01_別れの季節
6月、年度の切り替わりの時期がやってきた。
ディジーは2年度として必要な単位は全て取り終え、卒業に向けて本格的に学ぶ分野を決める時期となっている。
「さてどうするかね。」
元々ディジーがここにきたのはブルームフェルト伯の遺品の引き取りがメインだった。
それが果たされ、細々とした依頼もほぼほぼ終わっている。
こちらで学びたいと思う分野はここよりも別の大学の方が多い。
「教授から言語学について薦められているけど・・・」
ディジーは実家や母親の関連で中国語やラテン語、古語を含めて、東洋系、欧州圏の言語をメインに扱える言語の数は多い。
が、必要だから覚えたのであって学びたいかというとそうでもない。
「父さんは義理は果たしたから学びたいと思うことを学んで来い!って言っていたしなあ。」
ディジーは手元の資料に必要事項を書き込むと学生課に向かって歩き出した。
それから暫くたったある日、実家からの手土産を持ってディジーは教授の研究室に訪れた。
「おや、久しぶりだね。」
「ええ、お久しぶりです。」
そう言ってクッキーの缶をエドに渡す。
数量限定で一般販売をしておらず、お得意さんしか入手できない秘蔵の品だ。
一見さんお断りの店で店舗には看板も無い。
予約販売で半年先まで埋まっている。
実家の須藤家では定期的に購入しておりその一つを今回回して貰ったのだ。
「へ、聞いたことないけど、美味しそう。」
缶を開けたエドは匂いだけで蕩けそうな顔をしている。
教授は缶を奪い取って皿に数枚並べた。
不満顔のエドに教授は言った。
「お前が持っていたら全部食べるだろう。ジルやアルベルトの分を取っておかないと。」
「あー、そうだった。ディジーのお土産は美味しいからついつい食べすぎるんだよね。」
このクッキーならこれが良さそうだなど、呟きながら紅茶の準備をする教授。
「美味しい!」
出されたクッキーを食べ終えたエドはクッキーの缶を取ろうとして立ち上がったところ教授に捕まった。
「あれはジル達と一緒に食べる分だから駄目だ。」
「はーい。」
渋々椅子に座りなおすエドに教授は言う。
「確かに美味しいな。これはどこで買えるんだい。」
「一般販売はしてないので無理ですね。」
「えっそうなの?」
「うちは500年前初代を支援しているので手に入りますが。」
「500年前・・・」
「500年前と言うと大永年間か。」
「ええ、日本史では戦国時代ですね。その頃から継続して支援を続けているので。」
「その頃にクッキーなんてあったの?」
「無いですよ。洋菓子は江戸時代阿蘭陀貿易で長崎から手に入れた蘭書でカステラとかを作っていたみたいですが。」
そう言って自分の分をクッキーを二人へ渡す。
「良いのかい。」
「ええ、私は実家に戻れば食べる機会は幾らでもありますから。」
紅茶を一口飲む。
「このクッキーを作っている店が暖簾分けしたのは明治の頃です。
そう言えば今の店主にマルクスさんは会ったことがあるかもしれませんね。」
「お祖父様が?」
「ええ、父がこっちにいた30年前、渡欧していた店主の面倒を見ていたと聞いてます。」
「そうなんだ。今度お祖父様に聞いてみよう。」
そうやって暫く雑談を続けていたが、そろそろお開きと言うところでディジーは口調を改めた。
「来期はスペインの方の大学に移るのでお別れの挨拶をしようと思ってお伺いしました。」
「え?」
「私がこっちに来たのは例のブルームフェルト伯関連が目的でした。
そちらが片付いたので元々学んでおきたかったことを学びに行こうと思っています。」
「そちらの方がここよりも進んでいるのかい。」
「進んでいるというより現場と言う方が強いでしょうね。」
「何を学ぶか聞いても良いかな。」
「ええ、流浪の民に関するものです。」
「ロマ、かってはジプシーと呼ばれていた者達か。確かに島国であるこっちにはあまりこないな。」
「何でって聞いていい?」
エドの言葉にディジーは頷く。
「母がそちらの出身なので。今は日本に帰化していますが。」
簡単な事情の説明の後、教授は言った。
「良く帰化出来たね。」
「そうですね。」
「えっディジーのお父さんと結婚したなら簡単なんじゃないの?」
「そうでもない。
私が聞いている話ではそもそも妾ならともかく彼女の父親との結婚はそもそも認められない筈だ。」
「?どういうこと?結婚しているんだよね?」
「ええ。」
ディジーは微笑みを浮かべて頷く。
「まず第一に表立ってはいないとは言え、国の中枢で働くものの頂点に立つ者の伴侶に外国のそれも下賤と言われかねない者がなることはまずない。」
「一応茶道の家元としてそれなりに知られていますけどね。」
「次に彼女らが放浪を止めて定住することを望むことがない。
彼らの定住化は未だに各国政府の課題だ。」
「色々あったって聞いてます。」
「そうだろうね。」
「まあそういうことなのでここできちんと学んでおこうかと思って。」
「それでスペインに行くのか。」
「はい。」
そう言ってディジーは席を立った。
「ごちそうさまでした。」
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