出ないわけでもないのにと怒られたが、実のところ声帯に生まれつき問題があり、大きな声や長時間の発話が難しいということがわかった。それで治療法もわからずそのままだ。

 エルザは大人しく内気な、頭の中だけ大冒険の少女だった。


「あんたもね、いい年なんだから結婚のひとつふたつやみっつでもしたらどう」

『重婚てこと?』

 母の小言に筆談でかえす。

 エルザは二十歳になっていた。

 跡取りには兄がいる。エルザは内向きの仕事を手伝っているが、家業もうまくいっており、信頼できる人手は必要だ。

 家族はさりげなく従業員や友人男性を近づけようとするが、エルザはすすっと、気がついたら消えている。冒険小説で学んだスニーキングスキルだ。一人の時間はたくさんあって、頭の中の冒険知識は盛り沢山。

 今も下の弟妹たちに手旗信号を実演で教えている。

「まったく!そんなことだからぐちぐちぐち若い娘なんだからぐちぐちぐち」

 母の小言を手旗信号でスルーする。

「ほら、こないだ夕食に呼んだロジャーなんてさ、働き者のいい男じゃないか。気性もおだやかであんた向きだと思うんだがね」

 ロジャーはムキムキでツルツルでモジャモジャだ!!

 ノー!!!


 エルザは手足をその場でバラバラに動かし、なにやら見るものをイラつかせる踊りを踊った。


「エルザ!!!」


 ピューと逃げるエルザ。笑って追いかける弟妹。それなりに内弁慶でもあった。


 逃げ出しながらエルザは思った。


(結婚なんて…とても無理よ。知らない人とはよく喋れない。知ってる人ともよく喋れない。こんな私じゃとても無理。初夜に愛することはない!とか言われて初初初初初初夜あ!!溺愛されちゃうなんてっ!溺愛っ!無理っ!!領地経営なんてっ!あっ帳簿はつけれるわ。帳簿で無双だわ。でも溺愛されちゃうなんてっ!溺愛っ!初夜あっ!!無理っっ!!)


 エルザは固く心に誓った。


(一生兄さんに寄生する!!!)


 ろくでもない誓いであった。



 ……——なお、ロジャーに相思相愛の美しい恋人がいることを、二人は知らない——…



 そんな内気で大人しく図々しいエルザのもとに、父が見合いをもってきた。

『海兵さん!?』

「ああ、友人の元部下でね、エルザにどうかって」


 エルザはどきどきした。

 港町には多くの船乗りがいるが、海軍さんは別格だ。礼儀正しく闊達で、きらきらとしてかっこいい。

 エルザはソファーにしかれた織物の毛をむしった。

(軍人さんなんて……まるで物語だわ)

 ほうとため息をつく。そこらにいるが。

(私なんて…どうせ断られるわ。一目見てがっかりされるだけ。街の男の子みたいにうわブッセ!みたいな嘲笑をしないでしょうね軍人さんだもの。ああでもそれはそれでありだわイケメンの嘲笑だわありだわプライベートだものそういうこともあるかもしれないでもどうかしらイケメンかしら街行く水兵さんはみなイケメンだわでもイケメンしか目に入ってない可能性があるわつまり《イケメンに礼儀正しく断られる》《イケメンに嘲笑される》《非イケメンに礼儀正しく断られる》《非イケメンに嘲笑される》の可能性があるわ中間もあるわどうしましょうどうしましょうあああ私どうし)


 ぐるぐると顔を真っ赤にして悩むエルザを見て、父親はこりゃ目があるかもとなった。そして見合いを決めて———


 当日


 あらわれたマーカスを見た瞬間、


 エルザは落雷を受けた。


 ハートにズキュン!!


 

(かっっっっこ!!!よすぎる!!!!!)


 マーカスは船乗りにしては焼けていない白い肌と淡い金色の髪、青い目をしたさわやかイケメンだった。体格はしっかりしているがガチムチ大きすぎずパリッとした軍服がよく似合う。


(王子!!!!)


