『友達』という選択肢
『秋の文芸展2025』参加作品です。
テーマは「友情」
「隼人。家族以外信じては駄目よ。他人なんだから」
母の言葉だ。
父が病気で亡くなってから、詐欺や変な勧誘やらが来て周りを信じられなくなったらしい。そんな母の姿を見て僕も世の中『信じることは馬鹿のすること』だと考えていた。
高校生活も、目立たず足を引っ張らず、それとなくこなしていく……つもりだった。
「白谷って、どうやって歴史おぼえてる? 暗記? それとも連想ゲーム的な? ちょっと教えて!」
三浜俊太に話しかけられるまでは。コイツは勉強が出来ない。なのに、僕に勉強のコツを何度も訊いてくる。正直、やる気がないなら訊かないで欲しいし関わって欲しくない。
だけど三浜は友達が多いから、怒らせたらイジメられるかもしれない。そう思い、軽く流している。
「うーん、俺は歴史はどうも苦手だからなぁ」
「そうなんだ」
「うん。国語は平均よりちょい下。勉強してないのに赤点じゃないんだ、凄いだろ!」
「……うん」
自慢、なのかな。
分からないけど相槌は打つ。決して僕からは話しかけない。馬鹿との会話は何の実りがなく、また、興味もないからだ。
「なぁ白谷、お前の鞄のキーホルダー……そうそれ、茶色い革のやつ。格好良いな」
三浜が目を付けたキーホルダーは、父の鞄の一部を加工して造った唯一無二の形見だ。しまった、目を付けられた。盗られるかもしれない。と、咄嗟に鞄を三浜から離した。
「……?」
呆然としている三浜。
「あ、いや……その」
僕は必死に言い訳を考えた。さすがに『お前を疑っている』とは言えない。しばらく沈黙が続いたが、三浜は、
「……大切なもんなんだな!」
と勝手に理解して、友達のところへ混ざって行った。何やらヒソヒソ話している。もしかして、キーホルダーを奪って隠したり捨てたりするイジメを考えてるんじゃないだろうか。
そんな不安がよぎり、僕はキーホルダーを鞄から外して、ポケットの中へ隠した。
次の日。
僕はキーホルダーを探していた。たしかにポケットに入れていた筈なのに、無い。
(体育の時に盗られたか!?)
三浜達に視線を送ると、三浜は手を降って笑顔でふざけていた。余裕のなかった僕は青ざめていた。唯一信じている家族の形見をなくしたのだから当然だ。
「白谷、顔色悪いぞ。どした?」
「……」
三浜が僕の視線を追う。そして、瞬時に『キーホルダーが無いこと』に気付いた。勉強はできないのに、こういうのに気付くのは速い。
「落としたのか?」
「分からない」
僕が答えると、三浜は、
「学校にあるかもしれないから、みんなで探そうぜ!」
そう言って友達に僕のキーホルダーの事を話し始めた。『大切なキーホルダーを落とした奴がいる』と言いふらしながら。
(あぁ、目立つことはやめて欲しいのに……)
そんな気持ちを抱えつつ、僕達は学校中を大捜索し回った。僕にとっては形見の大切なキーホルダーだけど、三浜達にとってはただのキーホルダーなのに。僕の家柄は裕福じゃない。何が目的でこんなに親切にしてくれるのだろう。
三浜達は、僕に何の見返りを求めているのだろう。
そんな事を思いながら、下校時間になってしまった。キーホルダーは見つからなかった。三浜は帰り道も僕についてきて街路樹とか茂みとかを覗き込んでキーホルダーを探していた。
(……帰り道、反対だって聞いてたけどな)
本当に、三浜は何が目的なんだろう。何が欲しくてこんなに必死になってキーホルダーを探すのだろう。
「うーん……交番に行くか?」
「……もういいよ。遅いから家に帰る。母さん心配してるだろうから。三浜君も帰りが遅かったら家族が心配するよ」
「そっか。じゃあ明日な。ぜってぇ見つけっから」
ニカッと笑う三浜。
自分に酔っているのか。ただのお節介? 世話を焼いて心地よくなるために、いい人を演じて株を上げるために親切にしているだけ?
「────隼人ー!」
いろいろ考えていた僕達の姿を見つけた母が、買い物袋をぶら下げながら走ってきた。
「母さん! あの……」
「これ。父さんのキーホルダー。洗濯物カゴから出てきたわよ。危うく洗濯しちゃうところだったわ」
「!!」
僕と三浜は母の言葉に愕然とした。
そうだった。昨日、三浜達を疑いポケットの中にキーホルダーを隠した。そのまま服を洗濯物カゴの中へ放り込んでしまっていたのだ。
三浜が呆然と立ち尽くしている。
(まずい!)
これは学校で言いふらされて悪ふざけの材料にされる。目立ってしまう……!
「良かったな」
「え」
それだけ?
1日かけて捜索したのに労力が無駄になった。これは何かお返しをして穏便に済ますべきだろう。
「三浜君。何が欲しい?」
「え? 何って、どういうことだ?」
「???」
母は三浜を見ながら少し諦めたような顔をしていた。でも、嫌な表情じゃない。むしろ、この空気を歓迎しているようにも思えた。
「うーん、白谷って何考えてるのか分かんねぇな」
「……ごめん」
僕が謝るのを見ると、三浜は、「うーん……」と考えて、
「じゃあ友達になろうぜ」
と誘ってきた。
僕は母の顔色をうかがう。母は僕にずっと『家族以外を信じるな』と言ってきた。僕はこの言葉の理解者だ。しかし、三浜の「友達になろうぜ」という言葉に、胸が大きく弾んだ。
母は僕を見て、大きく息を吸い。吐いた。
「自由になれる方を選びなさい」
母の言葉の意味を知らない三浜はボーッと僕の返答を待っている。母は選べと言った。僕自身の返答をしていいと言った。
なら、僕は……、
父のキーホルダーを握りしめて僕は三浜に言った。
「 」
その日から、僕は三浜達と『友達』になった。
おしまい
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