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ヘキサグラム~我ここに在り  作者:
第1章 天在り・最初の冒険
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03_仕事始め

「ここが貴方の部屋です。」

ロッテが案内したのは屋敷の最上階、屋根の関係で奥の天井が傾斜している、広さ12畳位の部屋だった。

「荷物を片づけ、着替えたら、厨房までいらっしゃい。これからの仕事について説明します。」

言いたいことだけ言うとロッテはさっさと部屋を出ていく。

ディジーは窓際のベットに腰を降ろした。

「あのおばさんが用意するような部屋だからとんでも部屋かと思ったけど、これはなかなか悪くない。」

傾斜した天井には灯り取りをかねた丸窓が一つ。

それを開ければ簡単に屋根の上に出れそうだった。

窓の向こうには黒く塔が聳えているのがわかる。

その向こうに闇を溶かしたように微かに山並みが浮き出てみえた。

部屋にはベットが一つ、サイドテーブル、テーブル一式、組み込み式の戸棚と衣装ダンス、鏡に扉が一つ。

開けて見たらトイレとお風呂だった。

栓を捻るとちゃんとお湯も水も出る。

切れた電灯もなく、どう見ても昨日まで誰かが使っていた様である。

だが、メイドを募集してから大分時間が経っていることを考えるとそれも変だ。

まさかディジーのために掃除をしたとは考えられなかった。

変と言えばこの屋敷も変だ。

廊下には装飾を兼ねているのだろう蝋燭が等間隔に置かれ、煌々と室内を照らしている。

だが、その光量はどう考えても蝋燭の灯りとは思いにくい。

しかし、蝋燭の燃える微かな音と臭いがしていた。

また、蝋燭以外の光源も見あたらない。

この部屋には電灯が使われているにも関わらずだ。

あの後屋敷内を案内されたが、出会ったのはエドと執事だけである。

広大な屋敷の隅々まで掃除が行き届き、古い家特有の寂寥感というものが無い。

これだけの屋敷を維持するためには召使いの10人は軽く必要である。

にも関わらず人の気配がまるでしない。

さらに不思議なのが屋敷のあちらこちらに飾られた鏡である。

大小様々、相当年代物から最近流行の物までところ構わず置かれている。

どこかの宮殿みたいの鏡の間こそ無かったが、その総てが綺麗に磨き抜かれ、蝋燭の灯りを受けて輝きを放っていた。

「どうなっているんだろう。まさか吸血鬼を恐れた訳でもあるまいし。」

ディジーは独り呟く。

ブラム・ストーカーの書いた小説、「吸血鬼 ドラキュラ」の舞台はこんな田舎の古城だった思う。

たぶんこの屋敷にも地下室があるはずだ。暇を見つけて探してみよう。

そう思って体をおこし、衣装ダンスを開ける。そこにはロッテと同じ古風なメイド服が入っていた。

「もしかして、これを私に着ろと・・・。」

白いブラウスを手に呆然としていたが、気を取り直して服を着る。

今まで何度か制服と称してとんでも無い服を着せられたことがある。

それに比べれば大分ましだ。

似合うかどうかは別として。

白のブラウスに黒いワンピース、白いエプロン。

意外なことに用意されたそれはまるでディジーの為に作られたかの様にぴったりと体に馴染む。

ディジーの体格は背こそ人並みより高めだが、周囲の友人達と比べてずっと細い。

ボーイッシュなのは外見だけでなく、体型もそうで自分の体に合ったものを探すには婦人服売場よりも少年のコーナーに行った方が早いくらいだった。

確か応募用紙にスリーサイズを書く欄は無かった筈。

(モノクロ上半身の写真だけでこれを作ったの?)

直ぐに首を横に振った。

流石にそれには無理がありすぎる。

となると事前に調べたということになるが・・・

採用が決まってからここに来るまでそれなりに時間が経っている。

過去のバイト先とかに着ていた制服のサイズとか確認する手段はあるだろうが・・・

(そこまでする?)

ディジーはこの一件には触れないことにした。

要は休み一杯働いて給料を手に入れればそれで良いのである。

雇い主の事情には触れないのが鉄則というものだ。

ディジーは鏡で自分の姿を確認すると1階にある厨房へ急いだ。


「あんたが菊音かい。」

厨房に入るなり太ったおばさんが陽気に声を掛けてきた。

「はい。」

何故かは知らないがこの屋敷の人間は皆日本語を使っている。

それとも自分に対してだけ日本語を使うのだろうか。

ディジー自身母親がフランス人で子供の時からこっちに来ていたので語学は得意だ。

専門の教授には劣るが日本語、フランス語は勿論のこと、英語、ラテン語、ギリシャ語は使いこなす。

(別に英語でもアイルランド語でも大丈夫なんだけどな。)

