異世界転生ドラフト会議
ここは神の世界。
6人の神が円卓を囲んでいた。
司会役の神が席についたメンバーの顔を見回して、言う。
「それでは、本日の定例転生者ドラフト会議を開始する」
「あれ? チート系異世界担当の神は?」
一人の神の言葉に、皆がきょろきょろと周囲を見回す。
ゴホン、と咳払いが聞こえた。
視線を向けると、円卓に据え置かれた一台のノートPCがある。
モニターに映し出された眼鏡でボサボサ頭の神が、軽く手を上げていた。
「あ、すみません、今新しいスキルの実装待ちのメンテなんですけどバグ見つかっちゃって、リモートですみません」
「忙しそうだなぁ」
「さすが一番人気なだけあるわ」
皆うんうんと頷いた。
ここ十年ほど、彼の管理する世界が一番人気であることは周知のことだったからだ。
司会役の神が資料をめくって、口を開く。
「今回の転生者もチート系異世界希望のようだが」
「む、無理です無理です! 今月イベントも新キャラ実装もあってほんと、次のメインシナリオの準備もあってこれ以上は」
顔を真っ青にするチート系異世界の神。
深いクマの刻まれた顔で、頭をがしがしと掻きながらため息をついた。
「単純に強いスキル求めてくれればまだいいんですけど、みなさん『一見最弱なのに最強なユニークスキル』みたいなのをご希望なので、ほんと企画会議も大変で」
「そ、そうか」
「しかもあまりにぶっ壊れ性能だと他の無双希望の方からクレーム入るので、いかに今のゲームバランスを崩さないようにインフレさせないように、かつ一捻りあるスキルを生み出して、って、」
フフ、フフフ、と笑い始めるチート系異世界の神。
笑っているのにその顔はどこか鬼気迫っていた。
「スタッフみんな2カ月は家帰ってないです」
「て、転生者はハーレム系異世界でもいいと言っているが」
「ウチですかぁ?」
司会役の神の言葉に、ハーレム系異世界の神が口元に手を当てて、うーんと首を傾げた。
「別にいいですけどぉ、ウチの世界、男性の希望者がとっても多くて……今男女比が男8:女2になってるんですよぉ〜」
「ハーレムどこいった??」
円卓の神たちの間にどよめきが広がる。
ハーレムをやりたくて転生したのに男ばかりの世界では本末転倒である。
「それは、せめて6:4の段階で止めてやりなよ」
「わたしもそう思ったんですけど、何か〜、どこまでイケるかな〜って気になっちゃって〜」
てへ、とハーレム系異世界の神が舌を出す。
胸の谷間がぽよんと揺れた。
「それに、男ばっかりも意外と気楽で居心地いいみたいですよ〜。高専みたいで」
「そ、そうなのか……?」
まぁ、当の転生者がいいならいいのだろうか……? という微妙な空気が流れた。
それに気づいているのかいないのか、ハーレム系異世界の神がカールしたロングヘアーを指先でくるくると弄びながら、言う。
「暴動が起きそうになるたびにアーマ〇ドコアの新作を投下して様子を見てて〜」
「ア〇マードコアに託しすぎでは」
「直近はポケポケと桃鉄投下したので、あと10年はイケると思うんですけど、まぁ、そろそろ限界ですかね〜」
ハーレム系異世界の神の話を聞いて、皆この世界に転生させるのは難しそうだと判断した。
限界を迎えると世界は一度リセットしなければいけない。そうするとまた新たに世界が育つまでには時間がかかるし、何より査定に響く。
だからこそこの男女比まで放置していたのだろう。
司会の神が転生者の資料を確認して、ふむと呟いた。
「田舎暮らしにも興味があるようだが、スローライフ系異世界はどうだ?」
「あー……最近割と開発されまくってて、ちょっとスローライフ感ないかもしれないですね」
「それはそうなるか」
スローライフ系異世界の神がぽりぽりとそばかすのある鼻を掻く。現在人気第三位の転生先だけあって、宜なるかなと皆が唸った。
かぶった麦わら帽子を揺らして、スローライフ系異世界の神が腕を組んで考え込む。
「ちゃんとスローライフ出来るようにたまに文明滅ぼしてるんですけど、それもそれで評判悪くて、試行錯誤してて」
「それもそうなるだろうなぁ」
「あとご近所というか、現地の方とのトラブルとか、土地の有力者との揉め事とか多くて。それで病んじゃう人もいるみたいで、転世界希望出す人も結構いるんですよねぇ」
「あまりに転世界希望が早いのも考えものだな」
司会役の神が資料を確認する。確かにスローライフ系異世界は離世界率もそれなりに高かった。
だが発展しすぎるとスローライフ系の良さが失われてしまう。管理の難しいところだ。
スローライフ系異世界の神が、隣に座る神の顔を覗き込んだ。
「お仕事系異世界は? ウチと同じぐらい人気だろ?」
「うーん……ウチはなぁ」
お仕事系異世界の神が白衣の胸ポケットから手帳を取り出して、ページをめくる。
そして手帳から顔を上げると、司会役の神に問いかけた。
「その人調理師免許とか薬剤師免許持ってます?」
「いや、……持っていないが」
「だと無理だと思います」
お仕事系異世界の神がきっぱりと言い切った。
