祈り
薄暗い部屋で主は顔を神殿の方に向けた。
「帰ったか。」
数日前に神殿に現れた門の気配。
様子を見ていていたら異邦の術師がやってきた。
若いが交渉のやり方は知っているようだ。
金貨を対価に幾つかの物品を求めた。
てっきり知識か武器、あるいは旅を続ける道具を求めるかと思ったらパピルス。
目的は後世に知識を残すこと。
「王は遺言を果たされるか。」
偉大なるあのお方が残した最後の頼み
「女王を立たせてはならない。」
望む理由は理解できる。
あのお方には子がいない。
王の立場を揺るがさないために子を成さない選択をされた。
だがそれだけではない。
子を産むというのは命に関わる一大事。
もしあのお方に何かがあれば今は無いだろう。
王の役割の一つはその血脈を繋ぐという事。
王がその為に倒れたら国が亡ぶ。
敬愛する偉大なるあのお方の頼みとはいえ王が望むことではない。
だからせめて王の本意を残したい。
「偉大なるトートよ。我が祈りを叶え賜え。」
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「まさかこんなものが見つかるとはなあ。」
チャールズ・ギャラウェイは手元の報道記事を見ながらぼやいた。
切っ掛けは友人から届いた謎掛け。
大学の年下の友人は時々こういう謎掛けを送ってくる。
謎を解くと何かしらの発見があるので必死になって解読した結果が今回のこれ。
世紀の大発見と銘打たれた新聞記事とその続報は彼の眼の前に積み上げられている。
「パピルス、それに使われたインクは3,500年前のもので間違いないか。」
その横に置かれている研究機関の鑑定結果はどちらもトトメス3世時代のものであると記載されている。
そうなると問題は誰がどんな目的でこれを残したかだ。
そして年下の友人はどうやってこれの存在に気付いたか?
「目的の方はトトメス3世が壊すことを知っていて未来に残すことにしたって奴だろうけど。」
素焼きの桶に残された手紙にはそれが女王の遺言であったとされているが。
だとしても今まで何故これの存在に誰も気づいていなかったのか。
破壊された神殿の碑文の全文。
全てではないにせよこれでかなりの部分が分かるだろう。
そしておまけの様に同封されていた手紙や地図、命令書の下書き。
現在に残されている様々な資料と矛盾しないそれらは一級資料と言っていい。
碑文の文字だけなら後世の創作もあり得たが同封されたそれらが創作である可能性を否定する。
「暫く忙しくなるな。」
最近届いた手紙に近い内にこちらに来ると書いてある。
言語学のエキスパートである友人はどんなことを語ってくれるのか。
今から楽しみだ。