05_潜入
風の強い夜だった。幾つもの雲が飛ぶように流れ、夜空に浮かんだ月を隠す。
月明かりの部屋に3人の男女が立っていた。
「この階段、相当すり減っているわね。転ばない様に気をつけて。」
薄暗い石の階段を懐中電灯の光が照らす。
ディジーが先頭に立って一歩、足を踏み出した。
いつものメイド服ではなく、生地の厚い長袖のシャツに革製のチョッキ、ジーンズにハーフブーツ、髪にはバンダナを巻いている。
おまけにナップザックを背負いベルトに登山ナイフまで差していた。
その後ろにこれまた似たような格好のエドが用途不明の機械を幾つか抱えて続く。
「本当に行くつもりかい。」
教授が明かりを消した懐中電灯を片手に声を掛ける。
彼だけ一人、タートルネックのシャツに薄手のジャケット、スラックスとラフな外出着であった。
「当たり前よ。こんな機会は滅多にないんだから。」
仕方ないと眼鏡をジャケットのポケットに終い、階段を下る。
誰もいない部屋を月明かりが照らした。煌々と満月が中天に輝いている。
その日、珍しくロッテが外出した。
何でもロンドンから帰ってくるエドの両親を迎える準備の為、近くの街までアンナと一緒に買い出しに出掛けたのである。
帰ってくるのは翌日のお昼過ぎになるという。
そして、執事のセバスチャンが村の集会で夕方頃、屋敷を後にした。
イワンは離れで暮らしている為、この古びた城にいるのは教授、ディジー、エドの3人だけである。
そこでディジーはかねてから念願である尖塔への扉を開けることにした。
当初、ディジーは一人で地下室を探検するつもりだった。
登山ナイフを持っていくことにしたのは一応護身の為である。
教授の話が真実ならばそれが役に立つと思えないが、クリスチャンではないディジーは十字架を持っていても意味がない。
それならば慣れ親しんだナイフの方がまだ安心できる。
扉の鍵ならヘアピン一つで何とかなる。
それで開かなければ諦めるまで。
そう思って自分の部屋を抜け出そうしたところ、エドに見つかった。
仕方なく事情を話したら、向こうが乗り気になってしまった。
ディジーに合わせて登山服に着替え、自分の部屋からトムの発明品の一部を引っぱり出してくる。
その時教授は自分の部屋で調べものをしていた。
2階の図書室にある文献を取りに廊下へ出たところ、エドに呼び止められた。
いかにも怪しげな格好の二人を見て、教授は少しばかり眉をひそめ問い質した。
「こんな時間に一体どこへ行くつもりだい。」
「この城の地下室を探検するんだ。」
エドが自慢げにトムの自信作を手に答えるのを聞き、教授は額に手を当てため息をつく。
暫く沈黙の後、ぽつんと呟いた。
「明日にしなさいと言っても無理なんだろうね。」
「うん。」
にっこり頷くエドに対し、教授は仕方ないといった風に首を横に振る。
「羽織るものを取ってくるから少し待ちなさい。」
「付き合ってくれるの?」
「君たちに何かあったらセバスチャン殿に申し訳が立たないからね。」
そうして、3人は連れ立って塔への扉へ向かった。
ディジーは高さ2m以上はある大きな扉を前に口を開いた。
「これで最後かしら。相当、深いところまで来ちゃったわね。」
位置にして大体地下5階ぐらいだろうか。
3人が地下室への階段を下り始めて30分以上経過している。
何事も無ければそんなに時間が掛かる距離では無いのだが、階段がすり減って滑りやすい。
その上に途中鍵のかかった扉がいくつもあって予想以上に時間が掛かっている。
それらの鍵は全てディジーがヘアピン一つで開けていた。
「どこでそんな技術を覚えたんだね。」
「母親の友達に習った。」
嬉々として扉の鍵を開けるディジーにエドは教えてとねだっている。
そんな二人に教授はため息をついた。
「そうじゃない。
今まで開けた扉でこんなに大きいのなかったよ。
それに見てよ。」
エドが扉の中程を懐中電灯で示す。
「これ、六芒星だよね。
他のにはこんな紋章ついてなかったよ。
そうでしょう、リチャード。」
「・・・ああ、そうだね。」
少し間を置いて教授が答えた。
「どうしたの。」
「何でもない。少し考え事をしていただけだ。」
「なら良いけど。」
不安げなエドを横目にディジーは扉に手を掛ける。
「開けるわよ。良い。」
扉はギィーと鈍い音を立てて開いた。