ぱたんと手帳を閉じて胸ポケットに戻す。白衣には赤いボールペンのペン先をしまい忘れたのだろう、赤い線がところどころに残っていた。
「転生者が異世界で店始めるの、割と飲食系か薬剤系が多いんですが。飲食系はかなり乱立していて、正直銀座とあまりレベルが変わらないんですよ」
「怖」
「異世界じゃないじゃん」
想像とかけ離れたお仕事系異世界の実情に、思わず皆が手元の資料を確認する。
お仕事系異世界もそれなりに離世界率が高かった。
やはりイメージとのギャップがあると言うことだ。
「そもそも前世で料理とかしてなかった人が異世界行っていきなり出来るようになったりするわけじゃありませんから」
「正論だぁ」
「で、家庭レベルの料理の腕で店を出すわけですよ、家庭レベルの衛生管理の知識で。……まぁ、トラブル起きますよね」
肩を竦めるお仕事系異世界の神。
円卓に載せた手で指を組みながら、声のトーンを落として、言う。
「薬剤系なんてもっと顕著ですよ。素人知識でまずいことをやって死人まで出た事例がいくつもあります。どれだけこちらで揉み消したか」
お仕事系異世界の神の顔から、表情が消え去った。
苦労が滲み出ており、その場の空気がどんよりと重くなる。
「もちろん揉み消しきれなかったものもあります。異世界側の基準や規則を学び直さずに安易に手を出したが故の前例がいくつもあるせいで、普通の転生者は風評被害を受けて、結局やっていかれない。そうすると必然、前の世界で有資格者だったような転生者しか『お仕事』できないわけです」
なるほどと、他の神たちはお仕事系異世界の神の話に聞き入っている。
それならば転生者が資格を持っているかを確認するのも頷ける。結局のところ、世界が変われどそのあたりは変わらないのである。
「そもそも飲食系も薬剤系も、別に楽でも、楽しいばかりでもありません。前世で料理人してた人とかでも結構、もう来世では別の仕事したいという人が多くて。そのぐらいキツいんでしょうね」
「まぁ、前世と同じ仕事がしたい転生者の方がレアケースか」
「でしょう? それでも異世界に行っても料理がしたい、みたいなプロは、もうステージが違うんですよ。そんな人と素人が、同じ土俵で戦えると思いますか?」
「…………」
神妙な顔をして語るお仕事系異世界の神。
誰も、彼の言葉に異議を唱えることなどできなかった。
となると、と、ここまで話題に上がらなかった一人の神に視線が向く。
司会役の神が代表して、尋ねる。
「では、王道RPG系の異世界はどうだろう」
「いいぞ! ウチは気概のあるやつは大歓迎だ!」
王道RPG系異世界の神が、手甲をがちゃがちゃ言わせながら拳を握りしめる。
鍛え上げた上腕二頭筋を見せつけるようなポーズで快活に笑った。
「今コロシアムで魔物と戦わせて、生き残った者のみ自由を与えるというイベントをやっていてなぁ! 飛び出る臓物、舞い散る血飛沫! 毎日飽きないぞ!! がっはっは!!」
「……スローライフ系異世界に行ってもらおう」
司会役の神の言葉に、一同が頷いて賛成を示した。
「次の転生者だが……少々変わっていて」
「転生者なんてだいたい変なやつばっかじゃないですか」
「何でも『俺は新世界の神になる。どの世界に転生したとしても』と言って憚らないとか」
しーんとその場が静まり返った。
無理もない。明らかに地雷と分かっている転生者を受け入れたい世界などないのである。万が一大量殺人など起きようものなら査定に響く。
その沈黙を、能天気な声が破った。
「ちょうどよかった〜欲しかったんです新世界の神〜」
「ちょうど欲しいことある!?」
ハーレム系異世界の神が、にこにこと微笑みながら手を上げたのだ。
ぎょっとして周りの神たちが彼女を見るが、当の本人は両手を組んで、「お願い」のポーズを取っている。
「どのみち作り直すんですし、最後にドカーンと大きく歴史を動かしてみようかなと〜」
「やめろやめろ! 男女比8:2の挙句新世界の神を投下しようとすんな!」
「かわいそうだよハーレムやりにきた人たちが!!」
「じゃあどこか他で引き取りたいとこ、あるんですか〜?」
一同がまた静まり返る。
王道RPG系異世界の神が「弱っちそうならウチで引き取って始末するって手も」と言い出したが、司会役の神は首を横に振った。
こういう手合いは何をするか分からない。ただの口だけならいいが、最悪の場合王道RPG系異世界の手だれを扇動して暴動でも起こされたら大惨事だ。
なまじ周囲に骨のある転生者が多い分、本当に新世界の神になりかねなかった。
チート系異世界は何とかしてギリギリのバランスを保っているところだし、カルト教祖は農村が舞台のスローライフ系異世界や商工業の盛んなお仕事系異世界とはあまりにも相性が悪い。
沈黙ののち、司会役の神が重苦しく口を開いた。
「ハーレム系異世界に行っていただこう」
〜〜〜〜
「というわけで今回からこの会議に新しいメンバーが加わった」
「フッ……俺こそが新世界の神!!」
「マジで『なる』パターンあるんだ……」