 粉屋の小倅である。

 ついでにこの国普通に王子とかいるのでバリ不敬。


 とにかくそんな彼がきりりとさわやかな笑顔で折目正しく挨拶をしてくれる。


 エルザは爆発した。


 直前までは緊張のあまり無であった。不安のあまり心臓が飛び出そうだと思っていたがもう出た。ビュンビュン。気分的に。


(あああああああああああああすごいすごいすごいすごいすごいかっこいいいいいかっこおおおおおいいいいいいえっ!こんな!一キロ以内に立ち入ってはいけない人では!!?しゅき!!は!!?しゅき!!!なにこれ幻獣!!?こんなに青い空青い海が似合う方がいるはずないわ潮風にふかれなびく金の髪、遠く海原を見つめる青い瞳は美しく空を移すその色がゆっくりと私へと向き細められえええええええええうおおおおおおおおおおおひょおおおおおおおおおおおおお)


 などと考える内にも場は淡々とすすみ二人きり。


(どうすればどうすればどうすればどうすれば)


 ばくばくと飛び出たはずの心臓がティンパニーで祭り太鼓を鳴らすが如く鼓動をたたき、彼があれこれと話をふってくれているが(ああなんてこと!!)口の中はカラカラで手足は震え日差しもいいので熱中症かな状態何も言えない口に出せないどうしたらいいどうしたらいい何もできないどうしたら


「今日はありがとうございました——…」


 マーカスが席をたつ。


 いなくなってしまう。


 これでお別れ。


 ぽろ、と涙が溢れた。


 マーカスは背を向けていて気付かない。


 エルザの涙は届かない。


 

 届けようと、していないから。



 エルザは猛烈に後悔していた。

 今まで他人とのコミュニケーションを怠っていたことを。

 声がうまくでないから、人に会うと緊張して赤面してしまうから、内気だから無理だと、仕方がないと、はじめから諦めていたことを。

 ぬくぬくと家族に守られ、このままでいいや、兄に寄生すればいいやと考えていたことを。

 他人に物事を、思いを伝えようとすることを、どうすれば伝えられるか、考える努力を怠ってきたことを。


 マーカスが行ってしまう。


 二度と会えなくなってしまう。


 そんなのいや!!



(あのイケメンを、逃しちゃなんねえ!!!!)



 ガタッ!!!


 立ち上がる


 ザッ!!!


 手を広げる


 ザッザッザッザッザッ



 手旗信号である!!!



(ご・め・ん・な・さ・い・き・ん・ち・ょ・う・し・て)


 文字対応の手旗信号(旗はないが)で文章を作るのは大変だ。しかしエルザは必死に見えない旗を振りまわす。


 声をかけて、マーカスを呼び止めることはできない。ただでさえ大きな声がでないのに、緊張して固まっちゃってとても無理。

 でも伝えたい。

 あなたに会えて嬉しいと。


 ならば「声」に出せなくたって!!


 手旗を振る。言葉にする。

 泣いてる自覚がある。顔は真っ赤だ。なんなら鼻水もでてるかも。マーカス が驚いて見ている。みっともない恥ずかしいでも伝える。伝えなきゃ。どうかお願い伝わって!!


 ——ひとめ惚れですめっちゃ好き!!!!——


 ———トン!!!


 音が鳴った。

 マーカス の指が、机を叩く。


———トン、トントン


 カップをはじく。


——ピーン


 あ。

 エルザは目を見張る。マーカス と目が合う。

 マーカスが口の端をにやりと上げて、それはさっきまでのさわやかイケメンスマイルとは、なんかちがう。


——トン、トントンピーントン、トントン、ピーンピーントントン、ピーン



(モールス信号!!!)



****************************


 マーカスは内心爆笑していた。

(なんだこいつ!)

 目の前の「お嬢さん」——エルザは、無言で俯いて一言も漏らさず、会話を拒絶していたかと思えばいきなり立ち上がって必死に両手を振っている。

 なぜに覚えたのか手旗信号。旗もなしに間違いだらけで読み取るのも大変だ。顔は真っ赤でべしょべしょで歯を食いしばっている。

 それでいて伝える内容が


《緊張して声が出ませんでしたすいません声ちっさくてすいません無礼ですいませんあなたに会えて嬉しいですひとめ惚れですめっちゃ好きです結婚してください溺愛してください贅沢言いましたすいません結婚してくださいめっちゃ好きです顔がいいです髪もいいです結婚してくださいお願いします!!!》


(顔て!!)


