06_六芒星の間
「凄い。」
ディジーは思わず感嘆の声をあげる。
その部屋はちょっとしたグランド並の広さであり、3階分吹き抜けにしたような高さがある。
さらに不思議なことに太陽も差し込まない地下にも関わらず薄ぼんやりと明るくなっている。
「もしかして夜光苔。」
ディジーは部屋を見回し、壁に手を触れた。
一面に苔が生えており、蛍光塗料のように光っている。
「教授、この部屋のこと知ってました?」
ディジーは後ろを振り返った。
ところがそこには教授の姿はない。
「エド、教授はどこ。」
隣で騒いでいるエドに声を掛ける。
「あそこ。」
エドはさっき開けた扉の付近を指さした。
よく見ると扉の前でなにやら熱心にメモを取っている。
「教授、何を調べているんです。」
ディジーが近づく気配を察したのか教授は驚きもせずメモをしまい、扉の前を離れた。
「珍しい文字が刻まれていたのでね。」
「珍しい文字?」
「ああ。多分ルーン文字の一種だと思う。
調べて見ないことにはよく分からない。」
「どういう意味です。」
ディジーの問いに教授は暫く考え込んでからゆっくり答える。
「今まで知られている文字と似ていながらどれも微妙に一致しない。
文字の並びも例が無い。」
「それって新発見って奴ですか。」
「さあ。誰かのいたずらかもしれない。
何かの警告のような文面だった。」
「何だ。読めたんじゃないですか。」
「読める部分もあったというのが正しい。ただ。」
「ただ?」
「私が読めた部分は後世の書き込みと思われる。」
「訳が解らない。
それで、読めた部分にはなんて書いてあったの。」
「分かった。」
教授はゆっくり呪文のように話し出した。
『大いなるものに祈りを捧げよ。
祈りは力となり、門を開かん。
天と地を結ぶもの、そは契約の証。
選ばれしものよ、
証を示して試練の門を抜けよ。
知識を望むものには世界を、
力を望むものには神の力を、
定まらぬものには秩序を示さん。
選ばれざるものよ、
門に近づくなかれ。
そには裁きの門とならん。』
「何それ。」
呆れ顔のディジーに、教授は首を横に振った。
「私に聞かないでほしい。
分からないのは同じだ。」
エドはグルッと室内を見回し、首を傾げる。
「でも、リチャード。門らしいものなんてどこにもないよ。」
「そうね。・・・、まさかあの扉!」
「大丈夫。あの扉には鍵なんて掛かって無かったし、それに僕らは祈りなんて捧げてないよ。」
「そうだった。
もしかしたらこの部屋のどこかに門の跡があるかもしれない。
探して見ましょう。」
ディジーはそれだけ言うと2人に背を向け、広い部屋の中を歩き始めた。
エドはその後を追ったが、首を傾げる教授の様子に、再び戻ってくる。
「リチャード、どうしたの。」
「ああ、さっきの言葉なんだが、・・・。」
「何か間違っていたの?」
「いや、そうではない。・・・、多分、そうではないと思う。
・・・、何て言ったらよいのか。
エド、私が読めたのは最初と最後の部分だけなんだ。」
「えっ、どういうこと。」
「『天と地を結ぶもの、そは契約の証。
選ばれしものよ、
証を示して試練の門を抜けよ。
知識を望むものには世界を、
力を望むものには神の力を、
定まらぬものには秩序を示さん。』
の部分は読めなかった。なのに口から出ていた。
それから、・・・。」
「まだ、何かあるの。」
「前にも言った通り、私はこの城の地下室の存在は知らなかった筈。」
「来た覚えがあるの?」
「分からない。
もし、あるとすれば祖父の生きていた頃だろう。
少なくともここで暮らすようになってからは記憶がない。」
「変なの。それでさっき妙に首を傾げてたんだ。」
「済まない。
記憶力は良い方だと思っていたのだが。
どうも自信が無くなった。」
「こら、エド、教授、私一人に探させるんじゃない。
ちょっとは手伝ってよ。」
遠くでディジーが懐中電灯を振り回しながら怒鳴っている。
「分かった。今行く。」
「もうっ、ここは馬鹿みたいに広いんだから。
何を考えてこんなもん作ったんだろ。」
エドは一瞬、駆け出そうして振り返る。
「リチャード、今の話、ディジーには内緒だね。」
「そうだね。」
駆け足のエドの後ろを教授はゆっくり歩きながら付いていった。