さっ、そろそろ始めようか
上級冒険者研修。
その単語を聞いただけで、駆け出し冒険者である俺には全く無縁なことがよくわかる。
しかしそれがご指名ってどういうことだ?
「久後さんっ! どうして私じゃないんですか!? 海成くんはまだ冒険者になって間もない。それに上級冒険者研修って基本C級以上の人しかいないと思うんですけど!」
紗夜さんは俺を庇うように割って入る。
「まぁそうなんだけどなぁ。ある冒険者がお前を推薦して引かねぇらしいんだ」
「え、そんなの誰が!?」
驚きすぎてタメ口になってしまったが、久後さんはそんなこと気にせず俺の問いに返してくれた。
「んなこと俺に分かるわけねーだろ! ま、ある程度名の知れた冒険者だってのは間違いねぇとは思うがな」
いや、本部に行ってた久後さんが分からんのかい!
なんて思ったが、どうやら今回久後さんが参加してきた『上級冒険者研修』の会議、すでにメンバーの候補が絞られていたらしい。
つまり久後さん含めその会議に出席した人達は、それを決めた奴が誰かまでは知らないという。
ならばその会議で、久後さん達は何をしたのか?
集まったギルドリーダー達が、事前に作られた『上級冒険者研修』の出席候補メンバーの書かれた表から、参加可能な者を各ギルド1人ずつ選定したのである。
「……で、選ばれたのが俺ってわけですか?」
「まぁ一応他にも候補はいた。実は俺らの事務所、ここにいる奴らの他に3人メンバーがいるんだ。どういうわけか今回の出席候補表にはお前と紗夜、それとここに居ない3人の内の2人、合計4人の名前しか記載されてなかった。ちなみにその2人ってのは今絶賛S級ダンジョン攻略中。つまり参加出来るのはお前と紗夜以外にいねぇってわけだ」
そして絞られた2人の中で、謎の推薦を頂いた俺が参加することになったってことか。
にしても上級冒険者研修って……完全に俺じゃない感すごいんだけどなぁ。
「で、でも久後さん! 海成くんはまだ冒険者になりたてで分からないことも多いし、冒険者の知り合いだってそんなにいないのに……」
紗夜さん、俺のことずっと心配してくれている。
ダンジョンの時もそうだったけど、俺のことを守ろうと必死になってくれてたよな。
「あ? そんなもんは場数を踏んで慣れてくもんなんだよ。な、海成?」
なんて良い先輩に出会えたんだという反面、急にD級ダンジョンへ行かせるわ、上級冒険者研修で場数を踏めとか無茶ばかり言う先輩もいる。
ほんと今じゃコンプラ違反まっしぐらだぞ。
「え、まぁ行くしかないなら行きますけど」
「海成くんっ! ほんとに大丈……」
「おっ、男はやっぱりそうじゃなくっちゃな!」
紗夜さんの言葉を被せてきた久後さんは、俺の肩に手を回し大笑いしてきた。
ったく何が面白いやら。
でもまぁ俺も冒険者の一員。
これからこの世界で生きていくなら、他の冒険者との関わりも作っておきたい。
それに俺を推薦した人が誰か、知っておく必要があると思う。
わざわざこんな初心者冒険者を名指ししてくる奴だ。
俺の【隠蔽】しているステータスを知っている可能性だってあるかもしれないしな。
ということで心配してくれる紗夜さんをなんとか宥めつつ、俺はその研修とやらに参加することにした。
◇
そして当日。
俺はレベルアップコーポレーション本社、12階講義室へとやってきた。
そこは真っ白な空間で部屋の奥には大きなホワイトボードと教卓。
席は2人掛けの横長テーブルが横4列、縦9列ズラリと並んでいる。
なんか大学の講義を思い出すな。
ちょうど人も多く座ってるし。
みんな冒険者なのかな?