 マーカスは笑った。見た目がいい自覚はあるがそこまででもない。つーか初対面のど直球で不躾すぎる!


 マーカスは子供の頃から好奇心が強かった。

 知らない街に憧れた。知らない人々に憧れた。

 見たことのない世界に——…


(こんな女は、見たことない!)


——トン!


 机をたたく。伝わるかな?


——トン、トントンピーントン、トントン、ピーンピーントントン、ピーン


《手旗は疲れるでしょう、こっちでどう?》


 エルザははっとした顔をして、テーブルに縋り付く。


 ——トン、トンピーンピーントントン


《お気遣いありがとうございます!!感無量です!!》


 前髪が乱れて真っ赤になった目が見える。涙と多分鼻水でぐしゃぐしゃだ。ぽかんと半開きの口で中腰のまま、すがるように見上げる瞳は間抜けである。無様だ。


 恥を晒して泥水啜っても、戦える勇気をもつ顔だった。

 マーカスは()()()()()()()()()()()()()()()()

 敬意を払うべきだと知っている。

 ついでにめちゃめちゃ好き好き言われて照れている。

 上官はマーカスは彼女に向いていると言ってたが、彼女もマーカスに向いていた。


 トントンピーンの会話は続いた。

 エルザは他人とこんなに長く会話ができたためしがない。

 さっきまでとは違う涙が溢れた。

 初対面で無礼千万な態度をとったにも関わらず、怒りもせずこちらに寄り添いお話をしてくれる。

(顔もいいのに心もいい———二物!)

 こんな人がいるなんて知らなかった。自分にあんなことができるなんて知らなかった。しようともしなかった。

 教えてくれたのはマーカス 。

 さっきまでの圧倒的顔面力に爆発したエネルギーと、また違う暖かさが胸に溢れる。この人とずっと一緒にいれたらどんなにか——

 

「……だいすき」


 その声は小さかった。

 元々声の小さなエルザが、ポツリとこぼしたそんな声。ただでさえ聞こえにくいうえにひっきりなしにトントンピーントントンと卓上は騒がしく、とうてい耳に届くはずもない。


 が。


「俺も好き!結婚しよ!」

「!!!」


 さてマーカスは上官より、マーカスはエルザ向きだと伝えられていた。

 トンピーン会話をするなか、声の事情を知ったマーカスは(言っとけよあのおっさん)と思ったが、上官は(必要あるまい、マーカスなら聞き取れるし)と思っていた。



 彼は潜水艦の、ソナーマンだったのである。



******************************


 さてそんなわけで、大変耳が良く性格がちょびかし雑なマーカスと、大人しく内気でそこそこ図々しくわりかし突拍子もないエルザは結婚した。ラブである。

 マーカスは暗くて狭くて同じ景色ばっかで嫌で嫌でたまらなかった潜水艦を降り、大好きな海の「上」をかけまわった。多くはエルザも同行した。

 二人はたくさんの知らない世界を見て、知らない冒険をした。たくさん生まれた子供たちとの暮らしこそ真の冒険にして戦いだったかもしれない。

 そうこうするうち、潜水艦勤務で筋肉の落ちていたマーカスの体型はさわやか細マッチョからガチムチマッチョとなり、二十年たつ頃にはサラサラの金髪も消え失せていたが、エルザにとっては以前と変わらず、しゅきしゅきだいしゅきのラブちゅっちゅ。

 ずっとずっと、仲睦まじい夫婦だったという。


 ラブ!!



♡完♡




 

ありがとうございました〜!(´∀`*)

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― 新着の感想 ―
心の声がうるさすぎるよこのお嬢さん! 良き^^
命ガラガラ で噴きました笑笑 命からがら、ね 勢いがあって楽しかったです
めっちゃ良きです!! 様々な通信の達人になるであろう子供たちの進路も楽しみですね。
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