そうは思っても口に出さない。

生まれてから一番長く過ごしたのは日本なので日本語を使ってもらえるなその方が楽だ。

「私はアンナ。アンナ・マリア・デュボアさ。

昔、エドワード坊ちゃんの乳母だった。

今じゃこの屋敷の料理人さ。

なんか嫌いな物はあるかい。」

いいえと答えて周囲を見回し、竃で薪を焚いているのを見つけた。

らしいな等と考えながら観察を続け、視線の先に電子レンジを見つけ、

・・・、

沈黙する。

どうして、薪でご飯を作るその隣に文明の利器である電子レンジがあるんだ。

トンっと良い匂いのするものが目の前に置かれた。

「御飯、まだなんだろう。」

アンナは前の椅子に座ってにこにこ笑っている。

ディジーは自分がお昼から何も食べていないことを思い出した。

席に付き、夕飯に手を伸ばす。

「おいしいかい。」

料理が半分無くなったくらいにアンナが話し掛けてきた。

「はい。とっても。」

御世辞抜きで答える。

英国の料理は不味い。

今までこちらの料理はこういうものだと我慢してきたが、日本人の父とフランス人の母を持つディジーは結構グルメである。

はっきりいって謎だらけの屋敷だが、部屋とこの料理は文句無しである。

「それは良かった。お代わりもあるよ。」

ディジーの食べっぷりに満足したのかアンナは陽気に笑い声をあげた。

そして空になった器に料理を山の様に盛っていく。

「一杯、御食べ。

おいしい物をたくさん食べる。

それが人生の一番の楽しみさ。

リチャード様もそれくらい食べれば良いのにねえ。」

「あの、リチャード様ってうちの大学の教授の。」

「そうさ。あの方はあんまり食べることに興味が無くてね。御茶にはうるさいのに。本当に困った方だ。」

「一体、どういう御関係なんです。」

「ああ、リチャード様の御先祖が何でもこの家を救ってくれたとかで代々親交があってな。

特にリチャード様の祖父とエドワード様の祖父が親友だったんだよ。

それで赤ん坊の時に御両親を亡くされたリチャード様は御祖父さんに育てれたんだが、

その方も7歳の時に亡くなられて、それ以来、大学に行かれるまでこの屋敷で暮らしていたんだよ。」

「ということは、学校に通わず全国共通試験を受けたんですよね。」

「そうだね。」

ディジーは舌を巻く。

教授の持つ伝説の一つにこの試験で受けた種目総てA、それもトップクラスだったというものがある。

てっきり、イートンかハローといった名門のパブリックスクールの出身だと思っていたが、まさか独学だったとは・・・。

侮り難し英国貴族。

「で、あの、エド・・・ワード様も。」

「一応、それを目指しているみたいだけどね。

ところが御当人のやる気がね。

物覚えの悪い方じゃないんだけど集中力がなくて。

リチャード様が居られるときはしっかりやるんだけど大学に戻られたらさっぱり。

後2年しかないのにねえ。」

あと2年、ということは16歳。てっきり12か13だと思ったのに。

「さて、御飯が済んだらここでの仕事を覚えて貰わなくてはね。」

そう言って、アンナは立ち上がる。

ディジーは慌てて残ったスープを飲み干した。


彼女は仕事として主に部屋の掃除が与えられた。

そして一つ終わるごとにロッテの検査を受けるのだが、これがまた手厳しい。

そんな老眼でよく見つけるなと思うほど細かい粗を見つけ出すのだ。

その時のロッテの意地悪で嬉しそうな態度といったら。

何度、その顔面に辞表を叩き付けてやろうかと思ったことだろう。

ディジーがそれを実行しなかったのは、高給の為だけではない。

やろうとするとどこともなく執事やアンナが現れてやんわりと仲裁に入るからである。

一度、あまりの態度に腹を据えかね、やめてやるという言葉が喉まで出かかったことがあった。

ディジーが辞表を握りしめ、叩き付けるタイミングを計っていた時、後ろからポンと肩を叩かれた。

「止めないで。」

そう叫んで振り返ると、イワンが立っていた。その影でエドが怯えたようにこちらの様子を窺っている。

しまったと思ったが、既に手を振り上げている。

今更しおらしくも出来ず、振り上げた手のやり場に困りその場を言い繕う言葉を考えていると、

「落とし物だ。」

イワンはそうぶっきらぼうに言って、ハンドタオルを渡す。

そしてスタスタと自分の持ち場に戻っていった。

「あの、・・・。」

毒気を抜かれたディジーは返す言葉も無く立ち竦む。

結局、タイミングを逃してしまいそそくさと仕事に始めた。

いつかやめてやると心に誓いながら。


まあこのロッテの嫌みは無視するとして、ここでの仕事は確かに手抜きは出来なかった。

この屋敷、総ての部屋に本物の暖炉が備えつけられ、五つ星以上のホテル並の家具が置かれている。

家具の一つでも傷を付けたら彼女の月給などではとても弁償出来ないだろう。

そんな家具のある部屋にメイド経験の浅い新入りを使うとは何を考えているんだと思ったが、そこで疑問にぶち当たる。

ディジーが掃除している部屋の殆どが使われていないのだ。

たまに掃除しようとして止められることがある。

その内の一つ、屋敷の南側、日当たりの良い居心地の良さそうな部屋は教授の部屋だった。

覗いてやろうという誘惑に駆られたが、後ろからロッテが監視していたので諦める。

1年の大半をケンブリッジの大学近くのアパートで一人暮らしをしている教授の為にこんな良い部屋を取っておくとは、この屋敷内での教授の立場が分かるというものである。

2、3日すると、エドがちょこちょこやってきては仕事の邪魔をするようになった。

ディジーはすばしこいエドの対応に追われて、掃除が全然捗らなくなった。

その上、エドはロッテが苦手らしく、散々仕事を邪魔した挙げ句に彼女が近づくのを察するとまるで煙の様に姿をくらましてしまう。

ディジーはロッテの小言を聞きながら自分も消えたいと思った。

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