……まぁそうだろうけど。
「おはようございます」
「あ、おはようございます!」
講義室入ってすぐ、若いお姉さんに話しかけられた。
手に紙を挟んだバインダーとペンを持っている。
「一応お名前、お伺いしても?」
彼女はニッコリ笑み、そう言った。
「あ、はい。戸波海成です」
俺が名乗ると彼女は手に持つバインダーを舐めるように見回した後、納得したように首を縦に振る。
「確認が取れました! 戸波様はDの9番席になります」
お姉さんは自ら呼んだ席番号を手で差し最後に笑顔で「どうぞ」と言い放ったところで、俺の後ろに並んでいた人の対応へと移った。
あーゆー普通のお姉さんみたいな人も働いてるんだな。
なんてことを考えながら指定の席まで移動した。
俺の席は、ちょうど教卓側から見て1番左の1番後ろ。
これ絶対学生の頃だと喜ぶ席じゃん。
ま、今となってはどこでもいいが。
とりあえず座った。
隣はまだ来ていない。
たしか今日のオリエンテーションの開始時刻は9時。
今8時50分なので、後10分といったところか。
しばらく待つと、だいぶ周りの席も埋まってきた。
俺の隣はまだ来ないけど。
いや、そもそも満席とは限らないのでいない可能性だってある。
「戸波さんっ!」
見知った男の声。
隣の列の少し前から手を振る奴がいた。
俺がこの席順でDの9番席だから、彼はCの5番席といったところだろう。
「陽介! 今日は1人か?」
よく考えればこれは候補の中から選ばれた人達なのだからいないことだってあるのに、いつも2人は一緒な気がしてついそんなことを聞いてしまった。
「あっちですよ」
陽介が指差すのは1番端の席。
俺とは真反対の列なので、A列。
そして前から数えて2番席か。
俺の席からは立ち上がってようやく彼女の席が分かった。
陽菜はこっちに気づくとニッコリ微笑み小さく手を振ったので、俺も小さく振り返す。
なんだ、知ってる人もいるじゃないか。
と、俺は安堵の息を吐いた。
少し2人と話したい気分だったが、もうすでに時間は9時前だ。
せめてオリエンテーションが終わってからにしよう。
そんな中、教卓の前に堂々と立つ金髪の男がいた。
これでこの講義室内で俺の見知った人間は3人目となる。
とはいえ今日その人物はスーツを身に纏い、以前と違うお堅い印象だ。
「海成〜きてくれたんだね〜」
彼は俺と目があった途端、甘い口調で呼びかけてきた。
前会った時と変わらない雰囲気の安心を覚えつつ、俺は立ち上がって応答する。
「悠真さん、もしかして俺をこの研修に呼んだのって?」
この疑問に、悠真さんは軽快に俺を指差して答える。
「ご明察っ! ここは才ある者が集う場所だ。君にはその資格が充分にあるからね」
「そんなこと言って、悠真さんは俺の戦い見てないでしょ」
「見なくても分かるさ。僕の見る眼はスキル【鑑定】をも上回る。もちろん眼だけじゃなく本能が語ってるんだ。『海成は強い、ステータス以上の何かを持ってる』ってね」
彼は自身満々でそう言い放つ。
買い被りもいいところだと思いたいところだが、実際に【隠蔽】で隠してるのだからなんとも言えない。
「おい、アイツ煌坂さんと対等に喋ってるぞ」
「しかもステータス、武闘家のE級だって」
「そんな奴がS級と違わない実力と言われてるあの煌坂さんと対等に口を効くなんて許せない」
最悪だ、あの人と普通に話しただけで注目を浴びている。
悠真さんがタメ口でいいって言ったから軽口で話しているのに、変に目立ってしまった。
この空気どうしてくれるんだ。
「みんな、海成を悪く言わないっ! 彼は俺の友達だから仲良くしてね」
彼がそう呼びかけると、周りの冒険者達からは相変わらず不服な目こそ向けられるも、俺を冷罵する声はなくなった。
ちょっと安心しつつ俺は席に腰を下ろす。
「さっ、そろそろ始めようか。まだ来てない人もいるみたいだけど」
空いてるのは俺の隣の席くらい。
おそらく来てない人とはこの人物を差す言葉だろう。
「ま、その内来るでしょ」
という悠真さんの軽い口調から、『上級冒険者研修』のオリエンテーションとやらが始まったのだった。




