12_交渉と準備
案内されたのは光の射さない薄暗い部屋だった。
主もまたフードを被り、容貌が分からない。
「異邦の客人よ。御要望な何かな。」
主の声にディジーは答える。
「欲しいものは次のもの
・神殿の壁画に刻まれた文字を写すだけのパピルスと筆記用具
・それを入れる素焼きの桶
・それを包む動物の皮
これで用意できるかしら。」
1オンス金貨を1枚出して机に載せた。
部屋の主は金貨を手に取っていった。
「異邦の金貨か。潰せば問題ないだろう。」
「それで?」
「神殿の壁画全てを書き写す量は直ぐには用意できない。」
「今直ぐに用意できるのはどれくらい?」
部屋の主はサンプルと量を伝えてくる。
「今出した金貨が何枚必要?」
部屋の主との交渉が始まった。
ある程度交渉がまとまったところで部屋の主が聞いてきた。
「何のためにこれらを求める。」
「未来に届けるため。」
ディジーは首を横に振った。
「私のいる時代では神殿の壁画は傷付き失われたものが多い。」
「王が傷付けたか。」
ディジーは黙って相手の顔を見た。
「私が用意したものも一緒に入れてくれるなら少しおまけしよう。」
「金属とかは困るんだけど。」
部屋の主は口元を歪め笑みを形作る。
「なに、手紙を何通か入れて欲しいだけだ。」
ディジーは黙って相手の表情を伺う。
「送る相手のいない書き損じだよ。」
「構わないけど。」
「交渉成立だ。他に必要なものはあるか。」
「少々日持ちのする食べ物があると嬉しい。」
「要望はあるか?」
「干した果物とか炒った木の実、シンプルなものを。」
「味付けが口に合うか分からないか。
塩で軽く炙った干し肉も用意しよう。」
「有難う。」
「旅人ならマントやテント等も求めるものだがな。」
「多分そういうものが必要にはならないと思う。」
用意が出来るまで部屋の主と雑談しながら過ごす。
届いた牛の皮に呪陣を施すのを見て部屋の主が言った。
「惑わしの呪陣か。」
「流石、こちらのものじゃないのに分かるとは。」
「気配でね。時を止める類ではないのだな。」
「時を止めたら意味が無い。
条件さえ整えはパピルスは私のいる時代まで持つのは分かっている。」
「盗掘対策か。金属や宝石は要らないというのもそれが理由か。」
「ええ、世には妙な勘の働く人が居るから。」
「確かにな。」
半日後、ディジーは食料やパピルス、インクに筆記用具などを手に入れて戻ってきた。
「後で10オンス、金貨10枚をお願いします。」
「分かった。一体どうやったのか聞いても良いか?」
「乙女の秘密は聞かない方が良いですよ。」
と言ってパピルスや筆記用具を手渡す。
「使い方、分かります?」
「ああ、問題ない。」
一心不乱にパピルスに序文から始まる全文を書き記す教授を横目にティーテーブルに着く。
「食材がはっきりわかるものに買ってきた。」
並べたのは乾燥したナツメヤシや果物、木の実、鳥を焼いたもの。
水はない。
「一応消毒はしてある。」
そう言ってティーポットのお茶をカップに注ぎ、口にした。
「ああ生き返る。」
一気飲みしたカップにさらにお茶を注ぐ。
出掛ける前にナップサックの水筒にお茶を入れていったが炎天下の街中を歩くには足りなかったらしい。
果物を摘まむエドが聞く。
「井戸とか無かったの?」
「あっても沸かす道具が無ければ飲む気はしないわ。」
そう言って喉の渇きを潤すと買ってきた豚の皮を広げた。
横に素焼きの桶を置く。
「なにをするの?」
「3,500年耐えうるタイムカプセル作り。」
時々エドが教授に食事や飲み物を取らせている傍らディジーは幾つもの呪陣を豚の皮に施す。
証拠となる素焼きの桶には手を出さない。
「終わりました?」
用意したパピルスにびっしり書き込まれた文字。
「ああ、もっとないのか?」
「駄目です。
前にも言いましたが欲張らないのが鉄則ですよ。」
未練たらたらの教授の手からパピルスを受け取り、素焼きの桶に入れて蓋をする。
素焼きの桶を豚の皮に包み、立ち上がった。
「さて、埋める場所はどこにしますか。」
「埋める道具がどうするんだ?」
ディジーは視線をエドに向ける。
「これの出番?」
その手には持ち込んできた用途不明の機械があった。
深夜、教授が当たりを付けた場所に移動して用意していた機械を地面に置く。
ディジーは人の気配をそらす呪陣を張った。
機械はゆっくり穴を掘っていく。
2mほど掘ったところで機械を止めて豚の皮に包んだ桶を置き、最後の呪陣を施す。
穴を埋めて現状復帰をしたところで周囲に呪陣が浮かびあがった。
「これは一体何だね。」
教授の言葉にエドが答えた。
「あの部屋で見たやつ似ているね。」
その後、不審な光に夜勤の兵士達が駆け付けた。
がそこで何も見つけることが出来なかった。
兵士達に踏み荒らされ、かすかに残っていた埋めた後も消える。
タイムカプセルは3,500年の深い眠りに就いた。